2026年8月

2026年3月27日 X投稿 閲覧者4,146人

 僕はかつて、透析患者がワルファリン服用中に消化管出血で亡くなるという、痛ましい事例を経験した。ワルファリン投与中の患者にロキソプロフェンが処方されてから、わずか1週間足らずのことだった。

 「NSAIDsは抗血小板作用があるし、胃粘膜障害も起こしやすいから、ワルファリンと併用すれば出血リスクが上がるのは当たり前だ」―もし、あなたがそうした薬力学的(PD)な相互作用だけで納得しているなら、それは薬剤師として「半分」しか見えていない証拠だ。

「蛋白結合」の嘘と「CYP2C9」の真実
 ピロキシカムなどの添付文書には、併用による有害反応の理由として「蛋白結合率が高いため、ワルファリンの活性型が増加する」と記載されている。しかし、これは明確な間違いだ。蛋白競合による一時的な遊離型濃度の変化はあっても、定常状態では遊離型濃度は不変であり、有害反応の主因にはならない。

 真の犯人は、CYP2C9を介した薬物動態学的(PK)相互作用である。 セレコキシブ、ジクロフェナク、ロキソプロフェンといった多くのNSAIDsは、ワルファリンと同じCYP2C9の基質だ。これらを併用すれば、ワルファリンの代謝が阻害され、INRは跳ね上がり重篤な出血とつながる。

 特に「COX-2選択的阻害薬なら胃障害が少ないから安全だ」と考える医師は多いが、これは動態を知らないがゆえの「罠」だ。日本の研究(鈴木信也他、2016)でも、セレコキシブ併用によりPT-INRが1.53から2.18へと有意に上昇することが証明されているし、メタアナリシスでもCOX2選択的阻害薬の併用でも消化管出血リスクが有意に高いことが示されている。

透析患者という「ハイリスク患者」
 なぜ透析患者でこれほどまでにリスクが高まるのか。そこには複数の要素が絡み合っている。ワルファリンで重要なのはビタミンK含有食品だけではないのだ。

①加齢と腎不全の影響: 加齢および腎機能低下により、CYP2C9の発現量自体が低下する。
②遺伝的素因: アジア人はVKORC1の遺伝子多型が多く、もともとワルファリンの必要量が少ない。さらにCYP2C9等の遺伝子多型により、大出血を起こしやすい「Poor Metabolizer」も一定数存在する。
③目標値の狭さ: 日本の透析患者のPT-INR目標値は2.0未満、高齢者は1.6〜2.6という極めてタイトな管理が求められる。

これらが関与しないアピキサバンでは透析患者に1日5mgの投与でも出血リスクは概して低い。

日本の薬剤師に突きつけられた課題
 米国では「Anticoagulation Clinic」において、薬剤師がワルファリンの投与設計を担うのが一般的だ。PK/PDの複雑な要素を考慮した処方設計こそ、薬剤師の専門性が最も発揮される分野である。

 臨床業務の遅れが指摘される日本において、我々ができることは何か。リスクの高いワルファリンを使わざるを得ない現状を直視しつつ、アピキサバンのようなDOACが透析患者にも安全に使えるよう、エビデンスを収集し働きかけていく必要がある。目の前の処方箋に潜む「1週間後の悲劇」を止められるのは、薬の動きを熟知した薬剤師、あなたしかいないのだから。

 

 

 

 

 

2026年3月26日 X投稿 閲覧者6,095人

 米国では、薬剤有害事象による高齢者の緊急入院が年間約10万件に上る。その原因の多くは、糖尿病薬と抗凝固薬・抗血小板薬という「4大製剤」に集約されるが、中でもワルファリンは群を抜いてトップである。血栓治療に不可欠な一方で、緊急入院の33%に関与するという、まさに「諸刃の剣」なのだ。

 特に深刻なのは、重篤な腎障害を持つ透析患者への対応である。現在、日本において透析患者にDOAC(直接作用型経口抗凝固薬)は原則「禁忌」であり、抗凝固療法が必要な場合はワルファリンを選択せざるを得ない。しかし、ここに大きな国際的な乖離(ギャップ)が存在する。

 米国では、アピキサバン(エリキュース)が「透析(ESRD)患者に使用可能」としてFDAに認められており、実臨床でもワルファリンに代わる処方が主流になりつつあり、現在ではアピキサバンの処方率が高いかもしれない。2015年までのコホート研究においても、アピキサバン群はワルファリン群に比べ、重篤な出血リスクが有意に低いことが報告されているのだ。

