米国では、薬剤有害事象による高齢者の緊急入院が年間約10万件に上る。その原因の多くは、糖尿病薬と抗凝固薬・抗血小板薬という「4大製剤」に集約されるが、中でもワルファリンは群を抜いてトップである。血栓治療に不可欠な一方で、緊急入院の33%に関与するという、まさに「諸刃の剣」なのだ。
特に深刻なのは、重篤な腎障害を持つ透析患者への対応である。現在、日本において透析患者にDOAC(直接作用型経口抗凝固薬)は原則「禁忌」であり、抗凝固療法が必要な場合はワルファリンを選択せざるを得ない。しかし、ここに大きな国際的な乖離(ギャップ)が存在する。
米国では、アピキサバン(エリキュース)が「透析(ESRD)患者に使用可能」としてFDAに認められており、実臨床でもワルファリンに代わる処方が主流になりつつあり、現在ではアピキサバンの処方率が高いかもしれない。2015年までのコホート研究においても、アピキサバン群はワルファリン群に比べ、重篤な出血リスクが有意に低いことが報告されているのだ。
では、なぜ日本ではDOACが使えないのか。 主な理由は、腎排泄型であるDOACの体内蓄積による出血リスクへの懸念だ。かつてダビガトラン(プラザキサ)の登場初期、半年間で24名もの死亡例が出たという歴史的な背景(トラウマ)も影響しているだろう。
しかし、ここで見逃せない「パラドックス」がある。実はワルファリンも、日本の添付文書上では「重篤な腎障害のある患者」には禁忌と明記されているのだ。かつて私が実施した調査では、実に4分の3の医師がこの事実を知らなかった。
最新の『2024年 JCS/JHRS ガイドライン』では、「維持透析患者に対してワルファリンを用いることは推奨されない」として、推奨クラスIII(No benefit)、エビデンスレベルBと明記された。 「No benefit」という表現は一見分かりにくいが、要するに「メリットがない(=原則禁忌に等しい)」という厳しい評価だ。しかし、代わりとなるDOACが使えない以上、臨床現場の悩みは深まるばかりである。
「禁忌だが使わざるを得ない」ワルファリンと、「エビデンスはあるが禁忌とされる」DOAC。このねじれ現象の中で、我々薬剤師は患者のリスクをどう評価すべきなのだろうか。



