4限目:分布に関わる分布容積・蛋白結合率を理解しよう。
    血中濃度がどれくらい上がるかが理解できるぞ!

今回の要約:
①脂溶性薬物は組織に移行しやすいため概して分布容積が大きい。
②ただし蛋白と結合しやすい薬物は血中にとどまるため、脂溶性薬物でも分布容積が小さくなることもある。
③水溶性薬物は細胞外液に存在しやすく組織に移行しにくいため分布容積が小さい。
④分布容積が分かると初回投与時の血中濃度が予測でき、2回目以降の血中濃度の上がり幅が分かる。そして
⑤クリアランスに比べてVdの個人差は小さいため、投与設計に利用しやすい。


 薬物の分布のことを考えてみよう。脂溶性の高い薬物は組織に移行しやすい(このことを分布容積Vd*1が大きいと言う)ため、同じ量を投与すると水溶性薬物よりも血中濃度は低くなる。組織に分布した薬物は組織内の蛋白質や拡散などと結合する。組織への移行性が高い、移行した組織が大きい、あるいは移行した組織内濃度が非常に高いと分布容積が大きくなる。脂溶性が高いため移行した脂肪組織のシアル酸などとの親和性が強いので脂肪組織内濃度は血中濃度の数十倍以上の高濃度になる薬物もあり、これらの分布容積はかなり大きくなる。
 逆にβラクタム系やアミノグリコシド系抗菌薬は水溶性なので、脂質二重層を通過できない。ってことは細胞内に入ることができないので細胞外液のみに分布する。細胞外液量は体重の20%なので、0.2L/kgだ。50kgに人であれば10Lの分布容積なので、50kgの人のアルベカシン濃度のピーク濃度を20μg/mLにしようと思ったら、200mgの初回投与量にすればいい。20μg/mL=Xmg/10Lから簡単に計算できるよね。インタビューフォームでは健常男子をボランティアにしているのでこれで問題ない。でも臨床現場で静注抗菌薬を使うのは重症感染症患者で炎症を起こしているので、毛細血管壁のアルブミンの透過性が亢進しているため、血管内に水をとどめる作用(膠質浸透圧)が低下し軽い浮腫状態になっていると考え、分布容積は0.3L/kg近くまで上昇していることがあるので気を付けよう。
 例外もある。脂溶性薬物の特徴として蛋白結合率が高い。抗凝固薬のワルファリンは肝代謝型薬物だがアルブミンとの親和性が高い。蛋白結合率が99%以上あるため、202005_4-1.png血中のアルブミンにトラップされて、組織に移行できないのだ。だからVdは細胞外液量よりも小さい0.15L/kgしかない。
 本題に戻そう。分布容積の話だったよね。脂溶性の高いプロプラノロールは組織移行性が高いため、分布容積は4L/kgと大きくなり、血漿濃度はその分、低くなる。一方、アテノロールは水溶性薬物であるため、プロプラノロールほど、組織移行性は高くなく、分布容積はほぼ体内水分量と同じ0.6~0.7L/kgになるので図1の尿素に近い。
 ここで、分布容積を理解するための演習をやってみよう!

Point!:分布容積は初回負荷量を求めるために有用なパラメータになる。
例題1:気管支喘息の患者(体重50kg)が喘息発作を起こして緊急入院した。「この症例にアミノフィリンを20~30分かけて点滴し、テオフィリンの血中濃度を気管支拡張作用が期待できる有効血中濃度の10μg/mL以上にしたいが、アミノフィリンは少なくとも何mg必要か?」と医師に聞かれた。テオフィリンの分布容積を0.45L/kgとして算出せよ。なお、この患者の薬歴を調べると経口のテオフィリン製剤は投与されていなかった。


解答:分布容積=体内薬物量/血中濃度であるから、点滴時間が短いので、初回投与量=目標とする血中濃度×分布容積で近似できる。
投与量Dmg=0.45L/kg×50kg×10μg/mL
        =22.5L×10μg/mL
        =225mg
これはテオフィリン量である。実際に用いるアミノフィリンのテオフィリン含有量は80%(20%が溶解性を高めるためにエチレンジアミンが入っている)であるため、アミノフィリンに換算した実際の投与量は225/0.8=281mgとなる。アミノフィリンの静注製剤は250mgなので、1アンプル投与より少し多めに投与すればよいが、2アンプル投与すればテオフィリンは非線形の薬物動態(6限目で詳述)を示すので危険と考えると1.5アンプル投与すれば安全で確実な気管支拡張作用が期待できる。

