はじめに
 透析除去率の計算式、Murakami&Hirata式なるものを何の前触れもなく、2021年の初めに本ホームページに掲載しましたが、その紹介する文章が遅れて申し訳ありません。この式は、生体内の薬物量が1回の血液透析で何%除去されるかを正確に(今のところ)予測することができる式です。ようやく臨床使用に耐える予測式が完成し、Blood Purification誌に掲載されましたので、急ぎ、にホームページに掲載しましたが、それまでのいきさつ、薬物の透析性についてまとめてみました。

薬物の透析性
 透析で除去されやすい薬は透析後に補充投与しないと効かなくなる。例えばアミノグリコシド系の抗菌薬は細胞外液のみに分布し、アルブミンなどの蛋白質にほとんど結合しないため、透析で半分以上が除去されてしまう。当然、濃度依存性の抗菌作用を示すこの抗菌薬の殺菌力は期待できなくなってしまうであろう。βラクタム系抗菌薬も細胞外液のみに分布するが、蛋白結合率(PBR)は薬によってさまざまだ。汎用されているカルバペネム系抗菌薬のメロペネムのPBRは5%足らずで、アミノグリコシド系と同様なので、半分以上は透析で抜ける。ただし第3世代セフェムのセフトリアキソンやセフォペラゾンのPBRは90%なので、ほぼ除去できないので透析後の追加投与は必要ない。グリコペプチド系のテイコプラニンのPBRは90%と高いだけではなく、分子量が1,564~1,894Da(6種の薬物の混合物である)と大きいため、主に拡散の原理によって生体内物質を除去する血液透析では全く除去できない。
 薬物の透析性予測式なんて、必要ないと思っている方もいるかもしれないが、体中から抜けた薬物を抜けた分だけ補充する必要があるとすれば、「抜けやすい」「抜けにくい」だけではなく明確に何%抜けるという精度の高い予測式があれば、それは有用なものになるであろう。たとえば抗がん薬を透析患者に投与された報告は極めて乏しい。投与量も論文によって実にさまざまだ。そして透析による除去について体系的に言及された論文はさらに少ない、というかほとんどない。抗がん薬の場合、効きすぎれば、当然、有害反応が起こるであろうし、効かなければがんの悪化によって生死を分けるかもしれないのに、透析によってどれくらい除去されるかどうかについて分かっているものは、シスプラチンなど特殊な抗がん薬を除いてほとんどないのが現実だ。
 米国では麻薬の濫用が大きな問題になっており、オピオイドの透析性についてはかなり探求されている。横紋筋融解症やQT延長といった重篤な副作用の多いメサドンに関しては、PBRが89.4%で分布容積(Vd)が1~8L/kgであることから、動態的に見て透析では抜けないことは明らかである(後述)。透析で抜けないという報告が古くからすでに複数あり1)2)、最近の報告ではメサドンの1日投与量の2.3%(範囲、1,25-3,70%)であったという報告3)や古い報告でも1%しか抜けないという報告4)があるにもかかわらず、メサドン専用の透析性の予測式を作ったという報告もあるが5)、ほとんど臨床的な価値はないと思う。
 個々の薬物の透析性は論文になりやすいのだ。例えばAという新薬の透析性については検討がされていなければ、動態的には除去されないことが分かり切っていたとしても、医師が査読をすると「新規性がある」とみなされ、容易にアクセプトされる。そしてCHDならノイエス、CHDFの報告は初だからノイエス、CHFでもノイエス、CVVHDFでもノイエスとみなされアクセプトされる。もっとひどい文献だと、知りうる限り最大の分布容積の薬物「アミオダロンによる透析性」についての英語論文の査読を依頼されたことがあるが、本来、筆者は教育的な配慮からrejectしない方針であるが、さすがにこれは「透析で全く除去されないことは動態的に明らかなことなのに、数名の透析患者で頻回採血を行って透析性を調べた」ことは倫理的に間違っているということでrejectしたことがある。このように薬物個々の報告、様々な血液浄化法での報告もまた、あまたとあるが、このような報告を待たなくても、あるいは文献を検索しなくても、1つの予測性の高い式ができれば、有用なことは間違いないのだが、これに関する報告は極めて少ないのが現実なのだ。

