3.適度な飢餓と運動が老化を防止し、若返る?
老化は避けられないものではなく、「病気」なのだ。病気だから薬や食事などで直すことができる。ただし一つの病気を治したからといって、別の病気で死ぬ確率が低くなるわけではない。私達に必要なのは、病気の全てを取り払うこと、つまり身体の衰えをもたらし、病的異常を伴う「老化という病気」を撲滅することである。老化を避けるための内容は今までにも言われてきた欧米化した食事ではなく低カロリーで食物繊維の多いものを摂り、運動などの生活習慣の改善だけでなく、薬物療法やサプリメントの摂取も深く関わっている。では具体的に何をすればいいのかについて要約してみよう。生体に適度なストレスがかかると、長寿遺伝子が始動する。例えば絶食、低タンパク質の食事、運動、高温や低温にさらすなどだ。これは加齢に関係なく、いつから始めてもよい。
(1)食べる量を減らすこと
肥満が健康に良くないことは様々な研究で分かっていることで、カロリー制限が長寿につながることは、周知の事実だ。具体的には
・野菜をたくさん摂取し、肉を口にするのはなるべく避ける。植物性タンパク質は良いが動物性タンパクは良くないからだ。プロテインにはアミノ酸が豊富でmTOR(mammalian target of rapamycin )を活性化して、筋肉量を増やす。ちなみにmTORを阻害すると、がん細胞の増殖や血管新生を阻害することができる。mTORの活性化は長寿にとってはデメリットになるが、後期高齢者でサルコペニアになるのを避けるには、運動したときに肉やプロテインを積極的に摂取するのはメリットになると思う(平田の考察)。著者も運動の時には肉を食べると言っている。
・mTORを働かせないようにすると、オートファジー(古くなったたんぱく質を再利用する働き)が促進する。オートファジーによるたんぱく質の再利用は健康寿命を延ばす。カロリー制限が老化防止に良いはこの作用による。肉や乳製品の摂取量を減らしても同じく、オートファジー活性化効果がある。
・1日どれか1食を抜くか、少なくともごく少量に抑えるようにする。カロリー制限のため週2日の断食とか、朝食を抜くのもよい。月に5日カロリーを制限する。間欠的断食でも効果は同じか高い。
・朝食を抜いて遅い昼食をとるもの(「16:8ダイエット」:例えば20時に夕食を摂ると、朝食は抜いて16時間後の12時に昼食を食べ、8時間以内に夕食を摂る)や、週に2日はカロリーを75%に減らすもの(「5:2ダイエット」)がある。もう少し挑戦したいなら、週に2~3日は食物をいっさい摂らない(「イート・ストップ・イート法」)のもいい。あるいは、健康問題の権威であるピーター・アッティア医師が実践しているように、毎月丸々1週間を空腹で過ごしてもいい。週に2日はカロリーを75%に減らすのもよいし、アミノ酸を少し制限するのもよい。ただし今井教授はMNMには昼間に高くなるというサーカディアンリズムがあるので、朝、しっかり食べて、その後に空腹時間を長く摂るようにしているらしい。
(2)運動療法
サバイバル回路を作動させることが有効ならば、それは食事以外の活動、例えば運動でも構わない。運動が遺伝子のスイッチを入れ、私達を細胞レベルで若返らせてくれる。
・毎週のジム通い。バーベルを挙げ、少しジョギング、サウナでしばらく過ごしてから、氷のように冷たい水風呂に浸かる。他にも、寒さに身を曝せばサバイバル回路が動作することが分かっている(暑さに身をさらすのがプラスに働くかははっきりしていない)。
・健康を増進する遺伝子を一番多く活性化したのは「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」だっ
た。HIITは心拍数や呼吸数が著しく上昇する。一般的に脂肪を減らす目的で行われているが、本書では高齢の被験者ほど、HIITによる遺伝子活性化効果が大きかったということ。
・運動するほどテロメアが長い。運動は体にストレスをかける。これもHIITの活性化効果が高い。断食と運動を組み合わせる必要がある。精進料理を食べて滝行で体を冷やし、高野山・真言宗の阿闍梨のように山中を歩き続ける修行はサーチュインとNAD濃度が上昇して長寿になれるかもしれない(図6)。
