2021年10月

NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
24日目 アセトアミノフェンについて深く知ろう
⑥アセトアミノフェンの添付文書は明らかに間違っている

◆クイズ
以下の添付文書の記載はロキソプロフェンのものでしょうか?
アセトアミノフェンによるものでしょうか?

禁忌(次の患者には投与しないこと)
1.消化性潰瘍のある患者[症状が悪化するおそれがある。]
2.重篤な血液の異常のある患者[重篤な転帰をとるおそれがある。]
3.重篤な肝障害のある患者[重篤な転帰をとるおそれがある。]
4.重篤な腎障害のある患者[重篤な転帰をとるおそれがある。]
5.重篤な心機能不全のある患者[循環系のバランスが損なわれ,心不全が増悪するおそれがある。]
6.本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
7.アスピリン喘息(非ステロイド性消炎鎮痛剤による喘息発作の誘発)又はその既往歴のある患者[アスピリン喘息の発症にプロスタグランジン合成阻害作用が関与していると考えられる。]

正解:アセトアミノフェン(カロナール)の添付文書

 この添付文書っておかしくありません?アスピリン喘息(非ステロイド性消炎鎮痛剤による喘息発作の誘発)って鎮痛解熱薬であって非ステロイド性消炎鎮痛剤(NSAIDs)ではないアセトアミノフェンでは関係ないでしょ。NSAIDsの喘息誘発作用はCOX阻害によってリポキシゲナーゼ(LOX)経路にシフトして、強力な気管支収縮作用を有するロイコトリエンの産生増加に起因しますが、アセトアミノフェンにはCOX阻害作用はありません。

 「消化性潰瘍のある患者」ってなんで?だってOTC薬のタイレノール(アセトアミノフェンの世界的ブランド)には「空腹時にのめる優しさで、効く」って書いているのに(写真参照)!重篤な血液の異常のある患者って、20211028_1.pngアセトアミノフェンに抗血小板作用なんてないでしょ。心不全が増悪する?肝機能障害なら増悪しますが……。そしてアセトアミノフェンによる腎機能悪化ってOTCの鎮痛薬複合剤(アセトアミノフェン単独では起こしません)の大量長期服用して起こる非常にまれな鎮痛薬腎症による「腎乳頭壊死」か高用量投与によって重篤な肝障害を伴う細胞障害性毒素NAPQIによる尿細管壊死ですよ。ではNSAIDsの代表格であるロキソプロフェンの添付文書と比較してみましょう。

以下がロキソプロフェンの添付文書

2. 禁忌(次の患者には投与しないこと)
2.1 消化性潰瘍のある患者[プロスタグランジン生合成抑制により、胃の血流量が減少し消化性潰瘍が悪化することがある。]
2.2 重篤な血液の異常のある患者[血小板機能障害を起こし、悪化するおそれがある。]
2.3 重篤な肝機能障害のある患者
2.4 重篤な腎機能障害のある患者
2.5 重篤な心機能不全のある患者
2.6 本剤の成分に対し過敏症の既往歴のある患者
2.7 アスピリン喘息(非ステロイド性消炎鎮痛剤等による喘息発作の誘発)又はその既往歴のある患者[アスピリン喘息発作を誘発することがある。]
2.8 妊娠後期の女性

 

 ほぼ内容が同じですよね。これじゃ同じ薬効群と間違えてしまいますよね。日本の添付文書は、薬機法に基づいて作成される公文書ですが、「医療用医薬品の添付文書は,医薬品医療機器法の規定に基づき,医薬品の適用を受ける患者の安全を確保し適正使用を図るために,医師,歯科医師,薬剤師等の医薬関係者に対して必要な情報を提供する目的で,当該医薬品の製造販売業者が作成するもの」となっています。

 NSAIDsは末梢に作用し、アセトアミノフェンは中枢に作用という差があり、アセトアミノフェンは知覚神経の通り道である視床に作用して、痛み閾値を上昇させますがNSAIDsは末梢のCOX阻害によるPG産生を抑制するため胃障害、腎障害、易出血性、アスピリン喘息、心不全の悪化などの副作用があります(セレコキシブには心不全悪化作用はありません)。

 NSAIDsに比し、アスピリン喘息に対しては安全性が高いと考えられています。ただしアセトアミノフェンも喘息の原因になるという報告もありますので1)、添付文書上の禁忌もやむを得ないでしょう。ただし「アスピリン喘息の発症にPG合成阻害作用が関与していると考えられるためアスピリン喘息(NSAIDsによる喘息発作の誘発)、又はその既往歴のある患者にはアセトアミノフェンは禁忌」という添付文書の記載もアセトアミノフェンをNSAIDsと混同した間違いと考えられます。

 アセトアミノフェンは低用量では胃障害はほとんど起こさないため2)、NSAIDsと同様に消化性潰瘍に禁忌にすると鎮痛薬の選択肢を狭めてしまうし、抗血小板作用がないため、重篤な血液の異常がある患者に禁忌にすべきではありません。また重篤な腎障害のある患者にもAKIを起こさないアセトアミノフェンは、米国では慢性腎臓病(CKD)患者に対して禁忌ではなく、鎮痛療法の中心になっています3)。重篤な肝障害、重篤な腎障害にはNSAIDsもアセトアミノフェンも使えないとなると、オピオイドをこのような患者に第1選択薬にさせたいのでしょうか?非常に不可解であり、わが国でも重篤な腎障害に禁忌とするよりも、逆に慎重投与としNSAIDsに代わって積極的に推奨すべきではないでしょうか。またNSAIDsでも「重篤な腎障害には禁忌」に付け加え、腎機能の廃絶した無尿の透析患者では腎機能の悪化を考慮する必要はないため「ただし無尿の透析患者は除く」と追記していただきたいと切に願っております。

