SGLT2阻害薬による心腎保護作用と急性腎障害抑制作用~ケトン体って何よ?~
9日目(最終回)
SGLT2阻害薬の腎保護作用・心保護作用のまとめ
この辺でSGLT2阻害薬の心保護・腎保護作用における多面的な作用についてまとめてみましょう。これまでに解説しきれていなかった初見のものも含まれます。
1.尿中に高濃度のブドウ糖を排泄する作用を介して
- ブドウ糖の排泄を促進し血糖値を下げる
- 全身の糖毒性を軽減する
- インスリン濃度が低下し、インスリン感受性を改善する
- 体重が減少する
- Na利尿作用+浸透圧利尿作用もがあり、血圧も下げ、心臓の前負荷・後負荷を軽減する
- 中性脂肪を低下させ、内臓脂肪を減少させる(②③④⑤は、メタボリック症候群による腎機能悪化の改善による心腎効果と同様)
- 近位尿細管の糖新生を抑制
- 血清尿酸値を下げる
2.尿細管糸球体フィードバックの是正を介して
- 糸球体過剰濾過を軽減し糸球体やメサンギウムの負荷を軽減し、アルブミン尿を減少させる
- RAS阻害薬が輸出細動脈を無理やり拡張させ、NSAIDsが輸入細動脈を無理やり収縮させるのはと異なり、SGLT2阻害薬は濾過量の増加の程度に応じて輸入細動脈を収縮する方向に「調節」するために過度の虚血や腎機能低下にならない、つまりAKIを防いでくれる(あくまで平田の仮説です)。
3.グルカゴンの影響とブドウ糖からケトン体へのエネルギー基質の変換を介して
- 膵α細胞によるグルカゴン分泌が刺激され、肝臓でATP産生能の高いケトン体(β-ヒドロキシ酪酸など)が産生され、循環血中によって全身に運ばれ、acetyl-CoAブからTCAサイクルに入ることによってブドウ糖の代替エネルギーになる
- グルカゴンが心筋に対して陽性変力作用を示す
- 尿細管のATP産生低下を改善して近位尿細管のNaポンプの活性の上昇を低下させて、酸素消費量を軽減する
- 飢餓・絶食状態で活性化されるSirt1、AMPKを活性化して、ミトコンドリア(腎臓はATPを必要とする水、Na, Kを再吸収するトランスポータが豊富なため、ミトコンドリアが大量に存在し、心筋は拍動のためにATPを消費する)を保護して抗酸化、抗炎症作用を示し、オートファジーを増強して心・腎保護作用を示し、エネルギーの恒常性を調節する。そのためミトコンドリア保護薬はミトコンドリア病だけではなく糖尿病や虚血性心疾患、腎臓病などミトコンドリア障害が起こりやすい疾患に使われる可能性を秘めている。Sirt1は長寿遺伝子でもある。
- β-ヒドロキシ酪酸が酸化ストレスを軽減する
- 直接抗炎症(これもケトン体のβ-ヒドロキシ酪酸の作用という説、炎症性サイトカインによる線維化を抑制するという説もあり)および抗線維化作用もある
4.貧血改善作用を介して
- 貧血を改善して腎虚血に対する腎保護作用(利尿作用による脱水だけではなくHIF刺激によるESA産生)
- 腎の低酸素状態を改善する
このようにSGLT2阻害薬の「腎保護薬」としての地位は確立したといえます。すでに多くの腎臓内科の先生がおっしゃっているように末期腎不全を除いたCKDというのは非常に幅広いので、GFR区分ではG3b以下の患者さんと蛋白尿の顕著なヒートマップで赤色またはオレンジ色の患者さんに推奨されると思います(図1)。ただしG3aであっても腎機能低下が速やか、AKI発症リスクが高い高齢患者さんは透析導入のリスクが高いので、よい適応になると思います。将来的には平田は糖尿病の有無にかかわらず、栄養状態の良い高齢者にはSGLT2阻害薬を第一選択薬として、できるだけ幅広く使うことによって、健康寿命を長く保つ可能性も秘めているのではないかと期待しています。
いいことだらけですが、副作用として重要なものには以下のものがあげられます。
1.大量のブドウ糖を尿中に排泄するため
①サルコペニアになりやすい(痩せている高齢者で顕著なので、栄養状態の良
い患者以外では投与しにくい)
②性器感染症、壊死性筋膜炎(フルニエ壊疽)、尿路感染症を起こしやすい
(特に活動度の低い高齢者で多い)
ケトン体が上昇するため(厳密な低糖質食を推奨しない)
③ケトアシドーシスになることがある
2.利尿作用があるため
④皮膚障害(皮膚乾燥による)
利尿作用があるため、特に利尿薬との併用により起こりやすく、皮膚症状は
SGLT2阻害薬投与 後1日目からおよそ2週間以内に発症している。
⑤脱水による血栓症
3.糸球体過剰濾過を軽減するため
⑥一過性の腎機能低下がある
そしてSGLT2阻害薬の副作用発症率については1日目の図3を見てほしい。ケトアシドーシスは前述のように0.22%と非常にまれだが、性器感染は3.8%、脱水は4.5%と発症率が高い。これらの情報を服薬指導に生かすには以下のように薬剤師としてやるべきことがある1)
