薬剤師としての疑問解決
6月の終わりにAさんの症状は改善し退院した。しかし薬剤師としての疑問は残ったままである。
①非常に低い遊離型濃度なのにピーク値付近では不整脈を抑えられたこと。②総濃度は有効治療域内にあるのに強力な抗コリン作用が発現したこと。この2点の疑問を解く鍵はクロマトグラムにあった。腎機能正常者のクロマトグラムには小さなピークとしてしか現れないジソピラミドの前のピークが必ず、Aさんのクロマトグラムでは振り切れるくらいの巨大ピークとして現れるのだ。使用しているカラムはODSカラム、つまり逆相分配クロマトであるため、水溶性のものほどretention timeが早い。「腎臓は水溶性薬物を排泄する。肝臓は腎臓で排泄されやすいように薬物を極性の高い代謝物に変換する。そのため代謝物は親化合物よりも極性が高い。」と、ある薬物動態の教科書に書いてあったことを思い出した。ジソピラミドの代謝経路を調べた。ラッキーなことに1つの経路しかない。脱アルキル化されてmono-N-dealkyldisopyramide(MND)になる。インタビューフォームによるとMNDには活性があるらしい(図1)。
早速、2つの原著論文を取り寄せると同時にジソピラミドを製造しているフランスのルセルに英文でMNDの原末を取り寄せるべく手紙を書いた。取り寄せた文献によると動物の様々な不整脈モデルでジソピラミドの1/4から同等の抗不整脈作用を持つことが明らかになった。これで①の疑問は解決するかもしれない。そしてさらにMNDの抗コリン作用についてPubMedを使って文献検索した。ある文献のAbstractを見て思わず鳥肌が立った。「MNDは親化合物の24倍の抗コリン作用を有する」と書いてあった。これで②の疑問も解決するかもしれない。9月のはじめになってようやくMNDの原末がフランスから届いた。早速、HPLCに注入した。そして見事、Aさんのクラマトグラムで必ずジソピラミドの前に現れた巨大ピークと一致した(図2)。
これで薬剤師としての疑問は何とか解決できた。つまり①非常に低い遊離型濃度なのにピーク値付近では不整脈を抑えられたのはMNDに抗不整脈作用があったため、②総濃度は有効治療域内にあるのに強力な抗コリン作用が発現したのはMNDの抗コリン作用が強力であったためと考えた。