【5位】LIFESPAN(ライフスパン): 老いなき世界
David A Sinclair著¥2,640
腎機能は良くはならず加齢とともに低下していくのと同じように、老化は避けて通れないものと、誰もが考えているでしょうが、非常に著名な医学者のDavid A Sinclair教授が2019年に著し翌年、邦訳された「ライフスパン 老いなき世界 人類は老いない身体を手に入れる(原題:Lifespan: Why We Age – and Why We Don’t Have To)」が話題になっています。内容は今はやりの「健康本」や「ダイエット本」ではありません。ちゃんと査読の厳しいNature, Cell, Scienceなどの医学のトップジャーナルに掲載された根拠のあるものです。500ページ近くあって、とてもわかりやすく書いているものの、科学に疎い人には内容的には難しいのですが、非常に興味深く、インパクトの強い内容、すなわち老化を防ぎ健康寿命を増やす(だけでなく最高寿命も増やせる)方法について記されています。ワシントン大学の今井教授のNMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)というニコチン酸誘導体に関する仕事や、平田の薬剤師としての持論も交えて解説してみたいと思います。
かつては、そして今も老衰や高齢による衰弱は主な死因であり、加齢に伴い疾病数は増え、高血圧、糖尿病罹患率も上昇します。現在の医療のようなもぐらたたきのように、個々の病気を治療するだけでは健康寿命は伸ばせません。老化は一つの病気であり、治療できるというのが本書の内容です。なぜ老いるのか?我々の体にはDNAの損傷が見られるとき、つまり厳しい環境下では細胞の増殖を遅らせることで、損傷が治るまで自身の修復にエネルギーを振り向ける仕組みが備わっています。これまでの生命科学ではDNAの損傷、恒常性の消失、ミトコンドリアの機能の低下などの様々な要因によって老化が起こると考えられてきました。それは間違いではないのですが、「そもそもどうして老化現象が表れるのか」については解明できていなかったのです。著者は、これら諸要因に共通する「唯一の原因」を探し出しました。それは「エピゲノム情報の喪失」です。つまり老化とは情報の喪失によるものだったのです。エピゲノムという可逆的なアナログ情報に生じたエラーを取り除くことができれば、若いころのDNAを復活させることができるはずなのです。
老化を防ぐためには、①食べる量を減らすこと(飢餓状態を作る)や②運動療法:「高強度インターバルトレーニング(HIIT: High-intensity interval training限界に近い高強度の短距離走30-40秒の全力疾走と20秒と徒歩の繰り返しなど)」がとくにいいし、③薬物療法・サプリメントについてはNMN, メトホルミン、レスベラトロールの服用などが有効ですし、今話題のSGLT2阻害薬も産生されたケトン体のβヒドロキシ酪酸を介してSirt1やAMPKが活性化され、抗酸化、心筋症の発症抑制作用だけではなく、寿命を延ばす効果も期待できる可能性があります。
そうこうしているうちに老化細胞除去ワクチンを順天堂大学大学院医学研究科循環器内科学の南野徹教授らの研究グループが開発し、Nature Aging誌の2021年12月10日付で掲載されたというニュースが入ってきました。このワクチンは免疫系を刺激して、老化細胞(分裂をやめるが、死なない、いわゆるゾンビのような細胞)に対する抗体を作り、老化細胞を白血球に貪食させることによって除去します。これによって感染症や様々な疾病(肥満に伴う糖代謝異常や動脈硬化、加齢に伴うフレイル)から我々の体を守るだけでなく、早老症マウスの寿命が延長することが確認されました(図)。健康寿命が延長して、年をとってもずっと元気に仕事ができ、お迎えが来たら、ぽっくりと死にたいと思っているは僕だけでしょうか?