長寿遺伝子のトップ研究者のワシントン大学の今井眞一郎教授が母校の慶応大学で講演した時のこと。学生の「オリジナリティのある研究テーマやビジョンをどうやって探せばいいのですか」という質問に対し、「1日1報、原著論文(アブストラクトではだめ)を全文読んでください。まずは1か月続けてください。1か月するとその分野で何が起こっているかが分かってくる。2か月続けるとばらばらだった知識が結合してくる(知識をブラッシュアップできる)。それを続けて3か月、つまり90報読むと、ほぼ何がこの分野で分かっていて、ここが分かっていないこと、これから何をやるべきかが分かってくる。」と答えていらっしゃり、大いに納得した。40024209_s.jpg
 大阪薬科大学の4年間は、高校までまったく自信がなく、女子と話すなんてできないくらいシャイだった僕が、いろんな先輩や友人のおかげで、人間的に成長できた素晴らしい4年間だったと思っている。でも悪い先輩たちから薬理と薬品製造と衛生以外は出席しなくてもいいというのを信じ込み、授業には全くついてゆけず、ほぼ最低の成績だった。卒業して研究志向は高いが、当時30床くらいしかなかった小さな透析をやっている個人病院の白鷺病院に入職し、1年後に「尿毒素としての中分子量物質」のテーマに興味を持った。透析で小分子は抜けるが中分子量物質は抜けが悪い。だから中分子量物質が蓄積して尿毒症を悪化させるというものだった。
 学生時代はダメ学生だったので、目指した薬理学教室には成績が悪くて入れえず、仕方なく僕がお世話になっていた若い先生のもとで合成をやっていた。ただし申し訳ないことに合成には全く興味なく、合成反応後のクロマトによる結晶の精製に手間取り、先生方や同僚に迷惑ばかりかけていた。卒業発表でも質問に立ち往生しボロボロになりかっこ悪かった。でもこの時にやっていたクロマトグラフィーの技術が役に立ったのだ。透析患者の尿毒症体液成分を用いてSephadex G15を用いたゲルクロマトグラフィーを用いて分析するのだが、卒業して初めてクロマトの原理について1から学んだ。そして分析に取り組み、初の学会発表の機会を得た。分子量物質仮説についてはスウェーデンのBёrgstrom、フランスのManらがそれらの学説をけん引していた。関連する文献は英語論文ばかりで20くらいしかなかったが、医師から鋭い質問が来るかもしれないので、卒業発表のトラウマがあったためとても怖くなった。
 この20の文献をメーカーに頼んで取り寄せ、それを毎日1つずつ読もうとした。その当時、一番多くの専門語の載っていたリーダーズ英和辞典を1万円も出して買って、論文に書かれているほとんどの単語の意味が分からないから、論文が鉛筆で書いた日本語訳だらけになった。20200623_1.png夜12時になっても訳せなかったが、次の日の仕事があるので、2時か3時までには病院の寮に帰るしかなかった。でもこれは全く苦痛ではなかった。1~2本読んだ時点で僕は白鷺病院で一番、中分子量物質について知っているという喜びを感じることができたから。誰も知らないことを知るって、楽しいじゃない?5本読めば大阪で一番の物知りに、20本読めば知識の上では日本のトップに立てるのだ。誰とディベートしても、たとえ東大の教授に突っ込まれた質問をしても勝てるんだという自信が持てる、だめ薬剤師としては初めてのワクワクドキドキする体験だった。1本の論文を全訳するのに深夜まで病院に残って2~3日かかっていたのが、そのうち1日1本訳せるようになり、辞書を引く回数が減った。20本を訳し終えた時には、1日2本読めるようになり、ほとんど辞書が要らなくなった。これは自分にとって大きな驚きだった。そして学会発表の時にも自信を持てたので、何が来ても、どんなえらい医師が質問しても怖くなかった。学生時代の卒業研究発表会とは違って、ワクワクしながら学会発表できたことを覚えている。


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)