 これだけじゃないのです。米国の添付文書はFDAが何か起こったら速やかに添付文書の改訂をメーカーに書き換えを命じていますが、日本ではそのスピードが著しく遅いのです(というか、社会的問題にならない限りやろうとしない)。有機アニオントランスポータを介したスタチンの肝取り込みがOATP1B1阻害薬のシクロスポリンによってリバロ、クレストールという新薬の血中濃度が上昇するため、添付文書に禁忌事項に併用禁忌と載っているのに、シクロスポリンによるOATP1B1阻害だけではなく、CYP3A4阻害も受けるため、最も血中濃度が上がって筋症myopathyを頻繁に起こすアトルバスタチンの添付文書が、いつまでたっても書き換えられていない。だから配合禁忌のリバロ、クレストールが処方されると、ORTP1B1だけではなく、CYP3A4も阻害して、より危ないアトルバスタチンに変えようとする医師・薬剤師がはびこる。透析医学会のシンポジウムでの「添付文書上、併用禁忌になっていないのにシクロスポリンの併用でリピトールによるmyopathyが何度も起こるんだ!」というある医師の質問にシンポジストたちは全く答えられなかったため、フロアから「新しい薬の添付文書に載っている禁忌情報は、すでに発売されている薬にまでは反映されないのです」と代わりに平田が答えたことがあります。だからちゃんと添付文書の整合性を取ってほしい。改訂が遅すぎるし、緩すぎるのが日本の添付文書!厚労省の皆さん、何とかしてくれませんか?我々薬剤師ももっと声を上げなきゃだめだよ。

 

引用文献
1)Shaheen SO, et al: Thorax 55: 266-270, 2000
2)Sakamoto C, Br J Clin Pharmacol 62:765-772, 2006
3)Wu J, et al: Clin J Am Soc Nephrol 10: 435-442, 2015


NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
23日目 アセトアミノフェンについて深く知ろう
⑤CKD患者へのNSAIDs、アセトアミノフェンの適正使用

(1)CKD患者にNSAIDs用量を減量ではなく、投与回数を減量
 NSAIDsはすべて肝代謝により消失します。尿中排泄されると添付文書に記載されていても、活性を持たない代謝物となって腎排泄されるため、腎不全患者でそれらが蓄積しても何も起こりません。したがって、すべてのNSAIDsで腎機能低下患者に投与量を減量する必要はないのです。AKIの発症を気にして減量すると逆に確実な効果が得られなくなる可能性があります。ただし16日目に書いたように、ひょっとしたら末期腎不全患者ではCYP2C9の発現量が低下するため減量しなくてはならない可能性もありますが……。腎機能低下患者、高齢者、心不全患者、高血圧患者、糖尿病患者など腎虚血を来たしやすい疾患やレニン-アンジオテンシン系阻害薬や利尿薬、その他の腎毒性薬物と併用はNSAIDsによるAKI発症のリスクが高くなります。そのため腎機能低下患者ではNSAIDsの漫然投与は避けるべきです。しかし、添付文書上で「重篤な腎障害に禁忌」になっていても、その理由が「急性腎障害、ネフローゼ症候群等の副作用を発現することがある」ということです。腎機能の廃絶した無尿の透析患者に関しては急性腎障害等の副作用は起こらないのですから、胃腸障害のリスク、易出血性のリスクなどの多様な副作用を除けば、NSAIDsを投与しても問題ありません。

(2)CKD患者にアセトアミノフェンを減量ではなく、投与回数を減量
 一方、アセトアミノフェンは緩和医療の鎮痛療法の記載の中で透析患者では血中アセトアミノフェン濃度上昇の報告があるとされています1)。腎不全患者のグルクロン酸抱合体濃度は健常者の13~29倍、腎不全患者の硫酸抱合体濃度は健常者の13~23倍2)に上昇し、腎不全患者では10日間の連続投与により血中トラフ濃度が約3倍に上昇すると書かれています。
 Aronoffらは腎機能の低下とともに投与間隔を延長することを推奨しているものの3)、半減期は投与後2~8時間内では2.1~2.3時間で腎機能による差はありませんが、投与後8~24時間では12.7hr(透析患者)と2倍以上に延長(健常者4.9hr)するが、これは腎不全患者では抱合体が蓄積し、胆汁排泄され、脱抱合されて再吸収される腸肝循環することによります(図14)図1の血漿アセトアミノフェン濃度を示すY軸は対数軸で示されているため、1µ/mL未満域の幅が広いため差が大きそうに見えますが、この報告では1回1gを1日3回、10日間連続投与してもトラフ値が腎不全で3.1μg/mL、健常者で1.1μg/mLにしかなっておらず、ピーク濃度15~25μg/mLがわずかに上昇するのに過ぎないため、AUCは大差ありません。そのためアセトアミノフェンは腎機能低下患者で大幅な減量は不要と考えられます。そして日本人をはじめとした東洋人は体格が欧米人に比べ小さいことを考慮し、さらにアセトアミノフェン錠500mg錠が発売されたことを考慮すると1回500mg~600mg を1日3~4回(できるだけ食後)の投与が適切であり、この用量であれば透析患者でも減量の必要はないと考えられます。

20211025_1.png (3)NSAIDs、アセトアミノフェンの服薬指導のポイント
 NSAIDsの場合、胃障害を避けるため空腹時服用を避ける必要があります。16日目のコラムでも記載したように「食事はいつ摂られましたか?もし空腹時であればクッキーやビスケットなど軽い間食を食べてから、コップ1杯以上の水、できれば牛乳とともに飲んでください。そうすれば胃の痛み、胃のむかつき、胃もたれなどの副作用は抑えることができます。」という内容の服薬指導が必須です。またアスピリン喘息でないことの確認が取れない場合の投与は避けるべきです。
 アセトアミノフェンの場合、指示された投与量以上を服用しないこと、アセトアミノフェン服用時に飲酒を避けること、他のOTC薬などの鎮痛薬(アセトアミノフェンを含有する可能性がある)を同時に服用しないことなどなどを指導する必要があります。またアルコール多量常飲者、絶食・低栄養状態・摂食障害のある患者さんには肝障害が起こりやすくなるため、適していません。

