今回の連載は抗菌薬シリーズの中に入れていますが、厳密にいうと今回は抗菌薬は出てきません。腸内細菌叢micobiotaと尿毒素uremic toxinの話、つまり「腸腎連関」の話です。ただし抗菌薬を投与すれば、腸内細菌叢は大きく変化するはずですから「抗菌薬」シリーズの中に入れさせていただきます。

1.透析患者の便秘と腸管穿孔
 筆者らは以前に透析患者は便秘になりやすいことについて報告した。便秘の定義にRomeⅡによる機能性便秘の定義を用い(表1)、多重ロジスティック解析によると原疾患では糖尿病、女性が便秘に有意に影響し(表2)、 20201005_1.png 20201005_2.png 着目すべきは加齢で、50歳未満では18%の便秘発症率が80歳代になると88%と約5倍に上昇し、透析患者は、そもそも非透析患者の5倍以上、便秘しやすいことが分かった(図11)20201005_01.pngさらに虚血性腸炎を発症し開腹手術を受けた透析患者15名を対象に、虚血性腸炎疑い症例を除いた692名の透析患者と比較することによって虚血性腸炎発症因子として①陽イオン交換樹脂(Ca型血清カリウム降下薬)服用者、②昇圧薬服用者、③ヘマトクリット値の異常高値者、④水分管理不良者があることを明らかにした2)。これによって透析患者の腸管穿孔は表3に示されるようにカリウム制限による食物繊維摂取不足、カリメート?散のような便秘しやすい薬剤の投与、加齢・不動に伴う蠕動力・排便力低下によっておこる常習便秘が結腸の通過障害を起こし、血液透析時に起こる腸管虚血、腸間膜動脈の虚血、透析による除水が伴って結腸穿孔が起こることを想定している(図2)。 20201005_3.png 20201005_02.pngそして免疫能の低下した透析患者では抗菌薬が投与されやすいこと(最近はバイオアベイラビリティの低い第3世代経口セフェムが多用されている)、プレバイオティクスとして働く食物繊維摂取不足による腸内細菌叢の乱れが常習便秘をさらに悪化させているのではないかと考えている。
 たかが便秘ではないかと考える方が多いが、2016年の日本透析医学会の統計調査によると男性206人(1.0%)、女性124人(1.2%)が腸閉塞で死亡しており、これは透析患者の死亡原因の第9位にランクされるが(図3)3)、透析患者の死亡原因病名リストには「腸閉塞」しかない。しかし透析患者の致死性腸病変は腸閉塞だけでなく、虚血性腸炎、腸管穿孔、腸管壊死など様々である。これらの病変に続発する腹膜炎や敗血症が感染症に分類されたとしたら、1年間に少なくとも330人が致死性腸疾患によって死亡していると考えてよいだろう。したがって透析患者の常習便秘は非常に深刻だ。

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2.透析患者の便秘と尿毒素
 最近になって便秘の重症度が高いほど心血管イベント発症率が高く、これには腸内細菌叢の変化による慢性炎症が関わっている(図44)20201005_04.png便秘患者は非便秘患者に比し心血管病発症リスク・全死亡リスクともに高い(図55)、便秘患者は非便秘患者に比し有意にCKDになりやすく(図66)、有意に透析導入率が高い(図76)などが次々と明らかになってきた。実は便秘に伴う腸内細菌叢の変化が腎機能を悪化させる尿毒素に関わっているということが明らかにされつつある。 20201005_05.png 20201005_06.png 20201005_07.png
 インドキシル硫酸はアンジオテンシノーゲンの発現上昇により糸球体硬化、尿細管間質線維化により腎機能悪化の原因となり、活性酸素種(ROS)を誘導して酸化ストレス亢進、血管平滑筋増殖の原因になり、NO産生低下により心筋線維化、動脈硬化促進、血管石灰化を促進し、さらにKlotho発現低下によって老化を促進させるなど腎・心への悪影響が非常に強い尿毒素である(図87)20201005_08.png インドキシル硫酸は食事成分由来のアミノ酸のトリプトファンがかつては大腸菌によってインドールを産生するといわれていたが8)、現在では大腸菌だけではなくBacteroidesClostridium属などが持つtriptophanaseという酵素によってインドールとなって腸管で吸収され、肝臓でインドキシル硫酸になるとされている9)。その前駆物質であるインドールを吸着して糞便中に排泄させることによって、インドキシル硫酸の産生を抑えて腎機能の悪化を防ぐのがクレメジン(AST120)である。血中インドキシル硫酸濃度が高いほど生存率が低下するという報告は前述のように当然のごとく存在する(図98)20201005_09.png
 パラクレジル硫酸はチロシンが腸内細菌の持つTyrosine phenol lyaseによってp -クレゾールやフェノールになり、消化管吸収されて肝臓でp -クレジル硫酸, フェニル硫酸になる。血中p -クレジル硫酸濃度が高いほど生存率が低下するという報告もある(図1010)20201005_10.png
 糖尿病性腎臓病の原因物質でアテローム性動脈硬化などの心血管病の原因物質トリメチルアミン-N-オキサイド(TMAO)11)はカルニチンやホスファチジルコリン(レシチン)を基質としてclostridium属の持つCarnitine TMA lyaseおよびCholine TMA lyaseよって産生される。血中TMAO値が高いほどアテローム性動脈硬化のリスクとなって心筋梗塞・脳卒中・死亡などの心血管死と関連するという報告も当然のごとく存在する(図1112)。以上のことからインドキシル硫酸、P-クレジル硫酸、フェニル硫酸、TMAOといった名だたる尿毒素の産生にはすべて腸内細菌が絡んでいる(図12)。 20201005_11.png 20201005_12.png さらに健常者の腸内細菌叢は嫌気性菌が99%以上を占めるのに対し、光岡知足先生の便培養技術によって透析患者の腸内細菌叢を調べると3.7%であったという報告13)や15.6%が好気性菌であったという報告(図1314)など、透析患者の腸内細菌叢は異常であるという報告で一致している。腸内細菌叢をうまく制御できれば腎機能悪化を防ぎ透析導入になる患者数を減らすことができ、透析患者にとっても死因のトップである心血管病変を減らすことができるかもしれない。

