薬剤師向け:バラシクロビルによる腎障害(難易度 難しい)
身長150cm 、体重36kgの80歳女性。2か月以上寝たきりで栄養状態不良のため経管栄養をしている要介護度の高い症例が帯状疱疹に罹患したためバラシクロビル錠500mgを1回2錠、1日3回で1週間分が処方された。血清クレアチニン値は0.4mg/dLであった。バラシクロビルは通常、成人にはバラシクロビルとして1回1000mgを1日3回経口投与することになっており、クレアチニンクリアランス(mL/min)≧50では1000mgを8時間毎投与するが、クレアチニンクリアランスが50mL/min未満では減量することになっている。投与開始1日目で尿量が減少し、2日目には無尿になり、次第に呂律が回らなくなって会話が成立しなくなった。推算クレアチニンクリアランスは63.8mL/minで腎機能はそれほど悪くなかったはずなのにこのような副作用が起こった。
以下の記述のうち間違っているものを1つ選びなさい。
1. バラシクロビルはアシクロビルよりも吸収率が高い。
2. 長期臥床患者では筋肉量が減少するため、血清クレアチニン値を基にした腎機能は過大評価されやすい。
3. バラシクロビルの結晶が尿細管で析出して無尿になったと考えられる。
4. 副作用を防ぐには胆汁排泄型のアメナメビルに変更を提案するとよい。
5. 副作用を防ぐには多めの水分を摂取するよう服薬指導する。
解答・解説
解答 3. バラシクロビルではなくアシクロビルの結晶が析出して無尿になったと考えられる。
バラシクロビルは肝臓のエステラーゼで加水分解されてアシクロビルとなって作用し、アシクロビルとして腎排泄されるため、バラシクロビルの結晶が析出したのではなくアシクロビルの結晶が析出したと考えられる。本症例のような長期臥床患者は筋肉量が減少してサルコペニアになっているため、筋肉由来の腎機能マーカーの血清クレアチニン値では腎機能が過大評価されてしまうため、血清シスタチンC濃度を用いたeGFRまたは実測クレアチニンクリアランスを測定する必要がある。特に発汗の多い夏季、NSAIDsや利尿薬、レニンアンジオテンシン系阻害薬などの腎虚血をきたしやすい薬物が併用されている症例には水分摂取励行は特に重要である。
「長期臥床患者では筋肉量が減少するため、血清クレアチニン値を基にした腎機能は過大評価されやすい。」は臨床現場では実際に大きな問題になっていますが、検査値を見て用量を判断するのは基礎的なことで、この症例の推算クレアチニンクリアランスは63.8mL/minで腎機能からみると常用量投与しても何ら問題ないように見えるからです。だから難易度は非常にむつかしいとしました。ただしこのような副作用報告は多く、近年のPMDAでの集計ではバラシクロビル+アシクロビルで1000件以上とロキソプロフェンやジクロフェナクなどのNSAIDsの倍近くあります(表)。
75kgの成人男子であってもバラシクロビルの投与量は3000mg/日なのに、36kgしかない生理機能が低下した80歳の高齢者に同じ用量でいいの?という疑問をもっていただきたいと思います。
バルトレックスⓇ錠及び顆粒(バラシクロビル)については2017年3月に「適正使用のお願い」が発行されました。これは今まで精神神経系の副作用ではなく腎機能障害も一緒に起りやすいという内容なので要注意です。
この適正使用のお願いの内容は以下の通りです(図を参照)。
(腎機能低下患者・高齢者では)重篤な精神神経系の副作用があらわれることがあるので、クレアチニンクリアランスに応じて用法・用量を調節すること。高齢者では、腎機能が低下している可能性があるため投与量の減量及び投与間隔を延長するなど慎重に投与すること。そして特に注意すべき「腎機能が低下している」可能性が高い人は以下のように小柄な高齢者(特の女性)と覚えましょう。
① 70歳以上の患者
② 体重40kg以下の患者
③ 女性患者
となっています。
どんな副作用かというと投与3日以内に発症することが多いので投与3日後を目安に以下の症状を確認することが必要です。
① 尿量・排尿回数の減少
② 呂律が回らない・会話が成立しない、幻視がある、通常とは異なる行動・言動をするなどの意識障害