 

引用文献
1)日本医師会監修, 木澤義之, 森田達也編: 2008年版がん緩和ケアガイドブック, 青海社, 東京, 2008
2) Martin U, et al: Eur J Clin Pharmacol, 1991, 41: 43-46.
3) Aronoff GR , et al ed: Drug Prescribing in Renal Failure Dosing guidelines for adults and children, 5th Edition, American college of Physicians Philadelphia, 2013
4) Prescott LF, et al: Eur J Clin Pharmacol 36: 291-297, 1989

 


NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
22日目 アセトアミノフェンについて深く知ろう
④鎮痛薬腎症はAKIではなく慢性腎不全。
その真犯人はフェナセチンだけではないことを突き止めたベルギーの論文を抄読してみよう!(2)

 アセトアミノフェンとアスピリンの複合剤で起こる鎮痛薬腎症のメカニズムは、これらを併用するとアスピリンがサリチル酸になり腎皮質および乳頭部に高濃度に濃縮されることが引き金となります。サリチル酸はグルタチオンを枯渇させることによって毒性代謝物NAPQIが生成され、腎乳頭タンパク質のアリル化および 酸化ストレスによって腎乳頭壊死を起こし、不可逆的な腎機能障害を起こす2)といわれています(図65)。また自殺企図や誤飲によるアセトアミノフェン超大量服用で起こる劇症肝炎と同時に、腎に存在するCYPによって毒性代謝物NAPQIが生成され、急性の鎮痛薬腎症をきたすことがあると言われていますが、頻度としては非常にまれと思われます。このような超大量服用した自殺企図や大量誤飲症例を除きAKIの発症はないと考えられ、アセトアミノフェンやアスピリンを含んだOTC鎮痛薬の長期大量連用による乳頭壊死または慢性間質性腎炎によって生じる透析導入に至る慢性腎不全が問題となります6)

20211021_6.png

 海外ではフェナセチンが製造中止になった1983年以降、鎮痛薬腎症は減少し続け、またスイスではフェナセチンの毒性代謝物による乳頭壊死と確認された剖検例は1978年~1980年には約3%あったのが、フェナセチンが製造中止になって、アセトアミノフェンに変更されて7年以上経過した2000年~2002年には616名の剖検例中、乳頭壊死は79歳の男性1例のみ(0.2%)に減少した7)という報告があり、乳頭壊死は鎮痛薬中に含まれるフェナセチンの市場からの撤退によって著明に減少したと考察しています。

 鎮痛薬腎症は頭痛ないし腰痛のある中年女性に多く、長年にわたり、連日大量服用した症例で発症し8)、生涯にわたる累積服用量が3kgを超えるなど、多ければ多いほど発症しやすい(9)、あるいは透析導入になった患者22名は 平均 7.8 kg  (2.7~30.8kg)の非ピリン系鎮痛薬(アニリン系、すなわちフェナセチンまたはアセトアミノフェン)を平均21.5年(6~35 年)間服用していたという報告もあり、フェナセチンを含有しない鎮痛薬では末期腎不全の危険性は低いことが示唆されています10)。すなわち鎮痛薬腎症は急性腎障害(AKI)ではなく乳頭壊死による慢性腎不全で、原因は生涯にわたる数kgのフェナセチンまたはアセトアミノフェンだけでなくピリン系やアスピリンなどの複合鎮痛薬の服用によって起こるものです。アセトアミノフェン単独では起こりません。そしてアセトアミノフェンはNSAIDではありませんから、13日目で解説したとおり、①輸入細動脈収縮による腎前性AKI、②尿細管を栄養する輸出細動脈の虚血による尿細管壊死、③免疫反応が介在する糸球体障害、④アレルギー性間質尿細管性腎炎は起こしません。腎機能正常者が対象のコホート研究ではアセトアミノフェンによって腎不全に至る相対危険度は有意に低かったという報告があります11)。さらにCKDステージ4, 5の患者に対してもアセトアミノフェンは安全で、アセトアミノフェン累積服用量は腎機能に影響しないという報告もあります12)。さらにアセトアミノフェン単独で鎮痛薬腎症を起こすというエビデンスは存在せず、健常者への疫学的調査でもアセトアミノフェンの使用と慢性腎不全への進行あるいは古典的な鎮痛薬腎症にいたるという有意な関係を見出すことはできないという報告もあります13)

20211021.png

 京都大学附属病院の電子カルテからアセトアミノフェンの処方歴があり急性腎障害を発症した1,871名を対象にした検討では、 NSAIDsの投与では有意に急性腎障害を発症するものの、アセトアミノフェン投与者は非投与群とほぼ変わらず、急性腎障害とアセトアミノフェン投与の間の関連性が希薄であることを示しており、APAPが腎臓により安全であることを明らかにしました(図714)

