第 23回 基礎から学ぶ薬剤師塾 Q&A
高齢者薬物療法と薬物動態の変化

 


アンケートでの質問


手束病院 楠本倫子先生

Q.いつもわかりやすく熱い講演をありがとうございます。
 バンコマイシン点滴静注用についてですが、MRSA感染症、寝たきりで高齢者、低アルブミン、SCr:0.8以下でも低体重の為CCr30mL/min未満でしたら他の抗MRSA薬を考慮すべきでしょうか?バンコマイシンを例えば負荷投与後は500〜750mgを24時間毎などの低用量を検討しても良いのでしょうか? TDMは外注になるので結果が出るのにタイムラグがあり、最近はあまりしていないのですがそれでも測る方が良いのでしょうか? 先生のお考えをお聞かせいただけたら幸いです。

A.抗菌薬TDM臨床実践ガイドライン2022ではバンコマイシンは「eGFR<30 mL/min/1.73 m2 の患者は腎障害発現率が高率になるので代替薬を考慮する」と記載されていますが、推奨度は一番低いⅣ(無効性や害を示す科学的根拠があり,行わないように勧められる)とされています。この引用文献の内容は「初期段階におけるAKIの有意な危険因子は、Cmin > 20 mg/L、ICU滞在、利尿薬またはピペラシリン/タゾバクタムの同時使用、および既存の腎機能障害であると特定された。」とありますので、テイコプラニンなどに変更した方が腎機能悪化の副作用は回避できそうですが、平田の個人的な見解では投与できないわけではないと思っています。

 TDMは積極的に行った方が、投与設計能力が身につきますので外注でも積極的にやってみましょう。腎機能として「 寝たきりで高齢者、低アルブミン、SCr:0.8以下でも低体重の為、CCr30mL/min未満」というのはいかがでしょう?寝たきりの方の血清Cr値は0.2~0.4mg/dLが通常ですので、eGFRは過大評価してしまうので、CCrの方がフィットしやすいのですが、高齢の小柄な女性であれば血清Cr値が0.8mg/dLであればCCr30mL/minを切りますが、0.7以下であればCCrはおそらく30以上あるでしょうし、男性で0.8以下であれば推算CCrは確実に30以上あるでしょう。ということでCCr>30でバンコマイシンが投与できるとすれば、体格にもよりますが、50kgであれば初回負荷投与は1.0~1.5gを投与し、翌日からの維持用量は500~750mg/日で投与して、TDM結果のトラフ値が解析ソフトの予測値よりも高ければ、より減量、低ければより増量して、様子を見てはいかがでしょう。低アルブミン血症ではクレアチニンの尿細管分泌の寄与が増大するため血清Crが低値になり、eGFRはGFRよりも高く推算されることも頭の中に入れておいてください。

引用論文
Hashimoto N, et al: Candidates for area under the concentration-time curve (AUC)-guided dosing and risk reduction based on analyses of risk factors associated with nephrotoxicity in vancomycin-treated patients. J Glob Antimicrob Resist; 2021 Dec;27:12-19.



帯広病院 吉田依里先生

Q.急性腎障害のように腎機能が刻々と変化している場合の腎機能評価で気をつけることを教えて頂きたいです。(腎機能が変化している段階だからeGFRの式を使ってはいけないと【熊本腎と薬剤研究会】過去の講義動画で拝聴しました。数時間で変化するから評価自体が難しいという解釈でしょうか?今回の講義内容からの質問ではないため、大変失礼致します。)

A.急性腎障害(AKI)であれば、腎機能が急速に悪化するため、ワンポイントの腎機能を測定しても、変動しているため、「AKIではeGFRを使ってはいけない」というよりも、ワンポイントのeGFRでは正確な薬物の投与設計はできません。その理由として、クレアチニンの産生速度は遅いため、腎機能が低下してゼロになったとしても、ゆっくり上昇し続け、定常状態になりにくいことが考えられます。通常は定常状態になるまで1~2日を要するとされるクレアチニンは100%腎排泄(腸内細菌によるクレアチニン分解がなければ)なので腎機能低下によりさらに定常状態になる期間が延長します。例えば無尿になってクレアチニンが全く排泄されない状態になるとCCrもGFRもゼロになっているはずなのですが、血清クレアチニン濃度はゆっくりとしか上がりません。それによって算出されるeGFRも速やかに下がってくれません(図1)。

 

 

だからワンポイントのeGFRでは投与設計しにくいのです。できれば複数ポイントのeGFRを算出して、悪くなりつつあるのか、腎機能がよくなりつつあるのか、そしてその悪化速度あるいは改善速度を把握した方がよいでしょう。例えば、図1のように無尿の状態が続けば、血清クレアチニン値は直線的に上昇し続け、血液透析か腎移植をしない限り、上がり続けるでしょう(ただしやがて尿毒症で患者さんは生き続けることができなくなります)。この場合、どこからも全く排泄されない血清クレアチニン値は定常状態にならないのですから。この血清クレアチニン濃度の上昇も筋肉量の多い若年男性ではより速やかに上昇し、筋肉量の少ない高齢女性では非常に緩やかにしか上昇しません。

 ただし無尿になった後、徐々に腎機能が回復すれば、クレアチニンが尿中排泄されるため、血清クレアチニン値の半減期は短縮し、直線的に上昇することはなく定常状態になって、eGFRとの乖離も徐々に縮小します(図2)。そしていずれ定常状態になり、数日以内に実際の腎機能とeGFRが一致します。この時点のeGFRによって薬物投与設計すれば、より有効で安全な投与設計ができると思います。

 

 

 とここまで書いてみて、eGFRは全く不明より、あった方がよいのですが、急性腎障害時には絶対値として信用できないので、正確な投与設計はできないのです。正確な投与設計を使用と思ったら実測GFRか実測CCrを測定するしかありません。

 ただしその間にeGFRに基づいてバンコマイシンが投与されていてTDMを実施してトラフ値が予測値以上に上昇してれば、実際の腎機能はeGFRよりも低いことが分かりますし、トラフ値が予測値よりも低ければ、実際の腎機能はeGFRよりも高かったと判断することができます。

参考文献
平田純生: 重症・慢性化を早期に防ぐ! 急性腎障害(AKI)の薬物療法. 月間薬事64: 3351-3356, 2022

プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

月別アーカイブ