NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
10日目 イナーシャになっていませんか?

 数年前から、薬剤師の間で、ナラティブ・ベイスト・メディスン(Narrative-based Medicine:物語に基づいた医療)、つまり患者さんとの対話を通じて、病気になった理由や経緯、病気について今、どのように考えているかなどの患者さん個人個人が持つご自身の「物語」から,医療者が病気の背景や人間関係を理解して、患者さんの抱えている問題に対して全人的(身体的、精神・心理的、社会的)にアプローチしていこうとする臨床手法が浸透しつつあります。ナラティブ・ベイスト・メディスンは患者との対話と信頼関係を重視し、サイエンスとしての医学と人間同士の触れあいのギャップを埋めることが期待されています。
 なかなか治療目標を達成できていなくても、決して患者さんを責めることなく、やさしく接して心を開くことはとても大切で、医療人は「優しい人」以外の方がなってはいけない職業だと個人的に思っています。でもそれと「甘さ」「妥協」とは違うと思うのです。「収縮期血圧が180mmHgだったのが今回、160になったからよかったですね。頑張りましたね」とか「HbA1c、いつも10%以上だったのが9%代になってよかったですね。」というのは本当に良かったのでしょうか?コントロールが悪かったために重篤な合併症が起こった、あるいは死に至ったとしたら取り返しがつかないことになのに・・・・。
 臨床イナーシャ clinical inertiaって知っていますか?この用語は高血圧治療ガイドライン2019で僕は初めて目にしました()。

Clinical inertia(臨床イナーシャ) 高血圧ガイドライン2019
 Phillipsらは2001年に、高血圧、糖尿病、脂質異常症など自覚症状のない疾患で治療が十分に行われていない大きな原因はClinical inertiaであると報告している1696)。臨床イナーシャには医療提供側、患者側、医療制度の問題など多岐の因子が関与する。ガイドラインを遵守することの重要性を啓発することと、今後取り組むべき課題であることを強調することを目的として、新しい用語として本ガイドラインで強調しておく。(詳細は本文参照)

 そして山口県での糖尿病の講演会の時に一緒に講演してくださった糖尿病学会理事の先生が糖尿病でもイナーシャが問題だとおっしゃっていました。そして2021年6月のベルリンでのERA-EDTAというヨーロッパの腎臓・透析・移植学会でも糖尿病の世界で医療者のイナーシャが問題になっていることを報告していました。Clinical Inertia(臨床的な惰性)とは、治療目標が達成されていないにもかかわらず、治療が適切に強化されていないこと。患者さんの問題を認識していながら、それを解決する行動を起こすことができずに医療人の惰性によって患者の症状が悪化するのが問題だということです。血圧・血糖・脂質が高くても、「これまでより頑張っているから」ではなく医療者は達成すべき目標のために行動を起こす必要があるのです。これこそ患者さんのことを思ってのことなのです。
 皆さんは降圧薬が処方されたときに「血圧を下げる薬です」+ひとこと言ってますでしょうか?
 さらに「血圧を下げる薬です」+あなたの目標血圧は・・・・と言ってますでしょうか?
 「血圧を下げる薬です」+「最近の血圧はどれくらい?」を患者さんに聞いてますでしょうか?
 皆さんはDM患者さんに「最近のHbA1cはどれくらい?」を聞いてますでしょうか?
 蛋白尿のないCKDの患者さんに対して目標血圧は「診察室血圧で上が140未満、下は90未満で大丈夫です。家庭血圧では上が135未満、下は85未満が目標です。血圧が下がりすぎたら受診してくださいね?」と指導していますでしょうか?
 蛋白尿のない糖尿病の目標血圧はCKDと違って130/80未満だということをDM患者さんに指導していますでしょうか?
 蛋白尿のあるCKDや糖尿病の第1選択薬は蛋白尿を抑えてくれるRAS阻害薬が最適です。だけど利尿薬や活性型ビタミンDが併用されていたら、「特に夏は汗をかくので多めの水を飲んでくださいね、もしも体調不良で体重が急激に減ったり、血圧が下がりすぎたり、しんどい時にはこれらの薬はいったん飲むのをやめて受診してくださいね。これらのことは処方医の先生と話し合ったうえで了解を得ていますので」、という服薬指導をしていますでしょうか?
 Triple whammy処方によって腎障害のリスクの高い患者さんにはNSAIDsをアセトアミノフェンに変更、NSAIDsを頓服に変更、NSAIDsを処方するなら利尿薬をやめる、他剤に変更するなどの疑義照会を行い、NSAIDsを処方せざるを得ないのなら、「痛くないときには飲まない方がいいです」と指導していますでしょうか。
 わが国の高血圧患者は4,300万人で降圧目標を達成できているのは1,200万人のみです。これによって脳卒中・心筋梗塞・心不全・腎不全は高い頻度で発症しています。高血圧や糖尿病を甘く見てはいけません!わが国で明らかな糖尿病患者は1,000万人、23.4%が未治療、予備軍の4割が未治療と言われています。糖尿病や脂質異常症の分野でもイナーシャが問題視されています。薬剤師に優しさは不可欠です。でも優しい薬剤師と思われたいためにイナーシャになってはいけないと思うのです。

 


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

月別アーカイブ