20211021_7.png

 さらに新しい日本の報告では241,167人が分析対象となり15)、アセトアミノフェンを服用した患者の年間の1/血清Cr値の傾きは-0.038(-0.182-0.101)に対し、NSAIDsを服用した患者の年間変化は-0.040(-0.187-0.082)で有意に腎機能悪化速度が速いことが明らかになりました。NSAIDsの腎障害が問題になりやすい高齢者を対象とするとやはりアセトアミノフェンよりもNSAIDsの方が有意に腎機能悪化速度が速かったのです(図8)。 これらの変化は腎機能の低い患者間で有意差は認められませんでしたが、アセトアミノフェンは有意に腎機能の低い患者により頻繁に処方された(P<0.001)ことがバイアスになったものではないかと考えられます。さらに加えれば、自殺企図などによるアセトアミノフェンの過量服用はNAPQIの蓄積(19日目の図1参照)によって肝細胞障害だけでなく尿細管障害も引き起こすことがあります16)。25日目にその詳細を記載しようと思いますが、大量飲酒とアセトアミノフェンの過量服用の組み合わせは肝臓だけでなく腎臓にとっても極めて危険です。

そして今日の内容をまとめると
①鎮痛薬腎症は生涯にわたり数kgのアセトアミノフェンを含む鎮痛薬の複合剤のOTC薬を飲み続けた時に起こりえます。
②鎮痛薬腎症はアセトアミノフェンだけではなく、ピリン系鎮痛薬やNSAIDsの合剤を含むものです。アセトアミノフェンやアスピリン単剤では鎮痛薬腎症は起こしません。
③アセトミノフェンはNSAIDではないのですから京都大学の報告のようにAKIを起こしません(図714)。 また倉敷中央病院の報告のようにNSAIDs群に比しアセトアミノフェン群の腎機能低下速度は有意に緩徐です(図815)

 

20211021_8.png だからCKD患者や高齢者にNSAIDsが漫然投与されていれば、アセトアミノフェンに処方変更していただくことが推奨され、Triple whammy処方であれば、患者さんのリスクが高まるため、アセトアミノフェンに処方変更していただかなくて困るのです!

 

引用文献
1) Brix A: Toxicol Pathol 30: 672-674, 2002
2)Elseviers MM, et al: 鎮痛薬とアミノサリチル酸, “臨床家のための腎毒性物質のすべて”, De Broe ME, et al編, シュプリンガー・ジャパン, 東京, 2008, pp214-226, 2008
3)Elseviers MA, De Broe ME: Analgestics and 5-aminosalycilic acid. Clinical Nephrotoxins 3rd ed, P2399-417, SPRINGER-VERLAG, 2008
4) Elseviers MM, De Broe ME: Am J Kidney Dis 28: S48-55, 1996
5) Elseviers MM, De Broe ME: Drug Saf 20: 15-24, 1999
6) Martin U, et al: Eur J Clin Pharmacol 41: 43-46, 1991
7)Mihatsch MJ, et al: Nephrol Dial Transplant 21: 3139-3145, 2006
8)Stewart JH, et al: Br Med J 1:440-443, 1975
9)van der Woude FJ, et al: BMC Nephrol 5: 8-15, 2007
10)Michielsen P, et al: Nephrol Dial Transplant 24: 1253-1259, 2009
11)Rexrode KM, et al: JAMA 286: 315-321, 2001
12)Evans M, et al: Nephrol Dial Transplant 4: 908-1918, 2009
13)Blantz RC: Am J Kidney Dis 28: S3-S6, 1996
14)Hiragi S, et al. Clin Epidemiol. 2018; 10: 265-276
15)Ide K, et al: Int Urol Nephrol 53: 129-135, 2020
16)Bessems JG, et al:Crit Rev Toxicol 31: 55-138, 2001

 


NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
21日目 アセトアミノフェンについて深く知ろう
③鎮痛薬腎症はAKIではなく慢性腎不全。
その真犯人はフェナセチンだけではないことを突き止めたベルギーの論文を抄読してみよう!(1)

 鎮痛薬腎症Analgesic nephropathyは腎乳頭壊死と間質性腎炎を特徴とする慢性腎不全です。これはオーストラリアやベルギーで発症率が高く、オーストラリアの女性透析患者の22%がフェナセチンによる慢性腎不全だったといわれています。フェナセチンを含むOTCの鎮痛薬の大量消費が主原因とされていましたが、現在ではアセトアミノフェン、ピリン系鎮痛薬、多くのNSAIDs(アスピリン、フェナセチン、フェニルブタゾン、インドメタシン、メフェナム酸、フルフェナム酸、フェノプロフィン、ナプロキセン、およびイブプロフェン)も発症原因になることが分かっています1)。乳頭壊死は剖検や腎切除後など例外的な患者でないと証明されなかったのですが、近年ではCTスキャンによって診断できるようになりました。鎮痛薬腎症はゆっくりと潜在性に進行するため、多くの鎮痛薬腎症の患者は重症になって尿毒症症状が現れてから受診することが多いようです2)

 フェナセチンはベテランの薬剤師の先生方はご存知だと思いますが、1887年から使われていたメジャーな鎮痛薬で、代謝されてアセトアミノフェンとして作用するのですが、後になってアセトアミノフェンが活性体と分かっただけで、歴史のあるフェナセチンの方が汎用されていたようです。長期に大量を服用した場合の障害や腎盂膀胱腫瘍、血液障害の発生リスクの増大等が指摘されて1983年にフェナセチンが欧米で製造中止となり、日本での医療用フェナセチン(OTC薬のフェナセチンは1983年に中止済み)は重篤な腎障害の報告が相次いだため、遅れて2001年に製造中止になりました。