 では、なぜ日本ではDOACが使えないのか。 主な理由は、腎排泄型であるDOACの体内蓄積による出血リスクへの懸念だ。かつてダビガトラン(プラザキサ)の登場初期、半年間で24名もの死亡例が出たという歴史的な背景(トラウマ)も影響しているだろう。

 しかし、ここで見逃せない「パラドックス」がある。実はワルファリンも、日本の添付文書上では「重篤な腎障害のある患者」には禁忌と明記されているのだ。かつて私が実施した調査では、実に4分の3の医師がこの事実を知らなかった。

 最新の『2024年 JCS/JHRS ガイドライン』では、「維持透析患者に対してワルファリンを用いることは推奨されない」として、推奨クラスIII(No benefit)、エビデンスレベルBと明記された。 「No benefit」という表現は一見分かりにくいが、要するに「メリットがない(=原則禁忌に等しい)」という厳しい評価だ。しかし、代わりとなるDOACが使えない以上、臨床現場の悩みは深まるばかりである。

 「禁忌だが使わざるを得ない」ワルファリンと、「エビデンスはあるが禁忌とされる」DOAC。このねじれ現象の中で、我々薬剤師は患者のリスクをどう評価すべきなのだろうか。

 

 

 

 

 

2026年9月17日(木)開催の平田の薬剤師塾のお知らせです。

◆第80回「平田の薬剤師塾」初心者コースのテーマは
腎臓が何をやっているか?(2)尿細管編~腎臓の最も重要な体液の恒常性維持は尿細管の仕事~(中級者編)

 「腎臓は何をやっている臓器?」とたずねると多くの方が「腎臓って尿を作る臓器でしょ?」と答えてくれる。間違いではないけど、腎臓はもっと高度で精密な仕事をしている。排泄する尿中に含まれているものはすべて不要なもの、余剰なものであって、必要なものは尿細管で再吸収してくれるから、必要な栄養素を失うことなく、いつも体液中の電解質濃度を一定に保ち、水分量やpHを一定に保ってくれている。だからいつも健やかな生活を送ろうとするのに腎臓はとても大切な働きをしている。

 腎機能が低下すると何が起こる?高リン血症から低カルシウム血症、そしてPTHが過剰分泌されるので骨を溶かしてCaを上げる、いわゆるCKD-MBDだから骨まで脆くなるし血管が石のようになってしまう。腎性貧血によって疲れやすくなり、高カリウム血症によって不整脈によって突然死の危険性が高まる。尿毒素がたまり、血液が酸性に傾くと元気がなくなり食欲も失せる。

 腎臓の構造は複雑だ。だけど腎臓の役割を理解しておくと、これまでに分からなかった患者さんの病態、加齢に伴う病態の変化も理解できるようになる。

 腎の構造を知らないと「CKDはなぜ治らない病気なの?」とか、「糖尿病の症例って最初は腎機能がとびきりいいのに、いったん悪くなりかけるとなんで急激に悪化して透析導入になってしまうの?」とか、「なんで腎臓は高血圧に弱いの?」などについて理解できないし、薬剤師なのにサイアザイド系利尿薬とループ利尿薬の違いを説明できない、フォシーガなどのSGLT2阻害薬、RAS阻害薬、ケレンディアなどのMRA、ネスプなどのESA、ダーブロックなどのHIF-PH阻害薬などの腎に作用する薬の作用がいまいち理解できない。だから患者さんに「腎臓を守るにはどうすればいいのか」についてもわかりやすく説明できなくなる。これらをできるだけ理解して「あんたの言ってくれたことが一番分かりやすかった」といわれるような薬剤師になろうね。

お申し込みは こちら から
【申込期限:講演会開始直前まで】
【定員:300名】
 お支払いが完了していれば、開始直前でもご視聴いただけます。また、受講者の方は講演終了後、数日後から1週間、オンデマンド配信にて繰り返しご聴講いただけます。あわせて、講演終了後に講演スライドをお送りいたします。

(クリックするとPDFが表示されます。)

2026年9月10日(木)開催の平田の薬剤師塾のお知らせです。

◆第79回「平田の薬剤師塾」初心者コースのテーマは
腎臓が何をやっているか?(1)糸球体編~足細胞は再生できないから腎機能がよくなることはない~ (初心者編)です。

