人それぞれに、いろんな夢があって、いろんな現実があって、みんな理想どおりになるとは限らないけど、夢を追い続けることは素敵です。夢は見なきゃ叶いません。だから僕は「夢中」って言葉が好き。「夢中」になっている自分が好き。「患者さん、自分、異性、家族、友人、いろんな人に対して夢中になれる何かを持ち続けましょう」。それが人を成長させる鍵だと思います。

  僕のことを話してみましょう。

  2歳になっても話せなかったので病院に連れていかれたが、単に頭が良くないだけだったみたい。3歳にようやく話すようになれたらしい。小学校4年までの4年間で1度も1/3の子が取れる「良い」を1科目も取ったことがなかった。たまに簡単な小テストで満点を取ると先生は答案用紙に「やればできる」って書いた。努力してないわけじゃなかったのに・・・・。ただ要領が悪かっただけなのに・・。

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  小学校の運動会、中学校のクラスマッチが大嫌いだった。だって50m走では一番遅い女の子と同タイムでみんなにからかわれて泣いたし、運動会ではいつも最下位だった。「今度のクラスマッチでは全員出場しよう」っていうことがあったけど、あんなにつらいことはなかった。だって案の定、僕が出ると点を取られるし、「僕が出たせいでクラスのバレーボールで負けた」って言われた。

  中学校の最初の中間試験では学年200人中130番だった。でも努力はしてたから期末試験で50番くらいに上がり、卒業前には20番位にはなれた。でも物理、地学、国語、特に古典、体育はさっぱりだめだった。今となっては好きになれるチャンスにめぐり合えなかったのかな?いやそのチャンスはあったんだろうけど気付かなかったのだろう。一番自信があったのは美術だった。一応、進学校に入学できた。でも高校を卒業するまで1度も女の子に声をかけられなかった。自分に自信がなかったから。

  ギリギリ入学できた大阪薬科大学での講義では先生が何を言っているのかさっぱり分からず、すぐにドロップアウトした。毎年、留年をかけて戦ってたから200人中の190番ぐらいの成績だったと思う。再試料を稼ぐためにアルバイトは30種類以上やった。でも、親に迷惑はかけられないから再試は強かった。

  成績もよくないし、要領もよくなかったから30床足らず、医師も3人だけの個人病院(透析専門の白鷺病院)に就職し、免許を持たない薬剤助手のおばさんに調剤を教えてもらった。ほかに薬剤師はいなかったから。このころは同窓会に出るのがつらかった。友人はみんな○○大学病院、府立○○病院、△市立○○病院って、すごいところばかりに就職していたから。自分に誇りをもてなかった。コンプレックスのかたまりだった。でもコンプレックスがばねになった。ちょっとやそっとじゃへこたれない自分を作ることができた。

  今じゃチャンスは誰にでもめぐってくるって思ってる。そのチャンスは「ある人との出会い」かもしれないし、「興味のあることとの出会い」、人から教わった、あるいは本に書いてあった「勇気を与えてくれる一言」かもしれない。とにかく自分を変える、自分を高める、モチベーションを上げる機会ってのは誰にでもめぐってくることだと思っている。多くの「成功できない人」はそれを感じなかったのかな

  ドキッとする瞬間、夢中になれる瞬間は誰にでもあるはず。それを忘れちゃったのかな?

  「物忘れ」といえば、僕ほど記憶力の悪い人は周囲にはいない。方向音痴だから、道も憶えられないし、人の名前も顔も覚えられない。人に紹介できるくらい「いい店」には何回でも行ったけどさっぱり憶えていない。人は神様じゃないからパーフェクトな人なんていない。人はみんないい面も悪い面も必ず持っている。

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  だけど進歩はしたい。人として成長はしたい。今になって考えてみると僕にとって「夢中」になれることがいっぱいあったことが、僕を育ててくれたんだと思う。おとなしい僕が世の中に知れたきっかけは月間薬事の連載と、その連載をまとめた「透析ガイドブック」という本だった。これを書く元となったのはたまたま病院の医局に置いてあった腎臓病に関する”The Kidney”という英語の本。いわゆる電話帳のような厚い本が3冊組の成書。さっぱりわからなかったけど、薬の部分はわかったので夢中になって訳して、要約を忘れないようノートに書き写した。そして数冊の英語の腎臓病の成書を訳し、わからない部分は原著論文を訳して補完し、ついに「自分ノート」が完成した。このころには英語の本の記述の間違いにも気づくようになっていた。そしてそのノートを基に本ができ、自然に「薬剤師」って仕事に夢中になって向き合えるようになった。僕のきっかけは夢中になれたことと、薬剤師って仕事が好きになれたこと。夢中になったら何でもできる。オタクは天才に勝てると信じたい(天才でオタクの人には勝てないけどね)。やっぱり、「夢はみなけりゃ叶わない」。ノートの片隅に以下の文章が書いてあった。多分、ぼく自身のオリジナルの文章だろうと思うけれど、誰かから聞いて書き留めたのかかもしれない。記憶力の悪い僕にはそれすらわからない。15457686_s.jpg  神様は万人に試練を与えるが、必ずチャンスも与えてくれる。時には試練がチャンスになることだってある。チャンスを与えられているにもかかわらず、頑張らなかったら、神様は後でもっとつらい試練を与えてくれる。そしてその試練はチャンスかもしれない。

プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)