(3)薬物療法(薬剤師としての解説も加えています)
食事、運動以上にエピゲノム系を変えるツールは「薬」である。老化が病気であると認識して、きちんとそれに対処する薬物療法によって、老化を遅くしたり、健康寿命を伸ばせる。エピゲノム化に重要なのがサーチュインという遺伝子であり、この遺伝子を活性化させるのは適度なストレスだが、NADがないと働けない。NADが細胞質内のSIR2酵素の活性を高める。NADは加齢とともに減少するのでその前駆物質を補充してやらないといけない。体内ではNR(ニコチンアミドリボシド)は体内でNMNに変換され、NADに変わる。NRをサプリとして飲んでいるヒトもいるがNMNのほうが安定しており効果が高いのではないかと著者は推測している(研究としてはNRを用いたものが多い)。
他にも古い蛋白の分解やDNAの修復、老化細胞によって引き起こされた炎症を軽減するmTOR、代謝をコントロールしてエネギーレベルの低下に対処するAMPKなどの老化関連遺伝子として重要。これらは生体にストレスがかかると始動するので、低タンパク食やカロリー制限を行うことによってストレスをかける。
以下が長寿に効果のあると言われている薬物だ。
ラパマイシン(シロリムス):モアイ像で有名なイースター島の土壌から発見されたマクロライド系抗菌薬で免疫抑制薬としてPTCAの時に使われるステントに配合されたり、リンパ脈管筋腫症治療薬として用いられている。オートファジーを阻害するmTORを阻害し、NADの産生を促して寿命を延ばす働きを持つ。mTORを阻害することによる生命延長効果は動物実験ではわかっているもののmTOR阻害薬はもともと免疫抑制薬なので、感染症を発症しやすいし、消化器障害、蛋白尿や腎障害など多くの副作用があるためヒトでは臨床試験はやっていないようだ。
NMN:サーチュイン遺伝子を活性化させるのは適度なストレスだが、細胞質内のSIR2酵素の活性を高めるためにはNADがないと働けない。NADは加齢とともに減少するので、その前駆物質を補充してやらないといけない。体内ではNRは体内でNMNに変換されるので、NMNの方が効果的。本書ではNMNを摂取した高齢女性に止まったはずの生理が戻ってきたり、馬の生殖能力が回復した事例が報告されている。ヒトでの検証については今井教授が行っていて、動態的には吸収するためにはトランスポータが必要なものの非常に吸収が早く、枝豆、ブロッコリー、アボガドや血中に豊富なのでスッポンの生き血にも多いそうだが、NMNとして摂取したほうが現実的だ。今井教授らのマウスを使ったNMNの効果を図7に示す(Mills KF, et al: Cell Meta 2016 Dec 13;24(6):795-806.)。
メトホルミン:もともとはインスリン抵抗性を改善させ、安価なので欧米での糖尿病治療薬の第1選択薬。糖尿病治療薬としては①肝における糖新生を抑制し②筋肉・脂肪細胞でのインスリンの働きを良くする(糖取り込み促進)とともに③小腸からブドウ糖が吸収されるのを抑制する。ラパマイシンと同様、メトホルミンを摂取した場合もカロリー制限に似た効果が現われ、ミトコンドリアの働きを活性化し、エネルギーレベルの低下に対処するAMPK(AMP活性化プロテインキナーゼ: AMP-activated protein kinase)などの遺伝子を活性化することによって細胞内シグナル伝達系を刺激することにより、糖代謝を改善するとともにアンチエイジング効果を持つ。発がんリスク低減作用も注目されている。最近の報告では2型糖尿病患者の膵島ではオートファジー機構の不全があること、メトホルミンの添加がオートファジー機構の不全を改善することが明らかになっている。ただし、ラパマイシンのようにmTORを阻害するのではなく、ミトコンドリアの代謝反応を制限する方向に働く。ミトコンドリアは「細胞の発電所」ともいわれ、ブドウ糖などをエネルギーに変換する仕事をしているが、メトホルミンにはこのプロセスを遅らせる作用がある。すると、AMPKが活性化して細胞内にブドウ糖を取り込むのはメトホルミンの主作用だ(図8)。 AMPKは酵素の一種で、エネルギー量が低下したときにミトコンドリアの機能を回復させる機能をもつ。メトホルミンはSirt1(サートワン)というサーチュインファミリーのタンパクの活性(NADを使ってタンパクの脱アセチル化を進める)も高める。ほかにも、がん細胞の代謝を抑えたり、ミトコンドリアの数を増やしたり(ミトコンドリアの機能低下を補うために細胞がミトコンドリアをより多く生成しようとするため)、折りたたみ不全のタンパク質を除去したりする効果が明らかになっている。
