1.腸内細菌叢の異常によっておこる様々な疾患が増えている
 筆者が小学生のころの1960年代前半に友人で喘息、アトピー、花粉症を持っていることを見たことも聞いたこともなかった。そして20年後、筆者が父親になった1980年代に恵まれた2人の子はともにアトピー性皮膚炎、それが治るとアレルギー性鼻炎や喘息になったし、同学年の子供たちの約半数がこのようなアレルギーマーチになっていたように記憶している。このたった20年間に何が変わったのであろうか?食事の内容が豊かになり、内容が欧米化したことや化学物質が増えたことなどがとりざたされている。20200907_01.png一般的な風邪のほとんどはウイルス感染であり、抗菌薬は効果がないことからも、不要な抗菌薬の使用は避ける必要があるのだが、これらに対して経口抗菌薬を気軽に処方することも原因ではないだろうか?
 2019年の2月に腸内細菌叢に興味を持っていたのでアランナ・コリン著「あなたの体は9割が細菌微生物の生態系が崩れはじめた」(図1)という非常に興味深い本を読んだ。第2次世界大戦後に抗菌薬が広く開発され、おかげでその当時の死亡率第1位、2位であった肺炎や結核などの感染症が著しく減少した。これは非常に喜ばしいことであったが、逆になぜか大腸がんやアレルギー性疾患や1型糖尿病やリウマチなどの自己免疫疾患、日本人には少なかった肥満やクローン病(欧米の1/10)や尋常性乾癬(日本で0.1%、世界で3%)、うつ病などの心の病なども大幅に増えたのだ(図2)。20200907_02.pngそしてこれらのうち大腸がんを除くといずれも、なぜか若年発症の病気であり、これらに加えて生活習慣病と言われている2型糖尿病、CKD、心不全、脳卒中、高血圧、がんも増えたがこれらは小児期の過体重が原因と言われている。これらの病気の増加は欧米で始まったが、日本でも同様の現象が起こっているのはカロリー過多による肥満だけではなく、食事の欧米化によって日本人が古くから摂り続けてきた食物繊維や発酵食品の摂取不足が腸内細菌叢を変化させたことが原因ではないかと思うようになった。腸内細菌、あるいは小腸および大腸は人体における最大の免疫器官と言っても過言ではない。小腸の内側にある絨毛が未発達な場所にあるパイエル板は腸管免疫とよばれる、生体防御に関わる免疫機構において重要な働きを担っている。注意欠陥多動性障害ADHDや強迫性障害、双極性障害、統合失調症、自閉症、うつ病、パーキンソン病、認知症は免疫系の過剰反応による炎症が関係しているといわれている1)。有益な細菌を腸に加えると免疫系の過剰興奮を鎮める作用がある。
 もしも腸内細菌叢の変化がこのような病気を増やしているのだとしたら糖尿病、CKD、心不全、脳卒中、高血圧と言えば腎機能悪化と大きく関わってくるため、聞き流すわけにはいかない。これらの大きな原因は①食事で食物繊維を摂らなくなったから、②抗生物質が投与されて腸内細菌叢が変化したから、あるいは本書の指摘している③免疫系の発育に必要なのは古くから共生していた微生物のコロニー形成の異常 の3つに絞られるのではないだろうか。ヒトの体細胞は37兆個に対し、腸内細菌は重量では1kg程度であろうが、100~1000兆個ある。つまり、アランナ・コリンの「あなたの体は9割が細菌」の書名の意味は腸内細菌叢microbiotaを形成する細菌数が体細胞数の10倍あることを意味している。
 腸内細菌叢を健全化すればO157, サルモネラ属菌、カンピロバクターなどの腸菅での細菌感染を防御してくれる。さらにプレバイオティクスである食物繊維をしっかり摂り、プロバイオティクスである発酵食品をしっかり摂取することによって、いわゆる善玉菌を増やして短鎖脂肪酸を産生し、結腸の蠕動運動を促進して大腸がんを防いでいる。男性では直腸がんが多いのに対し、女性では盲腸から下降結腸でも発症しやすいのは善玉菌の減少によっておこる便秘と関係しているからと言われている。がんの死亡率は男性の方が高いのだが、女性では第1位、男性は第3位であり、1975年以降40年で4倍以上に大腸がんは増えている(図3)。20200907_03.pngこれは食事の欧米化・精製穀物の増加に伴い食物繊維摂取量が低下し腸内腐敗が進行しているためと言われている。
 