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3.透析患者が経口カルニチンを服用、腎不全患者がトリプトファンを摂取しもよいのか?
 もう1つ気になることは生体にとって必要なトリプトファン、レシチン、カルニチンなどはサプリメントとしても発売されているが、腎不全患者がこれらのサプリメントを摂取してもいいのか、あるいはいけないのかについて明快な答えがないことが悩ましい。カルニチンは蛋白結合しない低分子薬物で分布容積も0.2~0.3L/kgと小さいため、血液透析によって極めて除去されやすい。そのため保存期腎不全では欠乏しないカルニチンが血液透析患者では欠乏して筋肉症状(こむら返り・筋力低下等),心症状(心機能低下・心筋症等),エリスロポエチン抵抗性貧血などのカルニチン欠乏症を起こしやすい。経口カルニチン製剤のバイオアベイラビリティが20%以下と低いため、血液透析患者では吸収されずに腸内に残ったカルニチンがTMAOに変換されて蓄積する可能性があるため、透析患者では経口製剤ではなく静注製剤を用いるべきであろう。透析日には透析後に静注製剤を週3回、透析後に1回10~20mg/kgの低用量を静脈側透析回路に注入して開始するなど患者の状態を観察しながら慎重に投与し、漫然と投与を継続しないことが肝要である。
 代表的な尿毒素のインドキシル硫酸の前駆体のトリプトファンは脳内で幸福感を感じさせてくれる神経伝達物質で枯渇するとうつ病になるセロトニン(5-HT; 5-hydroxytryptamine)、夜になると睡眠を促すメラトニンの前駆物質になる。ということはトリプトファンを摂取すると脳内に移行して幸福感を得るのに欠かせない物質・セロトニン15)、あるいは睡眠に必要なメラトニンに変換されることから、トリプトファンも催眠・鎮静サプリメントとして売られている(図14)。  うつ病患者では血中トリプトファン濃度が低く、トリプトファンを含むタンパク質の摂取量の少ない国では自殺率が高いといわれている16)。生体内にセロトニンは10mg存在し、90%が消化管粘膜に、脳内には2%存在するといわれており、このような腸脳連関は腸腎連関以上に学問的に確立している17)20201005_14.png CKD患者がトリプトファンを過剰摂取するとインドキシル硫酸の産生量が増え、それによってインドキシル硫酸濃度が高くなって腎機能が低下を伴うことが危惧されるはずである。そこで筆者はPubMedで論文を検索してみたが、今のところ、トリプトファン摂取が腎機能を悪化させる要因であったのか?あるいは腎機能が悪くなった結果としてインドキシル硫酸濃度が高くなったのかについての判断がつけられないのが現状ではないだろうかという論文を見つけた18)。このようにまだまだこの分野で解明されていないことは多いが、現状では透析患者が経口カルニチンを服用するよりも静注投与という選択肢があるかぎり、経口カルニチンではなく静注カルニチンを使うべきであろう。そして腎不全患者がトリプトファンを摂取しもよいのかについては不明であるが、大量摂取は控えたほうがよいのではないだろうか。今後の研究に注目したい。
 
引用文献
1) 西原 舞, 他:透析会誌37: 1887-1892, 2004
2) 西原 舞, 他:透析会誌38: 1279-1283, 2005
3) 日本透析医学会: わが国の慢性透析療法の現況2016
4) Salmoirago-Blotcher E, et al : Am J Med 124: 714-723, 2011
5) Sumida K, et al. Atherosclerosis 281: 114-120, 2018
6) Sumida K, et al: J Am Soc Nephrol28: 1248-1258, 2017
7) Skype SM, Hazen SL: Cell Host & Microb 20: 691-692, 2016
8) Niwa T et al: Kidney Int 52, Suppl 62: S23-S28, 1997
9) Roager HM, Licht TR: Nature Commun 2018 9(1):3294. doi: 10.1038/s41467-018-05470-4.
10) Barreto FC, et al: Clin J Am Soc Nephrol 4: 1551-1558, 2009
11) Liabeuf S, et al: Nephrol Dial Transplant 25: 1183-1191, 2010
12) Tang WHW, et al: N Engl J Med 368: 1575-1584, 2013
13) 阿部貴弥, 他: 透析会誌29: 1529-1537, 1996
14) 安藤康宏, 他: 透析会誌32: 349-356, 1999
15) Gao K, et al: Adv Nutr  11: 709-723, 2020
16) アランナ・コリン: あなたの体は9割が細菌 微生物の生態系が崩れはじめた. 2016
17) De Palma G, et al: J Physiol 592: 2989-2997, 2014
18) Cheng Y, e t al: Sci Rep 2020; 10: 12675.doi: 10.1038/s41598-020-69559-x.


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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