   

Point!:分布容積の大きい薬物はいかなる血液浄化法によっても除去されない。
例題2:分布容積(Vd)5~8L/kg(透析患者では4~5L/kg)が大きいジゴキシンは血液透析によって除去できないことを分かりやすく、かつ理論的に医師に説明せよ。


解答:体重50kgの腎不全患者のVdは約250Lになるため、血清ジゴキシン濃度が1.0ng/mLであれば体内のジゴキシン量は250μgと考えられる(図2)。202005_4-2.pngそのうち血液透析によって浄化される血漿量はわずかに2.5L、さらに間質液(細胞間液)を加えても10L程度しかないため細胞外液中のジゴキシンは蛋白結合率を25%とすると0.75ng/mL×10L=7.5μgしかなく、体内ジゴキシン量の約3%しか細胞外液に存在しないことになる。Vdが大きいと組織への薬物の結合力も強く、ジゴキシンは分布するのに数時間を要するため、細胞内液から細胞外液への移動は非常に遅いと考えられるため、実質的には細胞外液のみを浄化する血液透析(HD)をはじめとした各種血液浄化法では十分除去されない1)。ジゴキシンの透析クリアランスは10~30mL/minであり、HD直後の血清ジゴキシン濃度は明らかに低下するものの、2時間以内にほぼ透析前の濃度に戻ると報告されている2)。しかし吸収・分布に時間を要するため、ジゴキシン経口剤では服用後6時間以上経過しないと血清濃度と組織内濃度が平衡状態に到達しないといわれているため、もっと時間を要する可能性も考えられる。また、HDで除去されるジゴキシンのクリアランスを20mL/minとすると4時間透析で5L足らずで、Vdの2%以下にすぎない()。202005_4-01.pngこの場合、透析膜に透水性の高い膜(high flux膜)を使用してもクリアランスはあまり改善しない。一方、血液濾過法(HF)によるジゴキシンクリアランスは45mL/min3)、活性炭を用いた血液吸着法(DHP)で50~100mL/min4)であり、腹膜透析(CAPD)による除去率はHDよりもはるかに低く、2~3mL/minである5)。ジゴキシン中毒の治療法としてCAPDは全く無意味であり、一見、有効そうに見えるDHPでもジゴキシンのVdがあまりにも大きいため、DHPによってたとえ血液中及び細胞間液中の全てのジゴキシンを吸着しえたとしても、それらの生体内ジゴキシンに占める割合は低いため、DHPによるジゴキシン除去率も4.8%以下と低いことが報告されており6)、急性ジゴキシン中毒に活性炭を用いたDHPはほとんど効果ない。あらゆる血液浄化法がジゴキシンの除去には有効ではなく7)、ジゴキシンを血液浄化後に補充する必要はないと思われる。

 

*1分布容積(Vd:volume of distribution):分布容積=体内薬物量/血中濃度で表される。つまり薬物が見かけ上、血中濃度と等しい濃度で均一に分布するような体液の容積のことで、体内量と血中濃度を結び付けるために考えられた換算定数である。分布容積が大きいほど薬物の血中濃度は低く、組織に移行しやすいと言える。

引用文献
1) 平田純生, 他: 血液透析による薬物除去率に影響する要因. 透析会誌37: 1893-1900, 2004.
2) IIsalo E, Forsstrom J : Elimination of digoxin during maintenance hemodialysis. Annals of Clinical Research 6, 203-206,1974.
3) Rambausek M, Ritz E: Digitalis in chronic renal insufficiency. Blood Purif 3: 4-14, 1985.
4) Carvallo A, et al: Treatment of digitalis intoxication by charcoal hemoperfusion. Trans Am Soc Artif Intern Organs, 22 : 718-722, 1976.
5) Pancorbo S, Comty C: Digoxin pharmacokinetics in continuous peritoneal dialysis. Ann Intern Med 93: 639, 1980.
6) Clerckx-Braun F, et al: Digoxin acute intoxication: evaluation of the efficiency of charcoal hemoperfusion. Clin Toxicol 15: 437-446,1979
7)  平田純生, 他: ジゴキシンの投与法?腎不全、血液浄化法との関連. ICUとCCU 21(7)619-624, 1997 .