 欧米でフェナセチンが製造中止になった1983年11月以降はオーストラリア、ベルギーおよび「フランダースの犬」で有名なフランダース地方(オランダ南部・ベルギー西部・フランス北部の地域)での鎮痛薬腎症は年々、減少しつつあります(図13)20211018_1.png ここで紹介したいのはベルギーでの調査をまとめたElsevierの詳細な報告4)です。アセトアミノフェンが単独で腎障害を起こすか否かを最もクリアカットに説明できる論文だからです。この報告をしっかり読むと鎮痛薬腎症の実態(真犯人)が理解できると思います。フェナセチン製造中止になって7年後、つまり1990年のベルギー26区の透析の導入率と1983年のフェナセチンのみを鎮痛薬として含むOTC薬購入量との間に相関は認められておらず(図24)、当時汎用されていたAPC処方といわれる 20211018_2.png アスピリン、フェナセチン、カフェイン処方が1919年にオーストラリアで製剤化された(英語版Wikipediaより)OTC薬が問題だったことはこの当時から明らかだったようです。同様に26区の透析の導入率とアスピリンのみを鎮痛薬として含む1983年のOTC薬購入量との間にも相関は認められず(図3)、26区の透析の導入率と鎮痛薬 20211018_3.png を2種類含む+カフェイン±コデインの複合剤のOTC薬購入量にはR=0.86の強い正相関が認められました(図4)。

20211018_4.png

 鎮痛薬腎症226名中、219名(97%)が鎮痛薬2剤+カフェインなどの複合剤を服用しており、フェナセチンが最多(鎮痛薬単剤+カフェインN=6、鎮痛薬単剤のみ N=1を除く)でした(図5上のバー)。ただし複数ブランドのOTC薬を服用していた症例はどのブランドのOTC薬が鎮痛薬腎症の原因になるのか不明なため除くと、179名に解析対象者が限定され(図5中のバー)、そのうち予想通りフェナセチン含有製剤が133名と圧倒的に多かったのでこれを除外しました。フェナセチン以外にも鎮痛薬腎症に関連している鎮痛薬があるとすれば何かということが、このフェナセチンを除いた=46人を解析すればわかるはずです(図5下のバー)。そして図5下の表を見れば一目瞭然です。フェナセチンを除けば鎮痛薬腎症の最多の鎮痛薬組成はピリン系2剤の複合剤で22名(こんなOTC薬は日本には存在しません)、アスピリンとアセトアミノフェンの複合剤が18名、アスピリンとピリン系の複合剤が4名、アセトアミノフェンとピリン系の配合剤が2名です。鎮痛薬単剤で腎症を発症したのは3%の7名のみですから、単剤ではほぼ鎮痛薬腎症を起こさないことは明らか、つまりアセトアミノフェンは単独投与では鎮痛薬腎症の原因にならないのです!今までにアセトアミノフェンを投与した群がNSAIDs群と同等に透析導入になった、あるいはアセトアミノフェン群の方がNSAIDs群よりも透析導入リスクが有意に高かったというのはすべてコホート研究かケースコントロールスタディでRCTではありません。前回に解説したとおり、CKD患者、高齢者であればNSAIDsではなくアセトアミノフェンが推奨されていたというバイアスを含んでいるためだったからだと平田は確信しております。

20211018_5.png

 

引用文献
1) Brix A: Toxicol Pathol 30: 672-674, 2002
2)Elseviers MM, et al: 鎮痛薬とアミノサリチル酸, “臨床家のための腎毒性物質のすべて”, De Broe ME, et al編, シュプリンガー・ジャパン, 東京, 2008, pp214-226, 2008
3)Elseviers MA, De Broe ME: Analgestics and 5-aminosalycilic acid. Clinical Nephrotoxins 3rd ed, P2399-417, SPRINGER-VERLAG, 2008
4) Elseviers MM, De Broe ME: Am J Kidney Dis 28: S48-55, 1996


NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
20日目 アセトアミノフェンについて深く知ろう
②「アセトアミノフェンAKIを起こす」説は腎機能低下患者ではNSAIDsではなく優先的にアセトアミノフェンが投与されているバイアスがあるからだ!

 腎機能が低下しているCKD患者にはNSAIDsの投与は推奨できませんが、それに代わる代替薬として欧米ではアセトアミノフェンが推奨されてきました。米国腎臓財団のAd Hoc Committeeは1996年から腎臓病患者への鎮痛薬としてアセトアミノフェンを推奨しており1)、アスピリンアレルギー、胃腸障害患者、利尿薬服用者、心疾患、高血圧、腎臓病、肝臓病患者、65歳以上の高齢者は医師の指示なしでNSAIDsの服用を禁止しています。これらの多くはNSAIDsによるAKIのリスク因子育薬に活用できるデータベース→4.薬剤性腎障害→「3.表.NSAIDsによるAKIの危険因子」)と一致しています。

 また米国老年医学学会の鎮痛療法ガイドラインでも非選択性NSAIDs、COX-2選択的阻害薬は極めて厳重に注意して投与すべきであり、特殊な症例を除いて投与してはならない(質の高いエビデンス、強力に推奨)としており、高齢者の持続的な痛みに対する初期および持続的薬物療法、特に筋・関節痛に対してはアセトアミノフェンを推奨(効果および安全性に関して質の高いエビデンスがあり、強く推奨)しています。ただしアセトアミノフェンは肝不全には禁忌、アルコール中毒・肝障害には慎重投与で1日投与量は4gを越えないことが重要とされています2)

 このように米国では腎機能の低下した患者さんには優先的にアセトアミノフェンが用いられているというバイアスが存在するためか1)、NSAIDsとの比較でアセトアミノフェンの方が透析導入リスクは低いという明確なエビデンスはなく、アセトアミノフェンの単独による腎障害についてはいまだに意見の一致を見ません3)4)。論文の中には腎機能低下患者にはCOX阻害によるAKI発症リスクが高くなるためNSAIDsは使われず、腎機能低下患者に優先的に投与されるアセトアミノフェンで末期腎不全になるという報告はrecruitment biasがあり、原因ではなく結果ではないかと主張する報告もあります5)。日本ペインクリニック学会もHP上で「アセトアミノフェンにはNSAIDsのような胃腸障害や腎障害の副作用はありません。しかし、アセトアミノフェンの副作用として肝障害には注意が必要です。」と明記しています6)。逆に高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015では「COX-2選択性NSAIDsやNSAIDsに含まれないアセトアミノフェンについても腎障害に対する安全性は確立していない。いずれも使用量は最小限にとどめるべきである。」となっていますが、これもエビデンスレベルだけから見ればアセトアミノフェンがNSAIDsではなく、CKD患者や高齢者に優先的に使われたために起こったバイアスによると思われます7)。「AKIを最も起こしやすいリスクの高い人は既存の腎機能低下患者(つまりCKD患者)および高齢者。そしてそのような人が透析導入になりやすい」ことは今や常識ですから(8)20211014_1.pngアセトアミノフェンは安全性だけではなく多岐にわたるベネフィットがあることを知っていただきたい
と思います()。