2.吸収率の低い第3世代経口セフェムはこんなにも必要?
 そういえば筆者が子供の1960年ころ、大きな感染症にかかった時にはペニシリンGを臀部に筋注してもらっていた。経口抗菌薬があまり使われていなかった時代のことだ。ところが1980年代には様々な抗菌薬が登場した。抗菌薬シリーズの第1回で触れたが、第1世代よりも第2世代、第2世代よりも第3世代抗菌薬の方が薬価が高く定められており、このころはこのシリーズの第7回で述べたように薬価差が病院・製薬会社の利益になるため、製薬メーカーはこぞって第3世代の経口抗菌薬を開発し発売した。そして感染症にかかった小児に対してウイルス性疾患であり、効くはずのない風邪に対しても抗菌薬を投与したのであった。
 早めに登場した経口抗菌薬の吸収率は概して高い。もともとβラクタム系抗菌薬は親水性が高いため、消化管の脂質二重層を通過できないはずだが、たまたま立体構造がアラニル-アラニンのようなジペプチド構造に似ていれば小腸上皮細胞に存在するペプチドトランスポータPEPT1の基質として認識されるため吸収される。おそらくペニシリン系のアンピシリン、アモキシシリン、第1世代セフェムのセファレキシン、セファクロルなどがこれらに相当し、これらの吸収率は概して高い(育薬に活用できるデータベース「3.薬効別分類表」にある「13.経口βラクタム系抗菌薬」参照)。そして問題となる第3世代セフェムはピボキシル基などをくっつけて脂溶性を高めて無理やり吸収率を上げさせたものばかりだ(図4)。20200907_04.pngそもそも外来などの軽症例であればグラム陽性菌に効果のある第1世代抗菌薬が最も使う頻度が高いはずなのに、なぜこんなにたくさんの第3世代セフェムが必要なのかも理解できない。これらの第3世代セフェム系抗菌薬は吸収率が不明のものや、わかっていてもバイオアベイラビリティが50%以下のものが多い。これは効果が期待できないだけでなく耐性菌の増加に結びづく。吸収されなかった抗菌薬は糞便中に排泄されるが、この前に腸内細菌を殺菌してしまう。グラム陰性菌に強い第3世代セフェムだからグラム陰性菌の大腸菌も死滅するであろう。これによる腸内細菌叢の破壊が大問題なのだ。これらの抗菌薬が効かないクロストリディオイディス・ディフィシル菌Clostridioides difficile(2016年以降Clostridiumから名称変更;ミヤBMの宮入菌はClostridium butyricum のまま)を相対的に増殖させると、Clostridioides difficile腸炎や偽膜性腸炎という重症下痢症のリスクを高めることもあるが、今のところPubMed検索での報告は見当たらない。
 もっと大きな懸念は最初に書いたようにウイルス感染の風邪などに対しても、効かない経口抗菌薬を気軽に処方することによって腸内細菌叢が激変することによって今までは起こることのなかったアレルギー性疾患が増えてしまったのではないかということである。これに関しては英国ブリストル大学の報告で2歳までに抗菌薬を投与されていた小児は7.5歳になるまでに喘息(OR1.75: 95%CI 1.40-2.17)を発症する率が有意に高く、2歳までに4回以上投与された場合には、喘息(OR2.82: 95%CI 2.19-3.63)だけでなく湿疹(OR1.41: 95%CI 1.14-1.74)、花粉症(1.60 95%CI 1.21-2.10)などのアレルギー性疾患を発症するオッズ比が有意に高かったことが明らかにされている(2)20200907_0.pngわが国でも2歳までの抗菌薬の使用と5歳におけるアレルギー疾患の有症率との間には有意な関連があり、抗菌薬を使用した群でアレルギー疾患の発症リスクが高くなることを成育医療研究センター内の出生コホートデータを使用した解析で見いだされている3)。ただし小児期の抗菌薬投与はアレルギー疾患と関与しないという報告があるのも事実だ。
 またピボキシル基を付けて吸収率を上げるが吸収されるセフカペン ピボキシル塩酸塩水和物(フロモックス?)、セフジトレン ピボキシル(メイアクト?)、セフテラム ピボキシル(トミロン?) 、テビペネム ピボキシル(オラペネム?)はくっついているピボキシル基からピバリン酸を生じ、カルニチン抱合されるためカルニチン欠乏によってβ酸化が行われず、もともとカルニチンの貯蔵臓器である筋肉量の少ない小児では糖新生ができないため、低血糖を起こしやすくなることに関しては非常に多くの副作用報告がある4)。これは食事摂取が少ない、あるいは抗菌薬投与期間が長い患児で起こりやすいので気を付けよう。
 
引用文献
1) Khansari PS, Sperlagh: Inflammopharmacology 20: 103-107, 2112
2) Hoskin-Parr L, et al: Pediatr Alergy Immunol 24: 762-771, 2013
3)Hanada KY, et al: Ann Allergy Asthma Immunol 119: 54-58, 2017 
4)ピボキシル基を有する抗菌薬投与による小児等の重篤な低カルニチン血症と低血糖について. 医薬品医療機器総合機構PMDAからの医薬品適正使用のお願い 2012年4月


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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