レスベラストロース:Sirt1を活性化して寿命を延ばす。赤ワインに含まれ、カロリー制限と同様の効果が得られると期待されている。赤ワインだと1日100杯分のまないと効かないので、サプリメントとして大量摂取するのが現実的だ。
ちなみにSinclair教授が服用している薬物療法は以下の通り。ラパマイシンは免疫抑制作用に伴う様々な副作用が懸念されるためか、服用していない。
健康系・教育系Youtuberが「NMNはアマゾンでも売っているが、1日1gも摂ると高額で1か月10万円もする」という人が複数いたし、レスベラトロールも1日1gではかなり高額なものが多いが、海外からの輸入商品を丹念にチェックすると2021年6月現在の最安値はアマゾンではなく楽天でNMNは6.95mg/円、他のサイトでの海外商品レスベラトロールは16.16mg/円であった。1日推奨摂取量はSinclair教授自身にも分かっていないので、きっと十分量を摂って、余ったものは尿中に捨てればいいと思っているはずだ。そして欧米人に比べて日本人は小柄ということを併せて考えてみれば、それぞれ1日500mgを摂るとするとNMNは1日78円、レスベラトロールは1日30.9円。1日100円と考えれば、決して高い金額ではない。
(4)意外と健康に良くないもの
一般的に筋トレに有用とされている分子差鎖アミノ酸(BCAA)の中で、特にロイシンは良くない。筋肉がつくのはロイシンがmTORを活性化するからだ。ベジタリアンが長寿である理由も同じ。赤肉に含まれるカルニチンは腸内細菌によって、心血管病変を悪化させる尿毒素トリメチルアミン-N-オキサイド(TMAO:本ブログのわかりやすい細菌と抗菌薬の話 第12回参照)に変換されるになるためよくない。ということで肉は良くない。メチオニンはオートファジーを抑制するmTORを活性化するので、摂取を制限する。
抗酸化サプリはCoQ10,α-リポ酸、ビタミンE、アスタキサンチンなど長寿とは無縁だ。様々なサプリメーカーが長寿を謳っているだけで、論文で証明されているものではない。レスベラトロールは抗酸化サプリとしても発売されているが、sir2酵素を活性化することによって寿命を延ばす作用が証明されている。
あとがき
Sinclair教授はオーストラリア出身でハーバード大学医学部の老化と寿命延長の生物学に関する医学研究者です。1969年生まれなので私よりも15歳若いのですが、2013年にはシドニーのオペラハウスでTED Talkで講演をされています。とても人を惹きつける講演内容であり、Youtubeで見れます。日本人ではワシントン大学の今井教授も長寿遺伝子の研究をしており、母校の慶應義塾大学での講演でYoutubeでのリーダーシップのあり方、講演のテクニックに関しての講演も秀逸です(これは日本語)。
この研究成果を見て、高齢者がどんどん増えていったらどうなるんだ、と考える人も多いかと思いますが、健康寿命が高くなれば、若年者が少なく未来の希望の光の見えない日本でも、元気な高齢者が社会を活性化できればいいという考え方もできると思います。
長寿遺伝子の研究はいまだ完成されているとは思いません。でも10年後、20年後、現在行われているヒトでのデータが蓄積すれば、戦前までは結核や肺炎などの感染症が不治の病だったのが、今では抗菌薬で簡単に治癒できるのと同じように、「あの頃の平均寿命は80歳くらいって言われてたけど、今は80歳じゃまだまだ現役で仕事ができるものね(現に平田が子供のころの60歳は腰の曲がった老婆か完全なご隠居さんのイメージだった)」という時代が来るかもしれません。60歳代の現役プロ野球選手、60歳の横綱が生まれ、80歳のマラソンランナーが3時間以内でフルマラソンを完走できるのは、ひょっとしたら将来的にはありかもしれません。ただし超高齢のねたきり末期心不全患者がジョギングできるようになる、透析患者の尿量が増えて透析が不要になる、老眼も白内障も緑内障も完治するようになるには幹細胞移植の助けも必要になるのではないでしょうか。