薬物の透析性に関わる因子
 1983年にKellerら6)がPBR, 分布容積の逆数(1/Vd), 分子量を基に薬物の透析性の予測式を作成したが、R2=0.27と低く、臨床では全く使えないものであった。ただしこの報告により薬物の透析性に関わる因子はPBRと分子量以外にも、Vdが重要であることが明らかにされた。
 Vdは薬物の組織移行性を表す指標で、前述のようにアミノグリコシド系の抗菌薬やβラクタム系抗菌薬は親水性であるため細胞膜の脂質二重層を通過できないので細胞外液のみに分布する。細胞外液が体重の20%であるためこれらの薬物のVdは0.2~0.3L/kg(重症感染症では炎症によってアルブミンが間質液に漏出するため0.3L/kg近くになる)となるが、PBRが90%のセフォペラゾン、セフトリアキソンはアルブミンにトラップされているため、間質液内濃度は血清濃度の1/10になるので、Vdは0.2L/kg以下になる(図1)。 20210526_1.png
 尿素、炭酸リチウム、エタノールなどは分子量が100Da以下の水溶性物質であるため、脂質二重層の細孔を自由に行き来できるため(図2)、細胞内液・細胞外液に均等に分布する。 20210526_2.png そのためこれらのVdは体内水分量に等しい0.6L/kgになり、これらの物質は分子量が小さいため拡散性能が極めて高く、血漿中だけでなく赤血球中からも除去可能である。
 では強心配糖体のジゴキシンはどうだろうか?ジゴキシンはNa+-K+-ATPase阻害薬であるためこの酵素が多く存在する心筋や骨格筋に高濃度で分布し、心筋では血清濃度の30~70倍、骨格筋には10~20倍の高濃度で分布するため、血清濃度は相対的に低くなる。Vd=体内薬物量/血清薬物濃度で表されるため、ジゴキシンのVdは4~8L/kgと高い。血清及び間質液、つまり細胞外液を中心に浄化している血液透析だが、ジゴキシンは体内総量の4%しか細胞外液には存在しない(図3)。 20210526_3.png また組織から細胞外液へのジゴキシンの移行速度が透析による除去速度に比し極めて遅いため、Vdの大きいジゴキシンは透析では除去不可能だ。PBRが高くても活性炭による血液吸着や血漿交換によって除去可能であるが、Vdが大きい薬物は透析だけでなく、いかなる血液浄化法によっても除去されにくいのである。
 ただしVdが小さいと透析で除去されやすいかというと、そうではない。例えば動物実験で血漿量を測定するために用いられるアゾ染料のエバンスブルー(医療用ではない)は血漿中でアルブミンとの親和性が極めて高いためPBRが100%なので、Vdは0.05L/kgとVdの最小の薬物だし、分子量がアルブミンよりもはるかに大きい抗体製剤も0.05L/kgとVdは最小だが、透析で抜けるわけがない。ワルファリンのPBRは99%以上であるため、Vdは0.15L/kgと細胞外液量よりも小さい。NSAIDsのPBRは90%以上のものが多いが、イブプロフェン、ジクロフェナク、ナプロキセンのPBRは99%でVdは0.10~0.17L/kgとワルファリンとよく似ているが、PBR 93.1%のスリンダクのVdは2L/kgと大きい。Vdが小さくてもPBRが90%以上であれば透析によって全く抜けることはない。

血液透析で除去されにくい薬物
 1997年に筆者は血液透析で除去されにくい薬物の共通点はPBRの高い薬物、脂溶性の高い薬物、腎排泄性の低い薬物、Vdが大きい薬物、分子量の大きい薬物であると推測した7)。さらに2004年に筆者は血液透析による除去率とVdの関係は図4に示すように双曲線を描くため8)20210526_4.png 直線回帰では1/Vdの方が相関性は高くなるというKellerら6)の報告を再確認できた。そのうえで、
①PBR>90%以上の薬物は血液透析によって除去されない図5
20210526_5.png ②Vd>2.0L/kgの薬物は除去されにくい図6
20210526_6.png ③PBR>80%かつVd>1.0L/kgの薬物は除去されにくい図7
ことを明らかにした9)20210526_7.png
 重回帰分析を行うとPBR、1/Vdは薬物の透析性に関与する有意な因子になったが、分子量は有意な因子ではなかった(表18)20210526_01.png 分子量と除去率の間に相関性は認められなかったものの(図8)、分子量の大きい薬物(MW>2,000)は拡散能が低いため除去されにくく、アルブミン以上の分子量の薬物(MW>66,000)は全く除去されないことは予測できた。 20210526_8.png これらの取り組みによって透析によって抜けるか抜けないかを定性的に示すことはできるようになったが、透析による薬物除去率が何%で、透析後に薬物をどれだけ追加すべきかを推算する式、つまり定量的に推算できる薬物除去率推算式については、その後の浦田元樹博士、村上鞠奈氏の貢献が大きいが、その予測式の構築はややこしい話になるので、ここでは省略する。知りたい方は文献を読んでいただきたい10)11)

