ご心配をおかけいたしました。

  たくさんの人からお見舞いのメールやお電話をいただきましたが、おかげさまで臨床薬理学のメンバーも僕も元気です。実は僕は2つの大きな地震の時に長崎市と千葉の柏市におり、被災していないのです。1回目の地震の起こった4月14日(木)の21時半には長崎腎薬での講演会で懇親会の席にいました。今、当然、僕は熊本に帰ってきており、いまだに頻繁に続く余震の中で熊本地震の顛末を書いています。

    長崎にいたので揺れは感じたが、iPhoneを見ると震源地は熊本。すぐに妻の携帯に電話しても、我が家の固定電話に電話してもかからない。大学院生や6年生の携帯に電話してもかからない。そのうち6年生から「先生、研究室が大変なことになっています!」と聞いて、初めて事実を把握した。そのうち何人かに何回か電話をし、事情を詳しく聴き、実験室で器具が破損し、機械が倒れ、書棚からほとんどすべての本が落ちていることを確認した。家庭ではタンスと仏壇が倒れ、僕の部屋は書棚が倒れたためにドアが、全く開かない状態になっているとのこと。

  でも、この時間じゃ熊本に帰れないし15日(金)の夜には千葉県柏市で講演会があるため、予定通り、明日の昼前に、熊本に帰り、残った仕事をこなして熊本空港から羽田を経由して千葉に行く予定だった。まあ、明日、熊本に戻ればと思って、長崎のホテルでテレビを見ていると九州新幹線が脱線したとのこと。

  「やばい・・・・。明日は熊本には戻れない。」、明日の朝一番でJALに電話して確認しよう。そして「長崎から羽田に飛ぼう。」と決心した。そして学生たちに1人1人、安否確認の携帯メールをするが、ラインなどの楽にみんなに送れる手段を知らないため、3時ころまでかかった。

   翌日は長崎空港から羽田経由で千葉に入って講演を終え、ホテルに帰ると睡眠不足もあり、すぐに寝付いたが、2時ころ目が覚めたので、テレビをつけると相変らず熊本地震のニュース。でも何かおかしい。映像が昨日と全然違う。ようやく神戸淡路の震災と同レベルの強烈な「本震」が起こったことを理解できた。iPhoneを見ると妻からの着信があったので電話すると「今から隣のご夫婦と一緒に避難する。昨日の地震どころじゃない。ずっと揺れがやまないので、マンションは危ない」とのことで妻は車の中で眠れぬ1夜を過ごしたようだ。学生からも「これから我が家全員で非難します」という留守電が入っていた。そのまま、まったく眠れず、朝5時になると熊本空港は終日閉鎖。九州新幹線は全面運休とわかった。

 1.png 何とか福岡空港に飛び、そこから遠路、タクシーで熊本の我が家に帰ると、ぐったりとした妻の顔。しばらく話を聞いて、自分の部屋に入ろうとするがドアが開かないので中に入れない。今夜から大雨が降るというのに、地震で自然に窓が開いてしまったようだ。なんとかドアをこじ開けて荷物を小出しにすると、何とか中に入れた。しかしまさに足の踏み場もないほどの惨状だったが、片付けることは後回しにしてでも、窓を閉めて、学生たちのいる大学に向かった。

 学生から電話で聞いていた通り、体育館には一般の被災者でいっぱいで、そのため駐車場も被災者の車で埋まっており、ほとんど空きがなかった。研究室に行くと疲れ果てた男子学生が3人いた。

   2.pngせっかく地震が終わったと思って、みんなで研究室を片付けて「お疲れさん。よくやってくれた。」と言って帰した昨夜の1時25分の強烈な本震に遭遇して、みんな自分の住居のことだけで手一杯、心が折れてしまっていた。研究室の食事部屋は図書が散乱したままであった。直しても直しても散乱するので片付けても仕方ない状況なのだ。大学のホールには1人暮らしの学生たちがみんな疲れ果てて寝泊まりし、体育館は一般の避難してきた人でいっぱいだった。

  1人暮らしの学生たちは身の危険を感じるのと、アパートのライフラインが欠如しているため、何とか熊本を脱出しようとしているが、広い熊本市内全域で公共交通が全く機能していない。近県の学生は親が迎えに来てくれて、同郷の学生も便乗させてくれる。臨床薬理学分野でも帰りたくても帰れない学生がいたので、翌日朝6時に彼と彼の同級生3人を乗せて博多駅に向かった。そのあと、福岡で車にガソリンを入れた。熊本ではガソリン不足になっているのを聞いていたから。3.png

 熊本に着くとブロック塀の壊れた家がたくさんあり、水の配給で公園に並ぶ人たち、たまに開いているコンビニにも行列ができていた。家に帰ると妻が炊き出し用のおにぎりをいっぱい作っていた。我が家は水道も出ていないのに妻はよく頑張ってくれている。

 大学に行く前に妻に頼まれて米と水を買いに、空いているスーパーに行くが、駐車もできないくらい車であふれていた。とりあえず車を止めて店に入ると米で残っているのはもち米だけ、カップめんも水も陳列台はあるけど品物が全くなかった4.png。店もあと1時間で品切れになるので、すぐに閉店するとアナウンスしている。あきらめて大学に行くと、研究室の廊下は散乱したまま。学生は研究室には1人もいない。熊大薬学部の研究室は壊滅状態のところもあるらしいが、臨床薬理分野はまだましな方かもしれない。でも上の実験室の配管が壊れて、1つの実験室は水浸しになっていた。今回の震災で破損した備品を新たに購入しなければならない。もうすぐ新3年生が研究室配属されてくるが、この予算では十分な研究をさせてあげることができるかどうかが心配・・・・。

 ぐちゃぐちゃになっていた教授室11.pngを何とか整理し、苦労してパソコンを立ち上げて、たくさんただいたお見舞いのメールの返事を書き、今、時々揺れるPCを左手で押さえながらこの文章を書いている。

   4月17日(日)15時。余震はまだまだ続いています。平田は疲れていますが、元気です。研究室の学生たちも妻もみんな疲れていますが、みんな元気です。

 

写真

1枚目:我が家の僕の部屋

2枚目:研究室の書庫(せっかく整理しなおした後に2回目の地震で)

3枚目:学生たちの避難場所(宮本記念館)

4枚目:カップめんのコーナーに何も置いていないスーパー

5枚目:僕の部屋(教授室:これも学生たちが復旧してくれた後の深夜の地震で)

プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)