20211014_2.png

 

引用文献
1)Henrich WL, et al: Am J Kidney Dis 27: 162-165, 1996
2)American Geriatrics Society Panel on Pharmacological Management of Persistent Pain in Older Persons: J Am Geriatr Soc 57:1331-1346, 2009
3)Kuo HW, et al: Analgesic use and the risk for progression of chronic kidney disease. Pharmacoepidemiol Drug Saf 19: 745-751, 2010
4)Michielsen P, et al: Non-phenacetin analgesics and analgesic nephropathy: clinical assessment of high users from a case-control study. Nephrol Dial Transplant 24: 1253-1259, 2009
5)Campo A: Acetaminophen, aspirin, and renal failure. N Engl J Med 346: 1588-1589, 2002
6)日本ペインクリニック学会 (jspc.gr.jp)2021.08.14に閲覧
7)高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2015, メジカルビュー社: 95-96, 2015
8)Ishani A, et al: J Am Soc Nephrol. 20: 223-228, 2009


NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
19日目 アセトアミノフェンについて深く知ろう
①.アセトアミノフェンの薬理作用

 アセトアミノフェンは一般的には安全性は高いものの、わが国では長らく添付文書用量が1.5g/日であったためか、十分量が投与できませんでした。そのため鎮痛用量に達していないので、鎮痛作用はNSAIDsよりも弱くなり、日本ではOTC薬の鎮痛薬や風邪薬の配合剤としては汎用されているものの、医療用医薬品としてはまだまだ使用頻度は低いようです。ただしアセトアミノフェンは薬剤性肝障害の原因薬物のトップですが1)、多くは自殺企図などの超大量服用が原因です。

 薬剤性腎障害に関してはアセトアミノフェンの報告もありますが、NSAIDsによるGFR低下は速やかに起こり、AKIの原因薬物になるものの、アセトアミノフェンを含む鎮痛薬複合剤はいわゆる鎮痛薬腎症という乳頭壊死・間質性腎炎による慢性腎不全を起こします。特に透析導入の原因薬物としてはどちらが安全か、またアセトアミノフェン単独で腎障害を超すのか否かについては、いまだに明確な結論が出されていないのです。そのため本項ではNSAIDsとアセトアミノフェンの安全性について特に腎機能に着目して概説したいと思います。

 アセトアミノフェンの薬理作用についてはいまだ明確に解明されていませんが、2005年にHögestättら2)はアセトアミノフェンの代謝物がアラキドン酸と結合することによってN-アシルフェノールアミン(AM404)が生成されることを明らかにしました。このAM404が強力な鎮痛作用を表すことが示唆されていますが、一般的にはアセトアミノフェンは主に中枢神経系におけるプロスタグランディン(PG)の合成を阻害して鎮痛効果をもたらすことが有力視されています。脳の体温調節中枢に対する内因性発熱物質の作用を抑制する一方、末梢のPGにはほとんど作用しないとされています。そのため抗炎症作用はほとんど期待できない代わりに NSAIDsに伴う4大副作用である胃腸障害、AKI、抗血小板作用による易出血性、アスピリン喘息はアセトアミノフェンではほとんど認められません。

 これらのことから2002年よりわが国でのOTC薬であるタイレノールは日本で初めて「空腹時でも飲める鎮痛解熱薬」になりました。ただし「かぜによる悪寒・発熱時には、なるべく空腹時をさけて服用すること」が付記されたままです。米国ではTPN(total parenteral nutrition)施行時、つまり絶食時の発熱や未熟児の発熱に対しアセトアミノフェンの懸濁液が汎用されていますが、これは解熱に用いる低用量投与では胃障害がないことの裏づけと考えてもよいでしょう。日本ではアセトアミノフェンは添付文書上では解熱目的には1回300~500mg を頓用とし原則として1日2回まで、鎮痛目的には1回300~500mgを4~6時間おきとなっています。

 ただしアセトアミノフェンは用量増加に伴い胃腸障害を起こすことがありうるため、鎮痛用量では空腹時服用は推奨されません。解熱用量でも添付文書上は空腹時の投与は避けることが望ましいとなっています。また別の作用機序によって喘息を誘発することがあるため、喘息患者にはNSAIDsと同様、推奨されません3)。さらにアセトアミノフェンはNSAIDsのようにGFRを速やかに低下させることはないため単独ではAKIを起こさないものの、アセトアミノフェンを含む鎮痛薬の生涯にわたる累積服用量の増加により鎮痛薬腎症と称される乳頭壊死から不可逆性の末期腎不全になり透析導入に至ることがあります4)

