今日は事務員のネイサンの案内で授業前に白衣を買いにいく。久しぶりの快晴、「これぞ、オレゴンだよ。アスファルトの道なんかやめて土の道を歩こう」と言うネイサンと一緒に白衣を買ってからMackenzy Hallで午前中は学部長のDr. Kradjan(Applied Therapeuticsの編集者の1人)の心不全の講義その2とSandra Earles先生の薬物動態の講義。学部長は心不全治療の概論を述べ、Dr. Sinが実践の臨床的なことについて補則するという形式で、これはほぼ医学部で習うようなエビデンスに基づいた講義内容で、相変わらず学生の鋭い質問があった。これが3回生ではじめて臨床について習っていると学生から聞いて、日本の学生の甘さが感じられた。1004.pngだってかなり予習していないとあんな鋭い質問はできっこない。薬物の成分名だけでなく多くの学生が「ラシックス」や「ノルバスク」などの商品名まで記憶している。講義はメトプロロールとカルベジロールを比較して長所・短所を説明するなど、内容はかなり濃い。1時間後に5分間の休憩があるが学部長とDr. Sinの周りには質問をする学生が列を作っている。これもなんという積極性、日本と大違い。
2時限目は実践的な薬物動態。薬物を連続投与し、3ポイントの血中濃度を測定し、その結果から、X時間後の濃度はどれくらいになるかを関数電卓を使うだけではなく、片対数グラフを使ってOHPのシートに書きながら説明する。もちろん学生も片対数グラフをもらって半減期、AUCの計算、平均定状状態濃度の計算をする。最後には数人ずつに1台コンピュータが配られ、どのようにしてグラフを書くか、濃度の計算をどのような式を用いて行うかを習得する。こんな講義は薬剤師会の講演でも必要だと思う。だって日本の薬剤師はTDMをやるにも解析ソフトがないとできないと思っているし、VdもFもCLもほとんど知らないんだから。
食欲がないというか食堂のハンバーグやピザのにおいをかいだだけでもむかつくので昼ごはんはなし。本当はご飯と漬物と味噌汁がほしい。
午後は昨日と同じAli Olyaeiのオフィスに行くが、方向音痴なので何度も道に迷った。でもみんな親切に案内してくれた。オレゴンの人はみんな優しい。
Aliにはレジデントの学生2人と一緒に最初に高リン血症治療薬、ACE-I, ARB、腎毒性について講義を受けた。主に学生2人に先に質問をしてくれたが、日本の大学院生とは比較にならないくらいレジデントの学生のレベルはかなり高い。彼らは常にPDAを持っていてその中に医薬品集formularyが入っていて、先生の質問にもすぐに答えられる。
講義の後は5時までAliと一緒に病棟に回る。クレアチニンが2.2mgの心内膜炎にゲンタシンとバンコマイシンが併用されていることが判明。TDMはドクターが指示を出しているが、ゲンタシンを200mg近く投与し、トラフ値が11.5mg/Lと異常高値であることが判明。このままでは腎機能は悪くなる一方のはず。直ちにドクターにゲンタマイシンの投与をやめて血中濃度測定を依頼する。TDMは医師が指示するが実際には薬剤師が主導権を握っている。バンコマイシンの目標トラフ値を聞くと「10~20μg/mL、で肺炎の時には20μg/mLに設定する」といわれ、AliはDr.Craigの最新の文献をチェックしていることがわかった。日本では添付文書が10μg/mL以下になっているから、こんなことを言う人は僕と森田先生(同志社女子大)しかいないと思う。
Aliはどんなに患者が重症でも積極的に服薬指導に連れて行ってくれた。この内容がすごい。まず処方を作成し、ドクターの了解を得ると薬の一覧表を作り、処方箋を薬局にFAXしできた薬を持って説明する。ここまでは僕たちと一緒(僕は最初から処方することはなかったが)。服薬指導では膵腎同時移植した患者に一覧表を渡し、薬の名前、いつのむか、何錠飲むか、食後に服用するべきか、副作用は、について説明し終えたら、リピートさせる。つまり「朝飲む薬の名前は?何錠のむんだっけ?食後か食間かいつに飲むんだっけ?」のように。これは南カリフォルニア大学のDr.Sigbandが提唱している「フィードバック」の手法をちゃんと守っている。患者のほうも免疫抑制剤やステロイド、そしてそれらの副作用を防止する薬だから必死になって答える。答えが完全になるまでフィードバックさせる。日本では患者の理解力がありそうならそこまではしないが、患者は見た目では判断できない。理解しているようで理解していないことが多いため、この手法は日本でも取り入れるべきだと思った。
