前回の抗菌薬シリーズ第4回で、腎毒性のあるゲンタマイシンはPK/PD理論*から考えると1回少量投与で1日数回投与よりも1日1回大量投与の方が、腎毒性が少なく殺菌力も高い安全で有効性が高くなる投与法であると解説した。しかし若い薬剤師や医師の方は当たり前に理解しているPK/PD理論であっても、なぜ「1回少量を1日数回投与」の方が「1日1回大量投与」よりも安全性が低いのかについては理解に苦しむ方がいるのではないだろうか。ここで、抗菌薬のPK/PD理論について改めて説明したい。これらの理論は米国ウィスコンシン大学のWillian A Craig先生の研究成果1)によるもので、2008年の日本TDM学会の特別講演でCraig先生が講演していただける予定であったが、脳梗塞のため来日が急遽中止になったのが非常に残念であったことを思い出す。
 またアミノグリコシド系抗菌薬投与時には不可逆的な聴覚障害*が起こることがあり、どんな医療機関でも初回問診時に「ご家族や親せきの方で薬によって耳が聞こえなくなった方はいらっしゃいますか?」というアンケートを取るのはアミノグリコシド系抗菌薬の副作用の聴覚障害になりやすいかどうかを知るためのものである。おそらく血中濃度の測定ではこの聴覚障害を防ぐことはできないであろう。日本人では350人に1人といわれるアミノグリコシド系抗菌薬難聴家系の方が難聴になりやすい遺伝子を持っており、遺伝子多型をもった方に起こりやすいことについても解説したい。

PK/PD理論*: 薬物の効果は投与量と相関し、多くの薬物は血中濃度のAUC(血中濃度-時間曲線下面積area under the blood concentration time curve)と相関するが、抗菌薬に関しては特殊なPK/PD理論が確立しており、アミノグリコシド系抗菌薬はピーク濃度/MIC(最小発育阻止濃度)が殺菌力の決め手となる(図120200831_01.pngので、1回少量を1日数回投与よりも1日1回大量投与の方が、殺菌力が強く、トラフ値が低くなるので(前回の図3及び図4を参照)、腎毒性が軽減し、安全性も高くなる。
 ピーク濃度/MIC ではなくCmax/MICと解説している総説も多いが、筆者はCmaxとCpeakは異なると考えている。アミノグリコシド系抗菌薬やバンコマイシンの点滴終了時がCmaxであり、文字通り血中濃度が最大であるが、これは組織に分布する前の血中濃度が非常に高い時であり、全く利用できないPK/PDパラメータである。ここで採血して薬物濃度を測定すると多くのTDM対象薬で致死濃度になるであろう。ピーク濃度の採血はアミノグリコシド系では点滴開始 1 時間後(30 分点滴した場合,終了 30 分後)2)、バンコマイシンでは点滴終了後1~2時間後とされているが、これらはTDMを簡便に実施するための便宜上のものである。分布相(α相)ではなく消失相(β相:薬物によってはγ相になることもある)における任意のできるだけ時間を置いた2点を結ぶ直線を延長して点滴終了時と交差する濃度がピーク濃度であると考えるのが正しい(図2)。20200831_02.pngまたバンコマイシンの分布速度は遅いため、点滴終了後1時間値と2時間値には明らかな差がある。バンコマイシンのピーク濃度の採血は推奨されていないが、もしも測定するならば分布容積を算出するためのβ相での採血は2時間以降にすべきであると筆者は考える。このため1時間採血を行っている施設のバンコマイシンの分布容積(Vd)は0.5~0.6L/kgとなっていることがあるが、β相の採血によるバンコマイシンのVdは0.9~1.0L/kgであり、後者の方が正しい値であり、前者のVdでは正確な投与設計はできないはずである。
 ペニシリン系やセフェム系などのβラクタム系抗菌薬はAUCやピーク濃度と殺菌力は全く相関せず(図33)20200831_03.pngtime above MIC、つまりMIC以上の時間が長ければ長いほど、殺菌力が増す(図44)20200831_04.pngしたがって半減期が30分と非常に短いペニシリンGを有効に使うには1回量を増やすよりも、少量を1日6回点滴する方が効果は高いということになる。また小児は成人よりもクリアランスが高いので半減期も短くなるため、βラクタム系抗菌薬を本気で効かせたいときには、投与量を増やすのではなく投与回数を増やした方が抗菌薬の殺菌力が強力になる。小児に何度も点滴するのはかわいそうではあるが、βラクタム系抗菌薬に関しては1日数回の点滴(点滴時間も長い方が効果的になる)をすべきである(図5)。20200831_05.png
 キノロン系などその他の抗菌薬は一般的な薬物と同様にAUCと相関するが、レボフロキサシン(クラビット?)などで1日1回投与が推奨されるのは単に服薬アドヒアランスを高めるためではなく、耐性菌の出現を防ぐためである。自然界に一定の割合で生ずるMICの高くなった変異株(mutant)を殺菌するには、単にMIC以上の濃度にするだけではなく、変異株も殺菌する濃度(MPC: mutant prevention concentration)まで上げるべきだという考えから1日1回大量投与することが推奨されている(図6)。20200831_06.png2005年くらいまでは日本の添付文書ではレボフロキサシンは1回100mgを1日3回の投与であったが、米国では以前から1日1回500mg投与になっており、日本の添付文書は遅れているなと嘆いたものであった。
 これらのPK/PD理論をまとめると図7および表 1,5)のようになる。20200831_07.png腎毒性を防ぐためにトラフ値を下げた方がよい抗菌薬にはアミノグリコシド系抗菌薬とバンコマイシンなどのグリコペプチド系抗菌薬がある。表には抗真菌薬についての知見も加えてまとめてみた。20200831_1.png