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わが国の高齢化率は2位のイタリア以下を5ポイント近く大きく引き離して、圧倒的な超高齢者大国になっており、これがさらに2042年まで上昇し続けるといわれています(図1) 。 日本の医療は、高齢者薬物療法の問題が顕在化しており、私もこれについて講演したり執筆する機会が増えています。平均寿命は2019年、男81.41歳(65歳の平均余命は19.83歳)、女87.45歳(65歳の平均余命は24.63歳)といわれていますが、介護が不要な健康寿命は2013年の厚労省のデータによると男71.19歳、女74.21歳です。10~13年、介護が必要というのはつらいものです。今、超元気でありながら、見た目は着実に老化の一途を辿っている現在66歳の平田(図2)にとって健康寿命はこのデータによるとあとわずか5年なのです。 この5年間のうちにできることはやっておきたい、悔いは残したくないから。
腎機能は良くはならず加齢とともに低下していくのと同じように、老化は避けて通れないものと、誰もが考えているでしょうが、非常に著名な医学者のDavid A Sinclair教授が2019年に著し翌年邦訳された「ライフスパン 老いなき世界 人類は老いない身体を手に入れる(原題:Lifespan: Why We Age – and Why We Don’t Have To)」が話題になっています。内容は今はやりの「健康本」や「ダイエット本」ではありません。ちゃんと査読の厳しいNature, Cell, Scienceなどの医学のトップジャーナルに掲載された根拠のあるものです。500ページ近くあって、とてもわかりやすく書いているものの、科学に疎い人には内容的には難しいのですが、非常に興味深く、インパクトの強い内容、すなわち老化を防ぎ健康寿命を増やす(だけでなく最高寿命も増やせる)方法について記されています。書評はこのブログでは初めてですが、とても興味深かったのでワシントン大学の今井教授のNMNというニコチン酸誘導体に関する仕事や、平田の薬剤師としての持論も交えて解説してみたいと思います。
1.何故生物は老いて死ぬのか
かつては、そして今も老衰や高齢による衰弱は主な死因であり、加齢に伴い疾病数は増え、高血圧、糖尿病罹患率も上昇する。現在の医療のようなもぐらたたきのように、個々の病気を治療するだけでは健康寿命は伸ばせない。老化は一つの病気であり、治療できるというのが本書の内容だ。なぜ老いるのか?我々の体にはDNAの損傷が見られるとき、つまり厳しい環境下では細胞の増殖を遅らせることで、損傷が治るまで自身の修復にエネルギーを振り向ける仕組みが備わっている。これまでの生命科学ではDNAの損傷、恒常性の消失、ミトコンドリアの機能の低下などの様々な要因によって老化が起こると考えられてきた。それは間違いではないが、「そもそもどうして老化現象が表れるのか」については解明できていなかった。著者は、これら諸要因に共通する「唯一の原因」を探し出した。それは「エピゲノム情報の喪失」である。つまり老化とは情報の喪失によるものだ。
ここでエピゲノムについて説明しておこう。体内には2種類の情報がある。1つはデジタル情報であり、A, G, C, Tで表される核酸塩基がこれに該当する。もう1つはアナログ情報であり、これは「エピゲノム」と呼ばれる。DNAの塩基配列を変えることなしに、細胞内での遺伝子発現の仕方を変えることを「エピジェネティクス」という。この「DNAによらないアナログな仕組み(DNA塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現を制御・伝達するシステム)」が、老化を止めるための重要な要素である。