1004_2.png米国ではPTPや散剤はほとんどなく錠剤を瓶に詰めて渡す。そのかわり一週間分の朝昼夕寝る前の28分割のケースはちゃんと渡してた。錠剤を半錠にするのも錠剤を砕いて粉にする器械(ピルクラッシャー)も簡単なプラスチック製のものがあってそれを患者に渡し、患者自身が粉にしたり、1/2錠にしたりで、案外不親切なようだが、考えようによっては患者に任せている、つまり独立心を大切にする国民性の表れなのかもしれない。
次に腎不全からCAPD導入後、腎移植を受けたが、タクロリムスの副作用で糖尿になってしまった1歳の女の子のところにいく。小児病棟では白衣を見るだけで赤ん坊は泣くので、白衣を脱いで部屋に入る。免疫抑制剤を投与されているので、厳重に手を洗うが、マスクやガウンは着ない。なぜなら個室なのに日本の6人部屋よりも広いから患児から遠く離れて父親に服薬指導をする。免疫抑制剤などの大切な薬なので、父親も一生懸命になって話を聞いてくれる。「ほかの薬剤師が食間に服用って服薬指導しても絶対に食後に服用しなきゃだめ」と説明しているのが気になったが、胃腸障害を起こさない配慮だと思う。
服薬指導の途中でAliの顔見知りの女性腎臓内科医と会う。僕を紹介してくれて「腎障害患者のNa制限は日本では6~7g/日なんだって?アメリカでは2~3gよ」と聞いてビックリ。日本人は1日2~3gの食事は不可能だ。アメリカ人との食生活の違いを感じたが「東北地方の人は1日30gの食塩を摂るんですよ」と説明すると今度は相手がビックリ。
ほかにもかなり重症の患者を見た。だってAliは腎専門薬剤師といっても移植病棟の専任薬剤師だから。彼の実力は本当にすごい。僕も完全に脱帽である。今日も寂しくホテルに帰る。早く日本に帰りたい。母ちゃんのおかずが食べたい。漬物と味噌汁だけでもいい。でも学ぶべきことは多い。辛抱、辛抱。

今日習ったこと:
ラシックスの最大投与量は注射で240mgを1日2回。
急性期には半減期の長いカプトリルがよい。
Ejection fractionの改善はカルベジロールのほうがメトプロロールよりもよい。しかし血圧はカルベジロールのほうが低下しやすい。
βブロッカー全体にいえることだが、メトプロロールは倦怠感、めまいを起こしやすい。
腎毒性について調べるにはClinical Nephrotoxins ?Renal injury for Drug and Chemicals, 2nd Edがよい。Kluwer Academic PublishersからMark E DeBroeらの編集で売っている成書。
ACE, ARBの使用はDM発症率を低下させる。
イトラコナゾールはin vitroでは効果が高いがin vivoでは弱い。
アメリカの透析患者は健常者に比べて35倍早く死ぬ。
リン吸着薬の使用は炭酸カルシウム、酢酸カルシウム、レナジェルの順。
シナカルセットの効果は高い。
アムホテリシンBの構造は水溶性サイドと脂溶性サイドがあり、そのため組織移行性が高い。
アムホテリシンBは尿細管障害により2~3週間の使用でGFRが低下する。ただし早期にクレアチニンやBUNが上昇する(80%)。
アムホテリシンBを3ヶ月使用すると85%の腎障害が回復しない。
アムホテリシンBを2g(約20日)以上の使用で45%の腎障害が回復しない。
Deptomycinは肺炎に有効だがcyclo lipopeptideという新しい種類で横紋筋融解症が起こることがある。
フェニトインには心毒性があるため投与初期から注意深い観察が必要。

プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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