村上&平田式の予測性
 薬物の特性を以下の特徴的な6つのカテゴリーに分類し、予測式に用いなかった薬物を主に用いてMH式による予測性を再確認した(図9)。 20210526_9.png ①分子量100Da未満の水溶性物質は極めて除去されやすい、②PBRが低く水溶性の薬物で細胞外液のみに分布する薬物の除去率はとても高い、③水溶性の薬物で細胞外液のみに分布する薬物の除去率はPBRに依存して変化する、④Vdが小さいもののPBRが95%以上の脂溶性薬物は除去されない、⑤分子量が数万Da以上のものおよびPBR 100%の薬物は除去されない、⑥Vdが5L/kg以上の脂溶性薬物は除去されない。それぞれのカテゴリーに合致した特徴的な薬物でMW、PBR、fe、Vdの4つのパラメータが既知の薬物を2~3個ずつ、ランダムに示した。実測値と予測値の間にはy=1.009x-2.113でR2=0.924, P<0.0001の有意な正相関が認められた。
 Kellerら6)の予測式はR2=0.27、平田は定性的にHDで除去されない基準を作成した9)。そして浦田氏の簡易式の予測性はR2=0.64になり10)、MH式でR2=0.81に向上し11)、臨床使用可能な高い予測性を示すことができるようになった(図10)。

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透析による薬物除去率予測式をどのように活用するか?
 2020年9月に神戸国際会議場で開催された第66回化学療法学会学術大会のハイブリッド形式でのシンポジウムでは「SARS-COV-2感染症でCHDFを施行している患者にはアビガン?を多めに投与しているが、どれくらい量を投与したらよいかわからない」ということが話題になったが、MH式を使用する際に必要なVdが「0.34L/kg未満」となっているが、その値を代入すると透析による除去率は「少なくとも32.5%」と推算され(図11)、 20210526_11.png 透析とCHDFのクリアランスを比べるとクレアチニンに関しては、透析療法は週に3回、1回4時間だが常時行われると仮定すると5~10mL/min、CHDFで13~14mL/min(尿量があればさらにクリアランスが高くなる)なので、CHDF患者では透析患者よりも多めに投与する必要があることが分かる(図12)。

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引用文献
1)Furlan V, et al: Methadone is poorly removed by haemodialysis. Nephrol Dial Transplant 14: 254-255, 1999
2)Perlman R, et al: Intradialytic clearance of opioids: methadone versus hydromorphone. Pain 154: 2794-2800, 2013
3)Opdal MS, et al: Effects of Hemodialysis on Methadone Pharmacokinetics and QTc. Clin Ther 37: 1594-1599, 2015
4)Kreek MJ, et al: Methadone use in patients with chronic renal disease. Drug Alcohol Depend 5: 197-205, 1980
5) Linares OA, et al: In silico ordinary differential equation/partial differential equation hemodialysis model estimates methadone removal during dialysis. Daly AL. J Pain Res. 8: 417-429, 2015
6) Keller F, Wilms H, Schultze G, Offerman G, Molzahn M: Effect of plasma protein binding, volume of distribution and molecular weight on the fraction of drugs eliminated by hemodialysis. Clin Nephrol 19: 201-205, 1983
7) 平田純生, 金 昌雄, 上野和行, 田中一彦: 薬物の透析性. TDM研究, 14: 277-287, 1997
8) 平田純生, 和泉 智, 古久保拓, 太田美由希, 藤田みのり, 山川智之: 血液透析による薬物除去率に影響する要因. 透析会誌37: 1893-1900, 2004
9) 平田純生, 和泉 智, 古久保拓, 太田美由希, 藤田みのり, 山川智之: 血液透析による薬物除去率に影響する要因. TDM研究22: 142-1430, 2005
10) Urata M, Narita Y, Fukunaga M, Kadowaki D, Hirata S: A simple formula for predicting drug removal rates during hemodialysis. Ther Apher Dial 22: 485-493, 2018
11) Murakami M, Narita Y, Urata M, Ichigi M, Nakatani S, Fukunaga F, Kondo Y, Ishitsuka Y, Irie T, Kadowaki D, Hirata S: Revised Formula for Predicting Hemodialyzability of intravenous and oral drugs. Bllod Purif 9: 1-11, 2021


プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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