殺菌性の抗菌薬はなぜか腎排泄
2,000種類以上ある薬物のすべてについて腎排泄性か肝代謝性かを片っ端から記憶することは容易ではない。というか多すぎて超記憶力の良い特殊な方にしか勧められない。くすりオタクだけど記憶力が悪い(というかほとんどない)筆者はどうやって克服したかというと、少ない例外の薬物を覚える方が、楽なので、少ない方の腎排泄性薬物だけ覚えた。そのおかげで肝代謝型薬物は覚えなくてもだいたいわかるようになった。だって、図を見ればわかるように薬物の7割以上が肝代謝、5%程度のレアな胆汁排泄を除けば残りの2割だけが腎排泄だからだ。でもこの図はトップ200の薬物だけなので、いずれは2000くらいある成分でどれくらいの割合になるのかを検証してみたいと思う。
たとえば向精神薬は基本的に血液脳関門というタイトジャンクション(密着結合)を通過できる脂溶性の薬物なので、腎臓を通って糸球体でろ過されても近位尿細管で再吸収されため、尿中に排泄されない。ただしアマンタジンやプラミペキソールなどの有機カチオン輸送系を介して尿細管分泌されて尿中に排泄される脂溶性薬物や炭酸リチウムのように分子量が非常に小さい水溶性薬物などが例外的にある。
平田の薬剤師塾のHPの右下のカテゴリの中の「育薬に活用できるデータベース」の「1.腎不全」にある「8.腎機能低下に関わらず通常投与可能な薬物(表1)」は文字通り腎排泄性ではないため、腎機能低下に伴い減量する必要がない肝代謝性薬物ばかりをまとめている。「育薬に活用できるデータベース」には記憶力の悪い筆者が忘れないように50近くの一覧表にまとめたものであるが、1つ1つが大きな表なので、ここでお見せできないのが残念である。この表の中で青色の薬効群で腎排泄性のものはない。それ以外の白色の部分はそれぞれ例外が少なからずあるので、ちょっと覚えにくいのはご容赦願いたい。抗菌薬は本来ならばもっとたくさんの分類になるはずだが、脂溶性の薬物が少ない傾向にある。
じほうの腎機能別薬剤投与量ポケットブック第3版(日本腎臓病薬物療法学会 腎機能別薬剤投与方法一覧作成委員会編)には2,193の薬物が収載されていまるが、この中で抗菌薬は108薬物あり、この中で肝代謝型抗菌薬は非常に少ない。主だったものを表2に示すが、殺菌性の抗菌薬は80薬物、静菌性抗菌薬は28薬物で圧倒的に殺菌性のものが多く、腎排泄か肝代謝か不明なもの(経口抗菌薬などでバイオアベイラビリティが不明なもの)を除くと、殺菌性抗菌薬の93%が腎排泄で腎排泄でないものはモキシフロキサシン、ノルフロキサシンくらいで、もともと脂溶性で組織移行性が高く分布容積が1~5L/kgと高いキノロン、蛋白結合率が90%と高いため腎排泄されにくいセフォペラゾンなどごくわずかだ。静菌性抗菌薬で腎排泄型はST合剤くらいのもので、わずか7%に過ぎない。「殺菌性の抗菌薬はなぜかほぼ腎排泄」なのだが、この理由を説明できる人がいればhirata@kumamoto-u.ac.jpまでご連絡いただきたい。
殺菌性抗菌薬はほぼ腎排泄性なので、高齢者には特に初日は過小投与にならないように
加齢に伴い栄養状態が不良になり、免疫能も低下して感染症に罹患しやすくなる。肺炎による死亡者の97%が高齢者であり、加齢に伴い肺炎の死亡率が高くなる。これは嚥下能力低下による誤嚥性肺炎が増えることも寄与している。そのため殺菌性の抗菌薬は免疫能の低下した高齢患者にはなくてはならないが、殺菌性抗菌薬の90%以上が腎排泄性である。用量依存性の副作用がほとんどないβラクタム系やホスホマイシン、殺菌力の強いアミノグリコシド系、MRSAの切り札のグリコペプチド系やダプトマイシン、耐性緑膿菌の切り札であるコリスチン(腎毒性が強いことは覚えておこう)はすべて水溶性で腎排泄性の殺菌性抗菌薬である。
高齢者に慢性疾患治療薬を投与する際には腎排泄性の薬物ではなくても低用量から効果・副作用のモモニタリングをしながら漸増すべきである。ただし感染症は急性疾患なので抗菌薬を腎機能の低下した高齢者に投与する際には初日は常用量投与して、迅速に有効治療濃度に上げないと速やかな効果が得られない。急性疾患に対しては迅速な有効性を重視することが肝要であり、この考え方は抗菌薬の耐性化防止にも役立つ。抗菌薬の初回投与設計に関しては悔いのないよう「安全性」よりも「有効性第一」に考えよう。これは安全性の高いβラクタム系でもTDM対象薬のバンコマイシンでも同じある。