これらをまとめるとバラシクロビルは主に肝臓のエステラーゼで加水分解されてアシクロビルとなって作用する。アシクロビルは水溶性で腎排泄性ではあるが、溶解度が低くいので、帯状疱疹で1回1000mgと大量投与するすると、腎で糸球体濾過されて尿細管で水やNaが再吸収されると遠位尿細管や集合管で濃縮されると過飽和になって結晶が析出して、尿が出にくくなって乏尿・無尿になって腎後性腎障害をきたして腎機能が悪化する。同様に腎後性腎障害の原因薬物にはガンシクロビルなどの抗ウイルス薬とメトトレキサートがありこれらの薬物は1回投与量が多く腎排泄性なので水溶性だが、水への溶解度が低いという共通点がある。それによって薬物が結晶を形成して、排泄されなくなり、血中濃度が上昇し、アシクロビルの場合、中毒性の副作用として意識障害をきたす。アシクロビルの意識障害の特徴は「呂律が回らない、会話が成立しない、幻視がある、通常とは異なる行動・言動をするなどの意識障害」である。
このような副作用は腎予備力の低下している腎機能が低下している人、小柄な(特に女性)高齢者(加齢とともに腎機能は低下する)で起こりやすい。
ではまとめてみよう
・アシクロビルは水溶性で腎排泄性であるが、尿酸と同様、溶解度が低いので水に溶けにくい。
・小柄な高齢女性で腎障害・意識障害の副作用が起こりやすいので、腎機能の低下した患者だけでなく小柄な高齢女性にも用量を減量するか、投与間隔を延長する。
・無尿・乏尿、水腎症(尿がせき止められるため腎臓に尿がたまる)を伴う薬剤性腎障害が起こりやすい
・見当識障害(ここはどこ?私は誰?かが分からない)などの意識障害が起こりやすい。
「適正使用のお願い」には書かれていない以下の事項も知っておいてください。薬剤師として知っておくべき重要な情報だからです!
・アシクロビルにアミノ酸のバリンをくっつけることによってペプチドトランスポータの基質になり、バラシクロビルの吸収率は54%と、アシクロビルの吸収率の20~30%に比し高くなった。これによって1日5回服用しなければならないアシクロビルと異なり、バラシクロビルは1日3回で血中濃度が上がりやすくなった。しかしバラシクロビルはアシクロビルとなって、より高濃度で腎排泄されるようになったためアシクロビルよりも腎後性腎障害が起りやすくなった。
・高齢者は筋肉量が減って代わりに脂肪が増えるため体内水分量が少ない、口渇感を感じない人がいる、夜間、トイレに行く回数が増えるので水分摂取を嫌がる人も多いので脱水になりやすい。さらにこの副作用は発汗の多い夏に起りやすく、脱水を助長するNSAIDsやRAS阻害薬、利尿薬(これを3重攻撃triple whammyといって、これによる腎前性腎障害が国際的に問題となっている)を併用している患者ではよりリスクが高くなる。帯状疱疹を発症したのは体調がよくないから、免疫能が低下して発症したのだから、倦怠感がひどい、発熱がある、血圧が低いなどの体調不良があるようなら、脱水をすでにきたしているのかもしれないので、シックデイ対策としてtriple whammyの薬は服用を一時中断すべきであろう。これは皮膚科の関与している薬剤師の方々にはぜひ皮膚科医と「シックデイの時には服用中止」することを指導させてほしい旨を相談すべきだろう。
・この副作用を防ぐため、服薬指導で特に汗の書きやすい夏には飲水を励行する(尿量を増やせばアシクロビルが溶けやすくなる)。
・高齢者では腎機能が過大評価されやすい(高齢者は筋肉量が少なくなるので筋肉由来の血清クレアチニンが低くなって推算クレアチニンクリアランス(CCr)が高く見積もられる)ので、実測腎機能は低いはずなのにクレアチニンを基にしたCCrやeGFRが高めに推算されるため減量されず常用量の1日3000mgが投与されることがある。例えば35kgの後期高齢女性であれば、生理機能が低下しているのだから、血清Cr値がたとえ低値であっても、常用量の1日3000mgの投与は考え物だ。70kgの若年男性に常用量の倍量投与はしないでしょ?だったら生理機能が低下しているはずの35kgの後期高齢女性であれば、小柄なのだからせめて半量に減量してもらいたい。肺炎で投与する抗菌薬の初回投与量が少なすぎれば致死性の疾患になりうるが、帯状疱疹で減量しすぎても亡くなることはないのだから!