 通常、アセトアミノフェンは約60%がグルクロン酸抱合、30%が硫酸抱合され尿中に排泄されますが5)、一部はCYP2E1によって反応性の高い毒性代謝物N-アセチル-P-ベンゾキノンイミン(NAPQI)になりますが、生成されたNAPQIは速やかにグルタチオン抱合されることによって、無毒化されて尿中に排泄されます。しかし7.5g/日以上の大量服用によりグルクロン酸、硫酸による抱合過程が飽和することによって、CYP2E1による代謝が促進されます。それによりグルタチオンが枯渇しやすくなる、あるいはアルコール依存症患者では肝臓のグルタチオン貯蔵がもともと低下しており、しかもCYP2E1が誘導されやすいため活性の高いNAPQIが蓄積して肝のタンパクと共有結合することによって肝細胞壊死を起こします(図1)。 20211011_1.pngわが国ではアセトアミノフェンによる重篤な肝障害は自殺企図や誤飲によるものが多いのですが、初期症状に乏しいため、できるだけ速やかにN-アセチルシステイン(NAC)を投与します。NACはグルタチオンの前駆体となって、解毒作用を発揮します。アセトアミノフェンはTDM対象薬ではないのですが、薬剤性肝障害を起こしやすいため月1回の血中濃度の測定が算定できます。この場合、測定値が分離剤の影響を受けるため血清分離剤入り容器の使用は避ける必要があります。有効治療濃度は解熱剤として2~6µg/mL、鎮痛薬としては5~20µg/mLであり、肝障害を起こす中毒濃度は服用4時間後で200µg /mL、12時間後で50µg /mL以上とされています(図26)

20211011_2.png

 

引用文献
1)Björnsson E, et al: Dig Liver Dis 38: 33-38, 2006
2)Högestätt ED, et al: J Biol Chem 280: 31405-31412, 2005
3)Shaheen SO, et al: Thorax 55: 266-270, 2000
4)Duggin GG: Am J Kidney Dis 28: S39-S47, 1996
5)Martin U, Eur J Clin Pharmacol 41: 43-46, 1991
6)Rumack BH, et al: Pediatrics 55: 871-876, 1975

 


 第7回 基礎から学ぶ薬剤師塾 11月2日(火)18時~20時まで の申し込みを始めます。テーマは「SGLT2阻害薬の腎保護作用と急性腎障害AKI防止作用」です。

 もともとは糖尿病治療薬だったSGLT2阻害薬のダパグリフロジンが非糖尿病患者の心不全にも慢性腎臓病にも使われるようになりました。RAS阻害薬や利尿薬と併用されがちなこの薬剤は脱水をきたすものの、興味深いことにこれらの腎前性腎障害をきたしやすい薬剤と併用しても急性腎障害を起こしにくいことが明らかになりました。

 今回は糖尿病だけではなく腎機能低下患者や心不全患者にも用いられ、圧倒的な効果を示すことで注目されているSGLT2阻害薬の謎と実態に迫ってみたいと思います。
 参加を希望される方は 申し込みフォーム に記入のうえ、送信してください。
 20211007.png

 薬剤師塾への参加者はどなたでも構いませんが、ぜひ学会発表を目指している方に参加していただきたいと思います。そしてその先には原著論文を書き、海外の学会で発表し、英語論文をまとめて博士号を取るんだというような大きな夢を持つ人になっていただきたいと思います。300名まで参加可能ですが、最近の登録者数は200名を超えていますので、早めに登録してください。

 


NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
18日目 米国医療制度の闇

 米国は先進国で唯一の皆保険制度のない国です。医療レベルは極めて高いのに、医療費は極めて高く、自分で保険会社の保険に加入していない人は病院に行く余裕はないので、超安値OTC薬のNSAIDsを大量購入します。米国の医療用イブプロフェンは800mgの錠剤もあるので、日本では胃障害が少なく鎮痛作用もマイルドなイメージがあるイブプロフェンも「ジクロフェナクと変わらないよ」と米国の薬剤師は言っていました。膝痛・腰痛で痛ければ安くて日本の2~4倍量のイブプロフェンを飲み、それでよくならなければすべて日本の倍量のナプロキセン、アスピリン、ケトプロフェンに手を出す。当然、胃障害と抗血小板作用による消化管出血によって1年に2万人近くが死亡していたのだと思います。

 米疾病対策センター(CDC)によると、医者が処方した鎮痛剤の過剰投与による死亡は男女併せると1年に38,300人1)。ちなみに2016年の米国の薬物過剰摂取(副作用ではない)による死亡者は25~54歳が最多(副作用といえば後期高齢者のわが国と大きく異なります)で、2017年時点で63, 600人です。これにより米国の平均余命は短縮しつつあるといわれています2)。21世紀になってから過量服用による死亡者はNSAIDsからオピオイドに変わっているのです。米国では、合成麻薬の過剰摂取による死亡が2013年の約3,000人から2016年には約2万人へと大幅に増加しており、 2014年で4万人弱、2016年の薬物過剰摂取による死亡者は6万人を超えると見積もられています。この急激な増加には、不法に製造されたフェンタニルがヘロイン市場に導入された影響が大きいといわれています(図13)

20211007_1.png

警察官2人に付き添われて、囚人服を着せられて退院する手錠をかけられた20歳前後の麻薬中毒の囚人を大学病院で何度見たことか……(図2: ただし写真は本物の囚人ではなく歌手で女優のTaylor Swiftさんです)。20211007_2.png

 20211007_3.png高額な民間保険に加入している人は世界最高峰の医療を受けられるのに、6人に1人の無保険者が交通事故で重傷を負うと、老朽化した群立病院County hospital(図3)の救命救急室ERに送られる。救急車の中で「County hospitalだけには行かないで!あそこに行くと生きて帰れないから」と叫んでも、民間保険に入っていない貧困者は衛生状態も決して良くないCounty hospitalに送られ、重症であっても抗生物質の自己点滴のやり方を薬剤師から指導を受けてすぐに退院させられる。これは実際にLAのCounty hospitalの薬剤師から聞いたことです。米国の無保険者に対する医療制度は2010年に成立したObama Careによって改善しましたが、2020年6月にコロナ禍の中でトランプ政権の共和党によって無効化を求める訴訟が行われましたが、1年後に訴えが退けられました。米国は医療の先進国なのにここの医療制度は病んでいます!