 腎臓は2つ合わせて500gしかないけど、心臓から送られてくる血液の20~25%、つまり1日1500~2000Lが腎臓を通っている。その中の10%にあたる150~200Lの濾液(原尿)が作られる。でも尿量はその1%の1日1.5L程度だよね。なんて「無駄に濾過してるんだろ?」と思わないでほしい。これだけの余力があるから多くの人は腎臓病にならなくてすんでいるのだから。

 腎機能は糸球体濾過速度(GFR)で表す。CKDの定義はGFR<60mL/min/1.73m2ということは常識だよね。正常値は100mL/min/1.73m2だけど、じゃあ中年男性で150mL/min/1.73m2の人は腎機能が高いから、素晴らしい?もしもその方が糖尿病になっていたら血糖値が高すぎるために、尿細管で多すぎるブドウ糖を再吸収しきれずに尿糖が排泄されて、多尿になる。高血糖のため血清浸透圧も上がるから無性に喉が渇き多飲になり、さらに多尿になる。GFRが150mL/min/1.73m2ということは糸球体過剰濾過を表す。糸球体内圧が高いため、放っておくとアルブミンが尿中に漏れ出てくる。「口渇・多尿・多飲」以外の症状は何にもなく、元気だからって放っておくと次第に糸球体の濾過膜が破綻するし、血管も動脈硬化が進行する。そのうち心臓も血管も悲鳴を上げるようになる。「尿中アルブミンは全身の血管が傷つき、傷み始めているシグナル」なんだ。だからCKDの診断基準にアルブミン尿・タンパク尿も極めて重要な指標なのだ。

 正常の1.5倍の腎機能は腎臓の機能が素晴らしく良いからではなく、腎臓がむち打たれて疲弊していることを表している。放っておくと顕性アルブミン尿から糸球体濾過膜が壊れて、通常の大きなタンパク質も漏れ出て、一気に腎機能が悪化して透析導入になる。これが典型的な糖尿病性腎症だ。

 そして腎臓に病気があるなんて全く思っていなかったけど、血圧が高いのを放っておくと70~80歳代になって腎硬化症で透析導入になる方が多い。あるYouTuberが「降圧薬って製薬メーカーと医師がグルになってもうけるために投与してるんだよ。血圧は年齢+90くらいでちょうどいい」とか言うのを信じていると、腎臓だけじゃなく心血管系にも障害が及んでくる。「○○をのむだけでみるみる腎機能がよくなる」とか「eGFR40が70mL/min/1.73m2に改善した」なんて嘘だよ。一度失われた足細胞は再生できないから、CKD患者の腎機能がよくなることはないんだ。

 今回、「放っておくと」という言葉を何回使っただろう。放っておく(これを医師・薬剤師のイナーシャと呼びたい)とあれだけ余力のあるはずだった腎機能、そして腎臓を守るための様々な仕組みがあっという間に崩壊してしまうのだ。でもその悪化速度をかなり緩やかにできる薬物療法が確立しつつあるということは知ってるよね。あとはアナタの薬剤師力によって血糖管理、血圧管理をわかりやすく指導し、腎臓を守る素晴らしい薬を副作用の心配することなく、患者さんが確実に「飲みたくなるような服薬指導する」、そして「危ないサインがあるのに放っておく」のをやめさせるのが薬剤師の極めて重要な役目だ。皆さん、ちゃんとできてる?

お申し込みは こちら から
【申込期限:講演会開始直前まで】
【定員:300名】
 お支払いが完了していれば、開始直前でもご視聴いただけます。また、受講者の方は講演終了後、数日後から1週間、オンデマンド配信にて繰り返しご聴講いただけます。あわせて、講演終了後に講演スライドをお送りいたします。

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◆第77回 8月13日(木)初級者編 お申込はこちらから
 症例に基づいたCKD患者の薬物適正使用(初心者編)

◆第78回 8月20日(木)中級者編 お申込はこちらから
 症例に基づいたCKD患者の薬物適正使用(中級者編)

◆第79回 9月10日(木)初級者編 お申込はこちらから
 腎臓が何をやっているか?(1)糸球体編

◆第80回 9月17日(木)中級者編 お申込はこちらから
 腎臓が何をやっているか?(2)尿細管編

※お申し込み期限は講演会開始直前までとなります。
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プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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