・腎機能低下患者・高齢者での副作用を防ぐには胆汁排泄型のアメナメビル(アメナリーフⓇ)に変更を提案するとよい。
・薬局でも簡易に脱水を早期発見するには、爪毛細血管再充満時間(CRT:Capillary refilling time)2秒以上が特異度が高い。もともとこれはトリアージで循環機能を簡易的に判定する指標で,爪を5秒間加圧した後に解除し,爪の赤みが回復するまでの時間(Blanch test)。2秒以上なら、緊急治療群(Ⅰ:赤)とするトリアージに用いる手法である。2秒未満なら、循環に関しては問題ないと判断される。McGeeは脱水症の判定に応用した循環血漿量が減少しているかどうかを簡易に見つける特異度の高い方法として報告した。右手で左人差し指のつま先をつまんでください。ピンク色の爪が一瞬、白くなりますが、2秒以上白いままだと脱水が疑われます。これは特異度、つまり脱水がない患者で症状が現れない確率が95%と高いのです。口腔粘膜の乾燥は感度、つまり脱水が存在する時に出現する確率(脱水を見逃さない確率)が85%と高いことを覚えておきましょう(表を参照:McGee S, et al: JAMA 281: 1022-1029, 1999)。
『腎機能評価10の鉄則』のテキスト(PDF)ダウンロードができます。
14日目、いよいよ最終回です。実測CCrに0.715をかけるとGFRとして評価できます。Cockcroft-Gault式から算出された推算CCrに0.789をかけるとGFRとして評価できるとCKD診療ガイドライン2012に書かれています。でもちょっと待ってください・・・・・。
【 附則2 】
高齢者のeCCrEnzには0.789をかけない。 eCCrEnzに0.789をかけるのは若年者のみである。
腎機能が加齢による影響を受けやすい、つまり若年者では高く(GFRよりもCCrが高いのは当たり前ですからこれは問題ありません)、後期高齢者では低い(CG式では1年に約1mL/minずつ低下しますが、実は平均的な日本人の腎機能は加齢によってそんなには低下しないことが分かっています; 図110)という特性を持っていることを理解する必要があります。若年者では推算CCrは腎機能を過大評価してしまうので、0.789倍してGFRとして評価する必要があります。高齢者では腎機能を過小評価しがちですので0.789をかけるべきではありません。実際には入退院を繰り返す高齢のフレイル症例は、健康で入院しない高齢者と異なり腎機能が低下していることが多いと考えられます。このような脆弱な患者さんにはCG式による推算CCrの方がeGFRよりも適していると言えるかもしれません。
14日間に亘るブログの内容をまとめたものは下記URLからダウンロードできます。
13日目です。病態によってCrの尿細管分泌が増えることが報告されています。このような疾患では血清Cr値が低下し尿中Cr濃度が上昇するため、腎機能が高くなりますが、GFR(イヌリンクリアランス)には変化がありません。つまり実際には腎機能はよくないのによく見えてしまう現象(腎機能の過大評価)が起こります。
【 附則1 】
ネフローゼ症候群などによる低アルブミン血症や糖尿病ではCrの尿細管分泌が増加し、腎機能を過大評価してしまう。
ネフローゼ症候群などによる低アルブミン血症ではCrの尿細管分泌が増加し、腎機能を過大評価する程度が大きくなります。ただし総タンパク濃度との相関性は低いです1)。また同様の現象が糖尿病でも報告されており、血糖コントロールが不良な糖尿病患者ではCrの尿細管分泌が増加して腎機能を高く見積もることがあることが報告されています2)。
引用文献
1)Branten AJ, Vervoort G, Wetzels JF: Serum creatinine is a poor marker of GFR in nephrotic syndrome. Nephrol Dial Transplant 20:707-711, 2005
2)Nakatani S,et al: Poor glycemic control and decreased renal function are associated with increased intrarenal RAS activity in Type 2 diabetes mellitus. Diabetes Res Clin Pract 105: 40-46, 2014
「今日はここまで、それではまた次回お楽しみに!」
12日目です。連載はまだまだ続きますが最後の鉄則となりました。腎機能評価は大切と言ってきましたが、安全域の広い薬物ではCCrを用いてもGFRを用いても大きな問題はありません。問題は抗がん薬や低血糖を起こしやすい薬物、抗凝固薬・抗血小板薬などの超ハイリスク薬、あるいは通常の薬物でも腎機能が低下するとハイリスク薬になってしまうような尿中排泄率の高い薬物(バンコマイシン、ピルシカイニドプレガバリン、H2遮断薬など)の投与設計時には腎機能の正確な見積もりが必要になります。