不可逆的な聴覚障害*:聴覚障害はミトコンドリアDNA1555番目のアデニン(A)がグアニン(G)に変わることによる遺伝子多型が原因と言われており、AがGに変換した人では内耳の蝸牛の有毛細胞のミトコンドリアにアミノグリコシド系抗菌薬が結合するとタンパク合成が阻害され、有毛細胞が壊死することによってアミノグリコシドによる難聴が起こるとされている(図8)6)20200831_08.pngもともとアミノグリコシド系抗菌薬は細菌のC-Gのペアに高い親和性を持つことによってタンパク質合成阻害作用による殺菌作用を示すとされている。アミノグリコシド系による難聴家系では5人中5人でAがGに変換されており、突発性アミノグリコシド難聴は78人中4人(5%)でAがGに変換されているといわれている7)。日本人では350人に1人の割合でこの遺伝子変異を生じる。


≪ 練習問題 ≫

症例は腎機能が正常な肺炎症例で、血液培養から緑膿菌Pseudomonas aeruginosaが検出され、メロペネム(メロペンR)1回0.5gを30分点滴で1日2回投与された。緑膿菌のMICは4μg/mLであった。効果不良のため、主治医は1回1.0gを1日2回、30分点液に増量することを考慮している。メロペネムは添付文書上では「通常、成人には1日0.5~1g(力価)を2~3回に分割し、30分以上かけて点滴静注し、発熱性好中球減少症患者では1日3gを3回に分割して投与すること」になっている。ただしメロペネムの半減期は60分と短い。あなたは薬剤師として主治医にどのような提言をしますか?


≪ 解 答 ≫

βラクタム系抗菌薬のメロペネムの殺菌作用はtime above MIC(%T>MIC)、つまりMIC以上の濃度が持続する時間/投与間隔の割合が大きいほど強力になる。0.5gを30min点滴×2回/日でMIC以上の時間は3.26時間で投与間隔が12時間であるため%T>MICは27%と計算される。1回量を2倍にしてもMIC以上の時間は4.26時間、%T>MICは35%に上昇するに過ぎない。つまり投与量を2倍に増量しても%T>MICはほとんど増加しない(図9)。20200831_09.png1回0.5gを30min点滴×4回/日の点滴にすれば%T>MICは55%になる(図10の赤色)。20200831_10.pngさらに点滴時間を60分にすると%T>MICがさらに増大し、殺菌力の向上が期待できる。添付文書の最大用量である1日3.0gを24時間持続点滴すれば%T>MICを100%することも可能であるが、メロペネムは室温に不安定なため3時間以上の点滴は困難といわれている。ちなみに本症例は腎機能正常者であるが、透析患者では腎排泄性のメロペネムの半減期は9.7~13.7時間と言われており8)9)、10時間として計算すると1回0.5gの点滴を1日1回で十分、%T>MICを100%にできるが、透析日には透析後に投与しないと蛋白結合率の低いメロペネムは透析で抜けてしまう(図11)。20200831_11.png透析患者へのβラクタム系抗菌薬の 投与設計は非常に楽で、点滴回数を減らすために半減期の長いセフトリアキソンを選択しなくても効果が担保されやすい。ということでまとめると「時間依存的な殺菌効果を示すβラクタム系抗菌薬を効果的に使うには点滴回数を増やすか点滴時間を延長する!」。


 

引用文献
1) Craig W: Clin Infect Dis 26:1-12 1998
2) 公益社団法人日本化学療法学会/一般社団法人日本TDM学会編: 抗菌薬 TDM ガイドライン 2016
3)Forrest, et al: Diagn Microbiol Infect Dis 22: 89-96, 1995
4)Craig WA: Diagn Microbiol Infect Dis 22: 89-96, 1995
5)Andes D: Antimicrob Agents Chemother 47: 1179-1186, 2003
6) Hamasaki K, Rando RR: Biochemistry 36: 768-779, 1997
7)Fischel-Ghodsian N, et al.: Am J Otolaryngol. 18: 173-178, 1997
8)Leroy A: Eur J Clin Pharmacol 42: 535-538, 1992
9)Thalhammer F: Clin Pharmacokinet 39: 271-279, 2000


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

月別アーカイブ