2.クロストリディオイデス・ディフィシル(CD)腸炎を防ぐために

(5)CD腸炎はどんな人が罹患しやすい?
 CD腸炎の院内感染に罹患しやすい患者は我々の経験のように①広域スペクトル抗菌薬が投与された患者がほとんどで、②高齢者(特に長期入院患者)、③胃酸分泌抑制薬のPPIやH2遮断薬投与患者ではCD関連下痢症のリスクが3倍高くなることが報告されており4)PPIの服用で再発性CD腸炎を4.2倍になる5)
 欧米人では抗菌薬非投与群ならば0~数%、抗菌薬投与群で約20%に上昇し、日本人は欧米人と比較してCDの保菌率が非常に高く、抗菌薬を投与されていないケースで約25%,抗菌薬投与例ではたとえ無症状でも約50%からCDが分離される。日本人で保菌者が多いという事実は,逆に毒素に対する抗体を持つ率が高いとも言えるので、日本人は欧米人ほど激しい症状に見舞われずに済むことが多い。逆に米国では年間50万人にCD腸炎に罹患し、1万4千人が死亡しておりその医療費は48億円に達している6)。高齢者・手術侵襲・TPNによる粘膜退行・腸虚血・血圧低下・免疫能低下などの要因が加わると激しい腸炎を発症することがある。
 抗菌薬としては最初の偽膜性大腸炎の報告の原因薬物がクリンダマイシンであったため、クリンダマイシン、リンコマイシンの使用がCD腸炎の発症原因になりやすいと考えられていたが、現在ではほとんど全ての抗菌薬が原因となり、セフェム、ペニシリン、βラクタム+βラクタマーゼ阻害薬、胆汁排泄されやすい抗菌薬、キノロン系、クリンダマイシン、リンコマイシンによるものが多いといわれている。経口抗菌薬だけでなく、あらゆる種類の抗菌薬投与が腸管内での菌交代現象からCDが増殖してCD腸炎や、重篤化すると偽膜性大腸炎を発症することがある。特筆されるべきはCD腸炎の治療薬となるVCMの静脈内投与後にCD腸炎が起こったという報告があるということだ7)

(6)CD腸炎パンデミック防止対策
 接触感染し、芽胞を形成するのでエタノールが無効なため、通常の接触予防策ではなく、石鹸を用いる物理的な手洗い・環境の清拭、使い捨て手袋、使い捨てガウンの着用を主とした標準予防策、便失禁のある患者の隔離が重要と考えられる。
 またCD腸炎を発症した全患者に抗菌薬が投与され、発症者のうち高頻度で胃酸分泌抑制薬が投与されていたため、これらの症例に対して、CD腸炎予防のためのプロバイオティクス投与が有効な可能性がある。ただし抗菌薬耐性とうたっている整腸剤投与であってもバンコマイシンやキノロンによって死滅するものがほとんどである。小児の報告ではあるが、抗菌薬単独投与群の抗菌薬関連下痢症は59%に発症したが、CDの増殖に拮抗作用を示す細菌製剤としてClostridium butyricum(ミヤBM?錠: 宮入菌)を抗菌薬と同時に予防投与した患児の抗菌薬関連下痢症発症率は9%、さらに抗菌薬投与3日前に予防投与すると5%に激減した(図48)。しかも抗菌薬が投与された群では嫌気性菌が増加しビフィズス菌の減少が防げた。 20201012_04.png  これらの結果から我々の経験した院内アウトブレイクも宮入菌の予防投与によって防げたかもしれない。宮入菌もCDと同様に芽胞を形成するため、バンコマイシン投与によっても死滅しない。今回提示した症例でレボフロキサシン投与によってCD感染が再発したように、CD感染は再発しやすい。そのため再発を防ぐためバンコマイシン投与中止後も宮入菌の投与を続ける必要があったのかもしれない。宮入菌は抗菌薬投与にも関わらず、70%の患者から宮入菌が糞便中から分離され、そのうち半数は芽胞菌より、非芽胞菌が多く、投与された生菌が消化管内で発芽していることを示している。糞便中CDまたはトキシンの検出率は、抗菌薬投与後、著しく増加するが、その増加は宮入菌の併用によって著明に抑制される9)。宮入菌はCDの発育とトキシンAの産生を抑制し、CDの糞便中検出率を減少させる。糞便移植(FMT: Fecal Microbiota Transplantation)はさらに有効でVCM14日標準投与群の再発なし治癒率が30.8%だったのに比し糞便の経鼻注入2回群の治癒率は93.8%であった(図510)20201012_05.png  宮入菌はこのほかにも免疫チェックポイント阻害薬が投与された時に発症しやすい重症大腸炎を防ぐ目的で使われることがあるが、非小細胞肺がんに宮入菌を併用すると生存率が向上したという結果が熊本大学呼吸器内科から報告された(図611)。さらに糞便移植によって免疫チェックポイント阻害薬の反応性が向上するという報告もある12)20201012_06.png  宮入菌は酪酸菌であり、酪酸はもともと抗炎症作用があり上皮細胞のエネルギー源となるため、便秘症状も改善するが、特に下痢気味の人に良く効く整腸剤のイメージがあり、確かに下部消化器疾患に対する有効性は高い13)。しかし最近の報告では酪酸は血糖値の急上昇を抑えるGLP-1や食欲を抑えるペプチドYYなど消化管ホルモンの分泌を促し、脂肪が貯まりにくい体質にして肥満を防止するといわれている。また酪酸は小腸のパイエル板に働いて免疫細胞の暴走を止める制御性T細胞の産生を誘導することも注目されており、アレルギー疾患や自己免疫疾患の発症防止にも関与する可能性があり、宮入菌は単なる整腸剤にとどまらない可能性を秘めている。