よく私の作成した腎機能別投与一覧表で「セフェム系やペニシリン系の用量が腎機能が低下しても多めの投与量になっていますが大丈夫ですか?」という質問を受けますが、これらの薬物は安全性が高く、怖いのはアレルギー性副作用です。また急性疾患なので、早期の効果を期待したいこと、短期間しか投与されないこと、一般的になどを考慮したうえで定めた容量であり、あくまで目安として利用してください。これのみが正解というものではありません。
【 鉄則10】
上記の記載は腎機能低下患者にハイリスク薬を投与するとき、あるいは腎機能低下に伴いハイリスク薬になる薬を投与するときに考慮すべきものである。安全性の高い薬物では患者の腎機能にCCrenzを用いても大きな問題はない。
セフェム系やペニシリン系の抗菌薬、あるいはフェキソフェナジンなど安全性の高い薬物は多くあります。このような薬物では腎機能低下患者で血中濃度が上昇する薬物であっても、腎機能としてeGFRを用いてもCCrを用いてもどちらでも構いません。腎機能が悪くなれば確実に血清Cr値は上昇し、eGFRもCCrもゼロに収束するため、腎機能の見積もりミスも少なくなります。
しかし経口抗凝固薬であるダビガトランや抗がん薬のカルボプラチン、TS-1などでは厳密な投与設計が必要ですので、できる限り上記の鉄則を守ってください。また高齢のフレイル症例が日和見感染症に罹患した場合、1回目の抗菌薬治療が失敗すれば二の矢が継げないことになってしまいます。特に尿中排泄率90%と高いバンコマイシンの投与設計は腎機能低下に伴い難しくなります。このような時にも腎機能を正確に見積もるよう気を付けましょう。
「今日はここまで、それではまた次回お楽しみに!」
11日目です。いよいよシスタチンCの登場です。腎機能を推算するために汎用される血清Cr値の測定費用は安価なものの、腎機能の影響だけでなく筋肉量の影響を受けるという致命的な欠点がありました。シスタチンCは小児から高齢者まで簡便にGFRを予測することができます。ただし3か月に1回の測定しか保険適応になっていないなど様々な問題点もありますが、筋肉量の少ない患者の腎機能予測をしたいが、蓄尿は大変という場合には一番頼りになる腎機能マーカーになると思われます。そして軽度~中等度腎障害では血清Cr値はすぐには上がってくれません。このような時にも頼りになる腎機能マーカーとも言えます。
【 鉄則9】
軽度~中等度腎機能低下症例にはシスタチンCによるeGFRcysも推奨される。
栄養状態が不良の症例では血清Cr値が低いのだから少なくとも腎機能が極度に悪いということは考えられません。このように加齢に伴い若干、腎機能が低下しているかもしれないという時に有用なのがシスタチンCです。シスタチンCはhouse-keeping geneをコードしているため、炎症などの細胞外の影響を受けにくく、全身の有核細胞から一定の割合で産生されるタンパク質で、広く生体内体液に存在しています。分子量が13,250Daであり、細胞外液中のシスタチンCは全くタンパクと結合せず、すべて糸球体で濾過され、濾過後はほとんどが近位尿細管で再吸収され、アミノ酸に分解されるため、血中には戻りません。血中濃度はGFRに依存し、血清Cr値に比し、食事や筋肉量、性差、運動、年齢差の影響を受けず、軽度の腎機能の低下に反応して血清シスタチンCの濃度が上昇します1)。そのため、CrはGFRが30~40mL/min前後まで低下しないと上昇しないのに対し、GFRで60~70mL/minの早期の腎障害の進行度を判断できるのが特徴です(図9)。
シスタチンCは保険適応の関係上、3カ月に1回しか測定できませんが、腎機能が安定している症例では、以後は血清Cr濃度変化を基に予測するなどの工夫が必要です。しかしシスタチンCの血中濃度は腎機能が低下すると頭打ちになることが分かっており、末期腎不全では腎機能を正確に反映できないため、血清Cr値が2mg/dL以上になればシスタチンCの測定意義は低くなり血清Cr値のみで腎機能を評価するのがよいでしょう。
シスタチンCの問題点
シスタチンCに関しては、ステロイド、シクロスポリンなどの薬剤の使用や甲状腺機能低下症で、高値に測定されることを念頭に置く必要があります。シスタチンCの測定キットは当初、メーカーによってそれぞれ異なる社内標準品を基準にしていたため、メーカー間で測定値に差が出るのが問題でした。しかし2010年以降、認証標準物質DA471/IFCCができたため、メーカー間の測定誤差がなくなってきています。CKD診療ガイド2012ではHorioら2)および小児に関してはUemuraら3)が新たに開発したシスタチンCによる新しい日本人向けGFR推算式が掲載されているので、以下に紹介します。
日本人のGFR cys推算式(mL/min/1.73m2)
男性:(104×シスタチンC-1.019×0.996Age)-8
女性:(104×シスタチンC-1.019×0.996Age×0.929)-8
小児:104.1/シスタチンC-7.80
体表面積補正をしないeGFRcys=eGFRcys×(体表面積/1.73)
引用文献
1) Grubb AO: Cystatin C-properties and use as diagnostic marker. Adv Clin Chem 35: 63-99, 2000
