いまだに多くの医師・薬剤師が腎機能の指標として血清クレアチニン(Cr)値を使っているという学会発表や調査報告があります。以下の2人の患者の血清Cr値は同じ値ですが、皆さんは腎機能をどのように判断しますか?
Aさん:20歳男性180cm、70kg、血清Cr値1.2mg/dL
Bさん:80歳女性155cm、50kg、血清Cr値1.2mg/dL
Aさんは若くてアスリートのような体形を予想させますね。でもデータだけで腎機能を判断するのはよくないです。実際にAさんBさんの体格と活動度を確認する必要があります。Aさんは大学生でバスケットボール部のキャプテンで、筋骨たくましい男性でしたが、肉離れで整形外科を受診していました。そしてBさんは大きな病気はないものの、腰痛や膝関節症などで、整形外科に通っており、日常生活は通常にできているものの、ほとんど運動はしていません。血清Cr値が同じで、腎機能を判断しにくいので、腎機能推算式として汎用されているCockcroft-Gault式 によるクレアチニンクリアランス(CCr)を算出してみましょう。そうすると図1のようにAさんは97mL/min、アスリートでなかったら筋肉量は少ないので、もっと高いCCrになり、多分120~130mL/minはあるのではないかと思います。
BさんはAさんの1/3以下の29mL/minで高度腎障害に分類される腎機能した。もっと運動ができていたら、血清Cr値はもっと高くなってCCrは20mL/minに推算されていたかもしれません。Cockcroft-Gault式は肥満患者では腎機能を高く推算し、元気な高齢者では腎機能を低く見積もってしまうという2つの欠点がありましたが2人とも肥満ではなくBさんも活動度は低いので、推算値と実測値との乖離はそんなにないと思われます。
ただしこれらはあくまで推算値であり実測値ではありませんが、血清Cr値が同じでも推算CCrはこんなに差があり、実測するともっと差が出るかもしれないなと平田は予測します。
ということで、わす化に高い程度の血清Cr値で腎機能を判断するのはあまりよくありません。今後はCCr、いやもっと精度の高い体表面積未補正eGFR(mL/min)を使うべきだと思います。なぜこのようなことをブログで書いたのかというと、2016年4月8日にFDAから”FDA Drug Safety Communication: FDA revises warnings regarding use of the diabetes medicine metformin in certain patients with reduced kidney function“という医薬品安全性情報(Drug Safety Communications:http://www.fda.gov/Drugs/DrugSafety/ucm493244.htm)が出されたからです。内容は以下の通りです。
We are recommending that the measure of kidney function used to determine whether a patient can receive metformin be changed from one based on a single laboratory parameter (blood creatinine concentration) to one that provides a better estimate of kidney function in patients with kidney disease (i.e., glomerular filtration rate estimating equation (eGFR)).
メトホルミンを投与している患者に対しては血中Cr濃度のような単一の検査値からではなく腎機能をより正しく見積もることのできるeGFRに変えましょうという内容です。そうです。時代は変わってきているのです。国際間で、測定法の違いによって値が異なり、加齢・性別によって評価の仕方を注意しなければならない血清Cr値や、肥満患者で過大評価し、元気な後期高齢者では過小評価してしまう推算クレアチニンクリアランス(CCr)からeGFRを使って腎機能を評価しようという時代になりつつあるのです。
これに呼応して{かどうかは分かりませんが}2016年5月12日日本糖尿病学会は「ビグアナイド薬の適正使用に関する Recommendation」http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=20をおよそ2年ぶりに改訂し「メトホルミンの適正使用に関する Recommendation」として発表しました。
「ビグアナイド薬の適正使用に関するRecommendation」
メトグルコは中等度以上の腎機能障害患者では禁忌である。SCr値(酵素法)が男1.3mg/dL、女性1.2mg/dL以上の患者には投与を推奨しない。
高齢者ではSCr値が正常範囲内であっても実際の腎機能は低下していることがあるので、eGFR等も考慮して腎機能の評価を行う。ショック、急性心筋梗塞、脱水、重症感染症の場合やヨード造影剤の併用では急性増悪することがある。尚、SCrがこの値より低い場合でも添付文書の他の禁忌に該当する症例などで、乳酸アシドーシスが報告されている。
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「メトホルミンの適正使用に関する Recommendation」
腎機能をeGFRで評価し、eGFRが30(mL/分/1.73m2)未満の場合にはメトホルミンは禁忌である。
eGFRが30~45の場合にはリスクとベネフィットを勘案して慎重投与とする。脱水、ショック、急性心筋梗塞、重症感染症の場合などやヨード造影剤の併用などではeGFRが急激に低下することがあるので注意を要する。eGFRが30~60の患者では、ヨード造影剤検査の前あるいは造影時にメトホルミンを中止して48時間後にeGFRを再評価して再開する。尚、eGFRが45以上また60以上の場合でも、腎血流量を低下させる薬剤(レニン・アンジオテンシン系の阻害薬、利尿薬、NSAIDsなど)の使用などにより腎機能が急激に悪化する場合があるので注意を要する。
「腎機能を正しく判断するには血清Cr値よりも推算CCr、推算CCrよりも体表面積未補正eGFR(mL/min)を使いましょう。そして諸々の事情で推算値が適応しにくい症例には実測CCrを使いましょう。軽度腎機能低下時や筋肉量の影響を受けないシスタチンCによる体表面積未補正eGFR(mL/min)も結構いいですよ」というのが今回のブログの結論です。
皆様に、大変ご心配をおかけいたしましたが、熊本地震からはや1ヶ月。駅前の白川橋が通れないなどまだ完全にすべてが復旧しているわけではないので、ウィークデイの熊本市内の渋滞はひどいです。熊本空港の滑走路は全く問題なかったのですが、空港の場所は被害が最も大きかった益城町なので、空港の建物はまだまだ損傷したままで、欠航便はまだあります。とはいえ5月9日から大学での講義も再開され、ライフライン、インフラもほぼ回復し、元通りの暮らしが戻ってきました。建物が損壊した方々はまだまだ大変ですが、薬学部は学生、職員ともにみんな元気です。もちろん臨床薬理学分野のメンバーも全員、元気に研究・勉強をしております。
多くの方々から安否の確認や励ましの連絡をいいただきました。この場をお借りいたしまして心より感謝申し上げます。
PS: 東京腎薬の皆様から熊本腎薬のメンバー宛に、こんな集合写真を送ってもらいました。ありがとうございます!みんな元気でやっています。