≪ 理解度テスト ≫

1. 体重よりも大きな分布容積ってある?
2. 分布容積が一番小さい薬物の分布容積って何L/kgくらい?
3. 分布容積が最小値の薬にはどんな薬がある?
4. 分布容積が一番大きい薬物の分布容積って何L/kgくらい?
5. 蛋白競合による副作用ってある?例えば①蛋白結合率90%のフェニトイン300mg/日を投与している人に蛋白結合率90%のバルプロ酸を1200mg/日併用すると有害反応は起こるのか?
あるいは②ワルファリン3mg/日を投与している人にNSAIDのフェニルブタゾン(製造中止)を併用すると蛋白競合による相互作用は起こるのか?



≪ 解 答 ≫

1. いっぱいある。初回投与後の血中ピーク濃度=初回投与量/分布容積で示される。投与量はもちろんわかるし、ピーク濃度は消失相の2点を測定すればわかる。図3にバンコマイシンのピーク濃度とCmaxの違いを示すが、分布終了するのに2時間はかかるバンコマイシンのCpeakは消失相の2点を測定しそれを延長した破線と点滴終了時との交点がCpeakとなる。分布容積は仮の値なので、投与量が多いのに、血中濃度が低いってことはVdが大きくなる。202005_4-3.png
2. 薬の定義を「全身循環して作用を示す薬」と定義すれば、分布容積の最小値は血管内の血液量といいたいところだが、赤血球などの血球は細胞なので、血漿量が最小値になる。血漿量は体重の5%しかないので、0.05L/kgがVdの最小値だ。体重50kgの人なら2.5L になる。
3. 蛋白結合率が100%のため血管外に漏出しない薬。血漿量を測定するために実験で使う色素のエバンスブルーがそれにあたる。このほかにも血管外に漏出しない薬は抗体製剤などもそうだ。抗VEGF抗体ヒト化モノクローナル抗体でアバスチン®の商品名で有名な抗悪性腫瘍薬ベバシズマブなど○○マブという名前が付くものや免疫グロブリン製剤などのVdも0.05L/kgと考えてよい。
4. よくわからない。おそらく無限大かもしれない。筆者が知っている薬で最大のVdの薬物はアミオダロンで70~621L/kg。50kgの人なら3.5トン~31トンになる。脂肪組織のシアル酸と強固に結合するため、脂肪組織内濃度が非常に高い。半減期=ln2×Vd/CLで表されるため、アミオダロンの半減期は26~107日と長い。長期間服用していた人は投与中止して半年後でも血中濃度が測れることになる。
5. 蛋白競合といわれていた相互作用はあるが、経口薬同士の相互作用で実際に有害反応につながることはない。202005_4-4.png現在では過去に報告された有害反応は代謝阻害など他のメカニズムであることが報告されている(Rolan et al: Br J Clin Pharmacol 37: 125-128, 1994)。①フェニトインにバルプロ酸を投与すると血中フェニトイン総濃度は著明に低下するが、遊離型濃度は不変のため、有害反応は起こらない(図4)。そのメカニズムとして蛋白結合率の高い他剤併用によって蛋白から離れた遊離型薬物は代謝・排泄されて消失しやすくなり、間質液に遊離型薬物が移行できるのでVdが大きくなって血中遊離型薬物濃度は上がらない(図5)。そのため、中毒性の副作用が起こることはないと考える。202005_4-5.png② ワルファリンとNSAIDsの併用はいずれもCYP2C9の基質であるため、以前は蛋白競合阻害と考えられていたメカニズムは代謝阻害による有害反応ととらえられており、ロルノキシカムはCYP2C9阻害薬でありS-ワルファリン濃度のAUCを1.58倍上昇させる(ラセミ体で1.32倍;Kohl C, Steinkellner M: Drug Metab Dispos 28:161-168, 2000 )ことやセレコキシブでも代謝阻害によってワルファリン服用者が消化管出血を起こした報告がある(Malhi H, et al: Postgrad Med J 80: 107-109,  2004)。イブプロフェン、インドメタシン、メフェナム酸、ピロキシカム、テノキシカムもCYP2C9の基質ので蛋白競合阻害ではなく代謝阻害による相互作用を起こすかもしれない。しかもNSAIDs併用によるによる消化管出血はワルファリンの易出血の有害反応とNSAIDsによる胃障害・抗血小板作用による薬物動力学的な相互作用も重なった有害反応と考えることもできる。

「今日はここまで、それではまた次回お楽しみに!」


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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