以前の連載で「吸収率の低い第3世代経口セフェムってこんなに必要?」の時に現在、アレルギーや自己免疫疾患、様々な精神疾患などが急増しているのは腸内細菌叢の変化によるのではないかと書いた。しかしそれだけなら野菜や発酵食品をたっぷりと摂れば、あるいはプロバイオティクスとなる整腸剤を毎日摂取すれば済む話であるが、そんな簡単な話ではなさそうだ。これらの現代病が増えた理由について考察してみたい。
① 抗菌薬が多用された、人だけでなく家畜にまでも
抗生物質ができたことによって日本人の死因第1位、2位であった結核、肺炎は激減し、平均寿命は飛躍的に向上した。非常に多くの人々の命を救ってくれた抗生物質が、家畜や養殖する魚介類にも使われ、そのおかげで不衛生な飼育環境ですし詰め状態で飼育しても死ななくなるし(図3)、驚くことに抗生物質を使うと成長効果があり、太ってくれるので(ということはヒトに乱用すると腸内細菌叢が変化して肥満やⅡ型糖尿病の原因になると言われている5))、餌に混ぜてどんどん使われた。その乱用のために耐性が生じ、ヒトにも効かなくなった。多剤耐性緑膿菌に切り札として復活したコリスチンも家畜に使われたため、様々な菌が耐性化して家畜には使用禁止になったのはその一例だ。抗生物質の家畜への使用によって人口がどんどん増加しても飢えることがなくなったのはよいことだが、人口よりも多い家畜の増加は中南米の放牧地の増加につながり、アマゾンの熱帯雨林が破壊された第一の原因だといわれている。
そして現在、日本では多くの抗菌薬が効くはずのない風邪などで安易に処方されている。その中でバイオアベイラビリティの低い第3世代セフェム系抗菌薬は吸収率が低い分、腸内細菌叢に対する影響も強いはずだ。プロバイオティクスは生物に対して共生的であり、そしてプレバイオティクスはプロバイオティクスの増殖を促してくれるが、抗生物質は「抗・生物質」と、読んで字のごとく生物に攻撃的だ(図4)。腸内細菌に対して攻撃的ということを腸内細菌と共生生活をしているヒトにとっても攻撃的だといえる。そして抗菌薬を使用した覚えのない人であっても家畜などに使われる抗菌薬を介して知らないうちに摂取しているかもしれないのだ。
② 食事の欧米化によって腸内細菌叢が変化した
食物繊維は消化されないため残渣となって大腸に達し、腸内細菌のエサになる。それによって腸内細菌は短鎖脂肪酸である酢酸・乳酸・酪酸などを産生して腸内を酸性にする。腸内が酸性になるとBifidobacteriumなどのいわゆる善玉菌の増殖を促進し、酢酸には強い殺菌作用があるため悪玉菌の増殖を抑え、コレステロール蓄積抑制、がん予防効果も示す。食物繊維を多く摂ると地中海食を摂っている人やベジタリアンに多いPrevotella属の腸内細菌が増えて、ダイエット効果がある。おまけに腸内細菌はビタミンB群(B1, B2, B6, B12)、ビタミンK、葉酸などのビタミンも合成してくれる。ヒトの細胞は37兆個(2013年に発表されたEva Bianconiらの論文以前は60兆個と言われていた)しかないが、腸内細菌は100~1000兆個あって、ヒトの細胞と共生しているのだ。
腸内細菌の中である種のクロストリジウム属が産生する酪酸が減少すると、小腸にあるパイエル板に潜むT細胞がTregに変わることができなくなるため、いわゆる免疫暴走が起こってしまうことが明らかにされている。免疫暴走によって潰瘍性大腸炎やクローン病などの自己免疫疾患を起こすと、共生生物である腸内細菌に害が及ぶが、そうならないようにTregが保護しているのだ6)。小腸にあるパイエル板と大腸の入り口にある盲腸・虫垂が腸管免疫に関して非常に重要な役割を担っていることも解明されつつある。このように免疫システムはヒトが疾患に罹るのを守ってくれているだけでなく、腸内細菌との重要な共生関係を維持している。
食事の欧米化によってファストフードの消費が増え、味噌・醤油・納豆などの発酵食品を摂らなくなると腸内細菌の種が蒔かれないし、そのエサである食物繊維が腸に入ってこないため、多様だった腸内細菌叢が質的にも量的にも著明に変化する。毎年平均寿命のトップを争っていた長寿王国だった沖縄の男性の平均寿命の順位が2000年以降になって下降し続けているのは、米軍基地の多い影響を受けて食事がいち早く欧米化したのが原因だといわれている(図5)。 自分自身の正常細胞に対して免疫細胞が過剰に反応した結果起こる自己免疫疾患である1型糖尿病有病率は日本では0.1%で、年間2名/10万人の発症率だったのが、欧米ではもともと5倍以上の発症率であったが世界的に増加傾向にあり、現在の米国は年間10万人当たり約30名に急増し、わが国の自己免疫疾患も急増している (図6)。腸は免疫反応を抑制する働きがあるが、プロバイオティクスの投与によって有意に1型糖尿病の発症を抑制できることが動物実験で解明されている7)。さらに腸内細菌叢が産生する酪酸が自己抗体産生を抑制して最終的に関節リウマチの症状を改善することも明らかにされている8)。
③ 衛生仮説(過度に衛生環境が整った)
戦後のわが国は、下水道など衛生環境が整っておらず、田畑や大自然、山と川、土壌が我々の住む環境に密接に関与していた。団塊の世代など子供の数も現在と比べて非常に多く兄弟も多かったため、多種多様な雑菌が自然に体内に入ってきていた。この環境下で腸内の免疫細胞は有害な細菌と有益な共生微生物を見分け、有害細菌に対しては鋭く攻撃するため大活躍していたのである。きちんと見分けのできる免疫細胞だったから、花粉やハウスダストなどに過剰反応してアレルギー症状や自己免疫疾患を起こすことはほとんどなかったのだ。