(7)CD腸炎の治療薬
 軽症者ではメトロニダゾールを1.0~1.5g/日投与するが、小腸で大部分が吸収されるために結腸内への移行が不十分であることが欠点である。重篤な症例にはVCM0.5~2g/日を経口投与する14)。下痢、発熱は1~2日間の投与で軽快し、7~14日の投与でほとんどの症例が治癒する。ただし米国ではバンコマイシンの使用はメトロニダゾールによる治療に反応しない症例や、重篤で生命に危険性のあるような場合の使用に限られており、抗生剤腸炎の初期治療にはVCMは使用すべきではないとされている(米国防疫センター:VCMの耐性菌を防ぐために)。
 最近の報告ではVC M耐性株が増加傾向であり15)、以前に説明したようにグラム陽性菌に強くバイオアベイラビリティが非常に低い(イヌのデータで3%以下)代替薬としてマクロライド系抗菌薬であるフィダキソマイシン(ダフクリア?錠)が使用される。糞便中濃度は高いものの、バクテロイデスなどの腸内細菌叢にあまり影響しないので、CDに選択的に作用すると考えられている16)
 CD腸炎の再発防止のためには抗CDトキシンB ヒトモノクローナル抗体であるベズロトクスマブ(ジーンプラバR)が利用でき、CDトキシン B に結合し、CD トキ シン B と標的細胞との結合を阻害することによってトキシンの活性を中和するが抗菌活性を有していないことから、CD腸炎の抗菌薬治療と併せて使用する。

(8)まとめ~この症例で得た教訓~
1. 吸収されるはずのないバンコマイシンが炎症所見の強い腸病変では吸収され、腎機能の廃絶した透析患者では排泄されにくいため中毒域に達することがある。
2. CD腸炎は再発しやすく、芽胞を形成するためエタノールによる手指消毒は無効で院内感染しやすいので、医療従事者の手洗いの徹底が重要である。
3. CD腸炎は①抗菌薬が投与された患者がほとんどで、②高齢者(特に長期入院患者)、③胃酸分泌抑制薬のPPIやH2遮断薬投与患者ではCD関連下痢症のリスクが高くなる。
4. CD腸炎治療には軽症者ではメトロニダゾール、重症者にはバンコマイシン散(通常は0.125gを1日4回、重症例には1日2.0gまで投与可能)、無効例にはフィダキソマイシンを投与し、再発例にはベズロトクスマブを併用する。糞便移植の治療成績は極めて高い。
5. アウトブレイク予防・再発予防にはプロバイオティクスのミヤBM?(宮入菌)の投与が有効かもしれない。

引用文献
4) Morrison RH et al. Clin Infect Dis 15; 53:1173、2011
5) Candle RM, et al: Am J Health Syst Pharm 64: 2359-2363, 2007
6) Paddock C: Study reveals how C. difficile disrupts the gut. 2015 https://www.medicalnewstoday.com/articles/289817
7) Hecht JR, Olinger EJ: Dig Dis Sci 34: 148-149, 1989
8) Seki H, et al: Pediatr Int 2003;45:86-90
9) Ritchie ML, et al: PLoS One 2012; 7(4)e34938
10) Van Nood E, et al: NEJM 2013; 368: 407-415
11) Tomita Y, et al: Cancer Inmmnol Res 2020, DOI: 10.1158/2326-6066.CIR-20-0051 
12)Routy B, et al: Science 2018; 359: 91-97
13)高橋志達, 他: 日化療誌66:489-503, 2018
14) Zar FA, et al: Clin Infect Dis 45: 302-307, 2007
15)Saha S, et al. Anaerobe 58: 35-46, 2019
16) Louie TJ, et al: Antimicrobial Agents and Chemotherapy 53 : 261-263, 2008


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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