2) Horio M, et al: GFR estimation using standardized serum cystatin C in Japan. Am J Kidney Dis 61: 197-203, 2013
3) Uemura O, et al: Cystatin C-based equation for estimating glomerular filtration rate in Japanese children and adolescents. Clin Exp Nephrol 18: 718-725, 2014
「今日はここまで、それではまた次回お楽しみに!」
いよいよ10日目になりました。今回は偽性薬剤性腎障害の話です。つまり腎機能は全く悪くなっていないのに血清Cr値が20~30%上昇してしまったということがトリメトプリムやシメチジン投与後によく見られます。当然、CCrは低下しますが、GFRは変化しません。ということはCrの尿細管分泌をこれらの薬剤が阻害したということになります。この時に得られる実測CCrはGFRに近似するため、イヌリンを投与しないでGFRを測定する方法として使えるという報告もあります。ただしこれらの薬剤によってCrの尿細管分泌を100%抑えていないとGFRとして評価できませんが・・・・。
【 鉄則8】
ST合剤、シメチジン、コビシスタットは尿細管におけるCrの尿細管分泌を阻害するため腎機能の悪化がなくても血清Cr値がわずかに上昇する。
ST合剤中のトリメトプリム、シメチジンはCrのmultidrug and toxin extrusion(MATE)1およびMATE2-Kという有機カチオン/H+交換輸送体(以前は有機カチオントランスポータと言われていました)を介した尿細管分泌を競合阻害することにより、腎機能が悪化していなくても血清Cr値が軽度上昇することがあります。
ただしトリメトプリム、シメチジンともにアレルギー性の間質性腎炎の原因薬物になる可能性があることに留意しておくこと、またST合剤は十分な輸液を行わないと遠位尿細管や集合管で結晶が析出して腎後性腎障害を起こしやすいことに留意する必要があります。最近、HIV感染症治療薬スタルピリドⓇ配合錠に含有されているコビシスタットも同様の機序で血清Cr値が軽度上昇することがあることが明らかになりました。
このような薬剤が投与されている場合はGFR推算式やCG式によるCCrなどの予測式を用いることはできませんが蓄尿CCrではGFRに近い値が得られる可能性があり、シスタチンCを用いると何の影響もなく腎機能を正しく評価できます。
「今日はここまで、それではまた次回お楽しみに!」
9日目です。これまで血清Crが低い痩せた高齢者では腎機能を過大評価してしまうという話をしてきましたが、今回は血清Crが低いけれども痩せていない若年者(論文では50歳以下と書かれていますが、実際には60歳以下でも十分にみられます)の話です。全身熱傷などでICUに入院した患者でよくみられることですが、大量輸液や血管作動薬の投与によって腎血流が増加しGFRが高くなっているためと考えられるため、この場合には血清Cr値が低いことは素直に腎機能がよいと考えていい場合が多いのです。
【 鉄則7 】病院薬剤師用
60歳以下の腎機能正常者で全身炎症(SIRS)によりICU管理下で血管作動薬・輸液の投与を受けている患者ではeGFRが150~160mL/min/1.73m2に上昇することがある。これは過大腎クリアランス(ARC)により腎機能が高くなっており、血清Cr値は0.6未満になることもあるが、腎機能推算式や0.6mg/dLを代入するラウンドアップ法を使わず実測CCrの測定による腎機能の正確な把握が望まれる。
若年の腎機能正常者で血管作動薬や輸液が投与されている全身性炎症反応症候群(SIRS)の患者(多くはICUの症例)では血清Cr値が0.3~0.5mg/dLに低下した場合、筋肉量が少ないのではなく腎機能が上昇していることがあります。60歳以下の若年者で腎障害のない感染症が引き起こすSIRSの病態下では心拍出量増加・血管拡張や腎血流増加により過大腎クリアランス(ARC: Augmented Renal Clearance)が発現し通常100mL/min/1.73m2のGFRが150~160mL/min/1.73m2に上昇し、抗菌薬の大量投与を行わないと十分な効果が得られないことがあります。この場合、eGFRや推算CCrは腎機能を過小評価するため、蓄尿による実測CCrによる腎機能の正確な把握が推奨されます1)。ましてや0.6mg/dLを代入するラウンドアップ法は行うべきではありません。ARCのリスク因子は①年齢(60歳以下)、②敗血症、③外傷・手術、④外傷性脳損傷、⑤熱傷、⑥低アルブミン血症、⑦血液がんなどが提言されています(図7)2)。
引用文献
1)Baptista JP, et al: A comparison of estimates of glomerular filtration in critically ill patients with augmented renal clearance. Crit Care 2011; 15: R139.