ところが1970~80年代になると下水道が完備し、日本の誇るウォシュレットが多くの家庭に備わって衛生環境が極めてよくなった。これらは感染症の減少につながる素晴らしいことではあるが、それと同時に都心部ではコンクリートだらけで、細菌が生息できる土壌もなくなってきた。つまり免疫細胞が菌の情報を正しくインプットできなくなった。正確に菌を見分けることのできなくなった免疫細胞は、花粉やハウスダストにまで過剰反応してアレルギー症状を起こし、ほとんどいなかった自己免疫疾患が急増した。昨日、お示しした2つのエピソードの西表島での体験、修行僧の例と同じように、農村部の自給自足生活者や兄弟が多いと(共同生活も同じ)、アレルギーは少なくなるといわれている。最近の日本は「便座シートがないと・・」という方や抗菌グッズを好んで使っている方が増えてきたのではないだろうか。衛生仮説を最初に提唱した英国のStrachan博士によると、小児の花粉症の発症は生まれ育った家族の規模や兄弟の人数と強い相関があることを示している。また小規模農家で育った子もアレルギーを起こしにくい。
④ 寄生虫がいなくなった~寄生虫は実は共生虫だった?~
アトピー性皮膚炎、気管支喘息、花粉症などのIgE抗体が関与する1型アレルギー疾患が1960年代以降、増えている(図7)。日本人は江戸時代以降、50%以上の人が回虫などの寄生虫に感染していており、私が生まれた1954年でも田畑の肥料として下肥が使われていたので、30%近くの人に寄生虫が寄生しており、年に1回は寄生虫検査をやらされたものだ。寄生虫がヒトに感染すると細菌やウイルス感染と異なり寄生虫特異的なIgE抗体だけでなく、非特異的なIgE抗体を産生する。これによって高親和性IgE受容体を覆いつくすため、スギ花粉などのアレルゲンが付着できなくなってアレルギーが抑えられていたといわれている9)。T細胞から変化したヘルパーT細胞のうち、Th1は病原菌を退治する細胞性免疫を促進する司令官であったが感染症の減少によってTh-1の活性化が起こらず、Th2はもともと寄生虫などの異物を退治する司令官だったが、寄生虫がいなくなった現在ではIgEを産生して好酸球主体のアレルギーを起こす司令官になってしまった。回虫や蟯虫などは実は寄生虫はでもあったがアレルギーを防いでいたことを考慮すれば共生虫でもあったのかもしれない。 これらのほかにも大気汚染、自動車の排ガス(特にディーゼルエンジン)、水質汚染、中国から飛来するPM2.5や食品添加物などの化学物質の増加など、挙げるときりないが、①~④のような腸内細菌叢の変化、過度の衛生環境、寄生虫の消失などによって腸管に外敵が入ってこなくなると、これによって免疫システムが過剰に反応することが近年、急増している様々な疾患の原因になっている。健全な腸内細菌叢の存在によって、がん細胞が免疫逃避に使っているTregの働きで、全身の各所で過剰に活性化し暴走している免疫細胞がなだめられ、アレルギーや自己免疫疾患が抑えられていることがわかってきた。
1960年代以来、かつて存在が受け入れられていたサプレッサーT細胞という概念は提唱されてから30年たって消失し、現在は免疫の暴走を制御している主役は大阪大学・坂口志文先生が発見した制御性T細胞、略してTregであり、人体に共生している腸内細菌とともに感染防御、アレルギー疾患、自己免疫疾患、慢性炎症、腫瘍免疫、移植免疫などをコントロールしていると考えられている。
まとめ
結腸は水分を吸収して食べかすを固形にするだけの臓器ではない。免疫系の主戦場は腸なのだ。特に回腸の最後(特にパイエル板)と盲腸・虫垂に集中している。結腸細胞のエネルギー源は腸内細菌叢の廃棄物である酢酸、乳酸や酪酸などの短鎖脂肪酸なので、結腸は腸内微生物がいないと正常に働かなくなる。腸は細菌や食物などに対して免疫反応が起こりやすい環境にある。Tregが人体に共生している腸内細菌とともに感染防御、アレルギー疾患、自己免疫疾患、慢性炎症、腫瘍免疫、移植免疫などをコントロールしていると考えられている。プレバイオティクスやプロバイオティクスは健康維持に良いことは断片的にわかりつつある。ただしこれらの摂取によって腸管免疫の破綻を介して発症する諸疾患を治癒できるという明確な理論は確立していない。ただしこれらの知見がさまざまな新薬の発見の種になることは確かだろう。
引用文献
5) Ahmad A, et al: PLoS One2019 Dec 31;14(12):e0226372. doi:10.1371/journal.pone.0226372. eCollection 2019.
6) ダニエル・M・デイビス:美しき免疫の力 人体の動的ネットワークを解き明かす. NHK出版, 2018
7)Kim TK, et al: Front Immunol. 2020 Sep 3;11:1832.doi: 10.3389/fimmu.2020.01832. eCollection 2020.
8)Takahashi D, et al: EBioMedicin. 2020 Aug;58:102913.doi: 10.1016/j.ebiom.2020.102913. Epub 2020 Jul 22.
9)藤田紘一郎: 日農医誌63: 910-913, 2015