追伸:日本では原則として対面販売のみだったロキソニンSやガスター10などの第1類医薬品は、「ネット販売で対面販売よりも副作用リスクが高いというデータは存在しない」とする楽天の三木谷浩史社長らの訴えが実り、2014年6月の改正薬事法施行でネット販売できるようになりました。薬剤師による確認を行ってから薬品が発送されるとなっていましたが、「薬剤師からのメール返信確認後の発送!」となっていますが、ロキソニンSプレミアム24錠×10個でも非常に簡単に購入可能です(図4)。日本も米国のように病んだ国にならなければいいのですが・・・・。

20211007_4.png

 

引用文献
1) 2013年7月5日共同通信
2) 2017年12月21日/Health Day News
3) CDC: 2017: 66: 1197-1202

 


NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
17日目 米国で見た「Tylenol is not an NSAIDs」 というテレビCM と消化管出血による死亡者

 Native Speakerの人たちに医学用語や病名はあまり通じません。例えば腹膜透析peritoneal dialysisや腎不全renal failureといった言葉すらわからない一般人が多いのです。でも2005~2006年の米国留学中にタイレノールのテレビCMで「Tylenol is not an NSAIDs」というメッセージをよく見ました(写真)。要するにタイレノールはNSAIDsじゃないので安全ですよということを言いたかったらしいのですが、でも、なんで「テレビを見ている一般民にNSAIDsが通じるの?」という疑問を持ちました。日本でも一般の方はNSAIDsって言ってもわかってくれない人がほとんどなのに…。

20211004_1.png

 古い論文で恐縮ですが1998年のLazarouら1)の報告による1994年の米国における年間死亡者数は①心臓病74.3万人、②悪性腫瘍53万人、③脳血管疾患15万人の次の4位が10.6万人で総死亡者数221.6万人中6.7%にあたるのが何と「副作用死」だというのですが(図1)、その前後の報告で米国ではNSAIDsによる上部消化管出血などの副作用で、年に103,000人が入院し、変形性膝関節症に限っても1年に16,000人以上が死亡しています2)

20211004_2.png

またリウマチに関しては少なくとも2,000人以上がNSAIDs服用に関連して死亡しているという報告があり3)、NSAIDsだけでも1年間に20,000人近くが死亡していたことから、Lazorouらの報告の信憑性は決して低くないと感じられます。

 米国では人口の1/3の約1億人が慢性疼痛を抱えていると推定されており、2,500万人はQOLの低下する中等度~重度の疼痛を有するといわれています4)。米国でNSAIDsによる死亡者が多かった理由は容易に予測できます。おそらく肥満者が多いため膝関節痛や腰痛の発症率が日本よりも高く、米国は先進国で唯一、皆保険制度ではないため貧困者は適切な医療が受けられず、OTC薬のNSAIDsに頼るのです5)。日本では10錠で500~1000円するNSAIDsが米国では100錠で1000円足らずで買えます。しかもOTC薬でありながら日本の医療用医薬品の倍量が含まれている錠剤が、バリューサイズの1000錠入りイブプロフェン、ナプロキセン、アスピリンが飴玉やミントよりも安い超安値で売られています(図2)。アスピリンで効かなければイブプロフェンを、そしてそれでも効かなければナプロキセンを併用してしまう。

20211004_3.pngあるいはNSAIDsと鎮痛薬の合剤を知らず知らずのうちに服用してしまい、これによる消化管出血による死亡が増えていたのであろうということは想像に難くありません。2001年には、アメリカでは300億錠のNSAIDsが薬局で販売されましたが、処方されたNSAIDsは7000万錠のみ、つまり処方薬は全体の0.23%に過ぎないのです。

 上記の様々な理由からFDAでは「アセトアミノフェン肝障害とNSAID関連胃腸障害・腎毒性について」という文書で「OTC薬、処方薬の複数のNSAIDsにより消化管出血や腎障害を起こすことはよく知られているため、薬剤師はすべてのNSAIDsを含む製剤の容器正面または外箱にNSAIDsを含むと明示すること、成分にNSAIDsを含むことを明示し、1回推奨用量、1日推奨用量を超えて服用しない、他のNSAIDsとの併用を避けることや腎障害を起こしうること」を患者に指導するよう2004年1月22日に各州の薬剤師会に勧告していました6)。これによって米国では一般市民でもNSAIDsという言葉を理解するようになって、NSAIDsによる死亡者は減少したのだと思われます。

 DMM英会話でフィリピンの先生はNSAIDsという言葉は理解できませんでしたが、以外にもIbuprofen、NaproxenというNSAIDsの成分名やアセトアミノフェンの別名のparacetamolもふつうによく知っていたのは驚きでした。

 

引用文献
1) Lazarou J, et al: JAMA 279: 1200-1205, 1998
2)Singh G: System.Am J Ther 7: 115-121, 2000
3)Fries JF, et al: Gasteroentenology 96: 647-655, 1989
4)NATIONAL INSTITUTES OF HEALTH Pathways to Prevention Workshop: September 29-30, 2014
5)Sakamoto C, et al: Br J Clin Pharmacol 62:765-772, 2006
6)www.fda.gov/downloads/Drugs/…/UCM171903.pdf


略歴が古くなってきましたので、2021年10月現在の新しいものに変更します。
◆「略歴」コチラから

それとともに堅苦しくない「ゆるめの略歴」を作成しました。自己紹介のようなものです。
お時間があればご覧ください。
◆ゆるめの略歴「平田のこれまで」コチラから


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

月別アーカイブ