- 水分をこまめに摂るよう指導する。脱水防止について患者への説明も含めて十分に対策を講じること。利尿薬の併用はできれば避けたいが、併用する場合には特に脱水に注意する。
- 性器感染症は特に活動度の低い高齢患者で陰部カンジダ症、壊死性筋膜炎(フルニエ壊疽)などがみられており、ウォシュレットを用いる、尿量を気にして飲水を制限しすぎず、適切な飲水によって自浄作用を促すなど陰部を清潔に保っていただく。発見時には、泌尿器科、婦人科にコンサルテーションすることも重要である。
- シックデイ(発熱・下痢・嘔吐などがあるときないしは食思不振で食事が十分摂れないような場合)には必ず休薬するよう服薬指導する。
- ケトアシドーシスの症状(全身倦怠感、悪心・嘔吐、腹痛、口渇・多尿、意識障害などの症状)を教え、ケトアシドーシスが疑われる場合は、血糖値が高くなくても休薬してすみやかに専門医を受診するよう指導する。これを防ぐためにはインスリンレベルの低下した糖尿病患者にはSGLT2阻害薬服用中は厳格な糖質制限・カロリー制限を避けるように指導することはとても重要だ。
引用文献
1)日本糖尿病学会: SGLT2阻害薬の適正使用のRecommendations 2020年12月25日.
最後に現在、想定されているSGLT2阻害薬の腎機能低下抑制作用・急性腎障害抑制作用のメカニズ(図2)についてまとめてみよう。
- 血糖降下による糖毒性・インスリン濃度の低下、あるいはナトリウム利尿・浸透圧利尿作用による血行動態改善は短期的な心・腎保護作用は確かに考えられるが、これだけでは長期的な作用は説明不可能。
- SGLT2阻害薬は尿細管糸球体フィードバックの破綻によって起こる糸球体内圧の上昇による糸球体過剰濾過を抑制(糸球体高血圧の是正)してアルブミン尿を減少させ、糸球体への過剰な負担を軽減して、尿細管を守る。これによって腎の酸素消費量を低下させることもできる。
- 肝でのケトン体産生増加によるATP産生増加がエネルギーとして腎で効率的に使えることによって腎低酸素症が軽減する。
- β-ヒドロキシ酪酸が酸化ストレスを軽減する。
- β-ヒドロキシ酪酸が直接抗炎症および抗線維化作用を示す。
- β-ヒドロキシ酪酸による遺伝子発現、異常細胞事象、シグナル伝達経路の活性化、機能的および構造的変化について試験が進行中らしい。
- 貧血改善作用によって腎低酸素症が軽減する。
- SGLT2阻害薬によって高濃度になったブドウ糖が集合管のブドウ糖・尿酸トランスポータGLUT9を阻害して尿酸再吸収を抑制することによる血清尿酸値低下。
- 非糖尿病虚血再灌流モデルマウスでは,SGLT2 阻害により尿細管への糖取り込みを抑制することにより,尿細管からの血管内皮増殖因子VEGF 産生増加依存的に傍尿細管毛細血管網を改善し,尿細管周囲毛細血管うっ血を抑制することが報告されている。
阻害薬の心保護作用のメカニズム(図3)
日本でも、DAPA-HF試験によってダパグリフロジンは左室駆出率(LVEF)が低下した心不全(HFrEF、ヘフレフ)の治療薬として、2型糖尿病合併の有無にかかわらず承認されています。しかし高齢者に多いHFpEF(ヘフペフ: heart failure with preserved ejection function:左心駆出率の保たれた心不全)は左心室が硬化して拡張できず、心臓へ血液が戻る力が弱くなるため、うっ血が起こり、むくみなどの症状が起こりやすいのですが、これまでは臨床的に有効と証明された治療法がなく、心血管領域で最大のアンメットニーズとされていました。左室駆出率(LVEF)が40%超の成人心不全患者を主に対象にしたEMPEROR-Preserved試験のサブ解析結果によって2021年11月11日付でエンパグリフロジンが左室駆出率(LVEF)に関わらない成人心不全患者の心血管死および心不全による入院のリスク減少に関する適応追加が米国FDAに受理され、優先審査対象になったことが明らかになっています。またSGLT2だけでなく、腸管でのブドウ糖吸収の主経路であるSGLT1をも阻害するSGLT1/2阻害薬であるsotagliflozinでもランダム化比較試験によってHFpEF患者で、心血管死、心不全による入院、心不全による緊急受診の相対リスクを37%と顕著に低下させたことが2021年の米国糖尿病学会ADAで報告されています。では現在、想定されているSGLT2阻害薬の心保護作用のメカニズムについても図3にまとめてみましたが、平田は循環器が専門ではないため、的外れなまとめになっているかもしれません。