例えば同じ遺伝子を持っている一卵性双生児であっても環境の違いによってアナログ情報であるエピゲノムが変化すると、有名な写真の図3のように変化する(左が喫煙者、右が非喫煙者の双子)。 わかりやすく説明するために著者は「ゲノムをピアノだとすればエピゲノムはピアニストのような関係である。ピアノの大きさや形は変えられない。芋虫は人間になれないが、その代わり、変態の過程でエピゲノムが変化することにより、ゲノムの配列自体は何も変わらないのに蝶へと変身する。」と説明する。エピゲノムはDNAの損傷など、細胞が大きく傷つけられたとき、機能不全が生じる。ピアニストで言えば、「レ」の音を必ず間違えて演奏しつづけるようなものだ。たった一度のミスなら気にならないが、これがずっと続くと不協和音となり協奏曲全体が崩壊していく。この情報変換のミスが老化なのだ。老化という身体の変化はこのようにして起こっているのだ。
なぜ、「DNAによらないアナログな仕組み」が、老化を止めるための重要な要素になるのかというと、老化は昔からDNAの変質によって引き起こされる不可逆的な現象だと捉えられてきた。老化の症状に影響する遺伝子はすでに見つかっているが、実は老化の原因となる単一の遺伝子は見つかっていないからだ。私達の遺伝子が老化を引き起こすために進化したわけではないからである。であるならば、エピゲノムという可逆的なアナログ情報に生じたエラーを取り除くことができれば、若いころのDNAを復活させることができるはずなのだ。
2.老化の情報理論
老化の典型的特徴の1つ1つがなぜ起きるのかは、老化は情報ミスであるという「老化の情報理論」で説明できる。この理論は、一見ばらばらに思える老化の要因を、普遍的な生死のモデルへと統合させることが可能で、それを分かりやすく表すと以下のようになる。
若さ→DNAの損傷→ゲノムの不安定化→DNAの巻きつきとエピゲノムの混乱→細胞のアイデンティティの喪失→細胞の老化→病気→死
エピゲノムは「クロマチン」という構造にしまわれ、いくつかに分割された上で「ヒストン」というごく小さな珠状のタンパク質に、ヨーヨーのように巻きついている(図4)。 「エピゲノム」とは、わかりやすく言えば「どの遺伝子を使い、どの遺伝子を使わないかを決めるスイッチ」のようなもので、DNAと違って化学物質・ストレス・その他の外部からの刺激などの要因によって変化する。このモデルのDNAの巻きつきとエピゲノムの混乱→アイデンティティの喪失には、サーチュイン(sirtuin)という寿命を調節する酵素が重要な役割を果たしている。サーチュイン遺伝子の働きは災害対応部隊の指揮官のようなものであり、DNAが損傷したとき、普段の仕事、つまり遺伝子の制御を通して、細胞がアイデンティティを失わないようにすることを手放して、損傷個所に修復にかけつける。
ここでサーチュインが酷使される=DNAの損傷が頻発することであり、生殖など生命本来の仕事に手が回らなくなり、生命に深刻なダメージが及ぶ。このゲノムの混乱状態が「老化」なのだ。つまり老化は遺伝子変異ではく、DNAの損傷を引き金とするエピゲノムの変化によってもたらされているのだ。エピゲノムの混乱を収束してやれば、若いころのDNAがまた動き出す。つまり老化は可逆的で治療可能ということになる。酵母を用いたサーチュイン遺伝子の研究結果から、酵母の寿命を延ばすのはSIR2遺伝子であることが明らかになった。細胞が作り出せるsir2酵素の量には限りがあるが、sir2を増やせれば、細胞内に十分な量ができ、いつもの仕事とDNAの修復を並行して行えるようになるはずだ。マウスの実験ではサーチュインを活発化させるNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)を混ぜた餌を与えたら、ヒトに例えると65歳の老齢マウスが通常のマウスでは生涯に走り切れないくらいのウルトラマラソン級の距離を走り続けて、走行距離計を壊してしまった。老齢マウスのサーチュインを活性化させる酵素が増え、エピゲノムが安定してミトコンドリア数が増加し、あらたな毛細血管ができて若返ったのだ。
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