「今日はここまで、それではまた次回お楽しみに!」
8日目です。推算CCrは肥満患者の腎機能を過大評価することを鉄則4で述べましたが、今回は逆に痩せた患者ではeGFRが過大評価してしまうということについてです。これは体表面積補正eGFR(mL/min/1.73m2)でも未補正eGFR(mL/min)でも同様の傾向を示します。この場合も蓄尿して得られる実測CCrに0.715をかけてGFRとして評価することができる非常に正確に腎機能マーカーになりますが、そこまで出来ない場合、血清Cr値が0.6mg/mL未満の場合には0.6を代入すると予測性が高くなることがあり、ラウンドアップ法とよばれています。シスタチンCを測定してeGFR(mL/min)を算出するのもよい方法ですが、これについては後述します。
【 鉄則6 】
血清Cr値が0.6mg/dL未満の高齢フレイル症例の腎機能推算式の血清Cr値として0.6mg/dLを代入すると予測性が高くなることが多い。ただし自分の目で症例の体格を確認すること。まれに痩せているがフレイルではなく活動的な症例の場合、腎機能がよい可能性がある。
GFRは推算式を用いる場合、血清Cr値をもとに算出しています。Crは同一個人では産生速度が一定で、タンパクと全く結合していないため100%糸球体濾過され、まったく再吸収されないため腎機能を反映しやすい生体内物質です。ただし尿細管からわずかに分泌されるのがやや欠点です。血清Cr値は0.6から0.9mg/dLに上昇しても正常値範囲内で腎機能を判断しにくいためeGFR(正常値100mL/min/1.73m2)で表すと90から60mL/min/1.73m2と30%も低下していることがわかるため、eGFRは腎機能を評価するのに分かりやすいですね。
ただしCrは筋肉を作っているクレアチンの最終代謝産物であるため筋肉量が少ないとeGFRが高く推算されてしまうのが大きな欠点です。ですから長期臥床高齢者で筋肉量が少ない患者さんでは90歳なのに150mL/min/1.73m2のような正常値以上に推算されることがあります。腎機能は加齢とともに低下するためこれはあり得ません。
このような患者さん(血清Crが0.3mg/dLなどのように低値)だけでなく、筋ジストロフィーの患者さん(血清Crが0.2mg/dl以下になることもあります)ではeGFRが500~1000mL/min/1.73m2などに過大評価されますが、これは「腎機能がよい」のではなく「筋肉量が少ない」ことを表しています。
このような症例では科学的ではありませんが、具体的な対応として臨床現場では血清Cr値が0.6mg/dL未満の症例に対して0.6を代入して推算式を使うと、腎機能の予測精度が上がると言われており、ラウンドアップ(round up)法と言います。またその他の具体的な対応としてはカルボプラチンの投与設計で推奨されているeGFRが高値に計算されていても上限を125mL/minとするキャッピング(Capping)法もあります。
高齢長期臥床患者ではeGFRが正常値よりも高くなることがありますが、高齢者なのに腎機能が正常より高いはずはありません。この様な症例では筋肉量が低下しているため推算式では正しく推算されません。医療従事者自身の目で患者の体格を確認しましょう。中には毎日、元気に農作業に出ているけれども痩せている高齢者もいますし、このような患者では痩せていても筋肉量は長期臥床患者と比べて多いと考えられます。このように痩せた高齢者に対し、重要な腎排泄薬物(MRSA感染症時のバンコマイシン、がん患者におけるカルボプラチンやティーエスワンⓇ、ダビガトランなど)を投与する場合には、24時間蓄尿により実測CCrを算出し、0.715倍してGFRとして評価するか、シスタチンCによってeGFRcysを算出する必要があります。
「今日はここまで、それではまた次回お楽しみに!」