SGLT2阻害薬による心腎保護作用と急性腎障害抑制作用~ケトン体って何よ?~
6日目 人類の歴史のほとんどでエネルギー産生の主役は ブドウ糖ではなくケトン体だった?

(1)人類はケトン体を主要エネルギーとしていたかもしれない

 200万年前にホモ属が誕生し、20万年前に東アフリカでサピエンスが誕生しましたが、人類は長期間、ずっと狩猟採集生活、つまり主な食物は狩りで得た肉類と木の実(ナッツ)、つまり低糖質食(ケトジェニック食)でしたので、長期間、ケトン体がエネルギー産生の主役だったと考えられます(図1)。低糖質食の摂取によって肝臓で脂肪がβ酸化によってアセチル-CoAになってβ-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンなどのケトン体となって血流に乗って各臓器で効率の良いエネルギーとして消費されていたのです(図2)。体脂肪は現代人では体重の10~20%ありますが、インスリンの働きによって増えますので、果物や獲物が見つかった時には食べるだけ食べて、飢餓に備えて太る必要があったのではないでしょうか?女性で10kgの体脂肪があると90,000kcalで、1日1500kcal必要とすると60日分になるので、飢餓状態においては脂質が生体・細胞維持に必須であるATPの重要な産生源になっていたはずです。食物が安定して獲れなくても女性は妊娠・出産のために皮下脂肪を蓄える必要があったのだと考えると女性で皮下脂肪がつきやすいことが納得できます。

 最後の氷河期が終わって、5,000年前(イスラエルの歴史家で哲学者でもあるユヴァル・ノア・ハラリ氏による「サピエンス全史」によると12,000年前に農業革命が起こったとしています)の新石器時代になって農耕・牧畜が始まり、糖質である穀物を主食にしはじめ、ブドウ糖がエネルギー源になったと考えられますが(図3)、糖質のグリコーゲンは大人でもせいぜい300g程度しか蓄えられず、1日で枯渇してしまいます。人類が農耕をはじめてからも天災や干ばつによる飢饉で、食事量は十分ではなかったはずですから、やはり糖質中心の食生活になってもケトン体は必要なのだと思われます。さらに18世紀末に起った産業革命によって、穀物の生産量が飛躍的に向上して、摂食カロリーが増加し始めました。玄米・全粒粉パンから白米・白パンなどの精製穀物となって糖質過多で飽食の時代、2型糖尿病や肥満が富裕層だけではなく、ファストフードや清涼飲料水、菓子など発展途上国でも、最も安上がりなカロリー源の炭水化物が主食になったのは数十年前の極めて最近のことではないでしょうか。

 つまり人類の歴史の99%以上が低糖質食で、1%足らずが現在の高糖質食だったと考えると、糖質よりもケトン体を利用する方が都合がよいようにヒトの体ができていると考えることもできます。前述の「サピエンス全史」でも人間は農耕によって人口は増えてサピエンスという種を守ることはできたものの、もともと狩猟に適した体型をしており、農耕に向いた遺伝子を持っていなかったから、腰痛に悩まされ、栄養状態も悪く様々な病気に悩まされたはずと指摘しています。DNAは糖質制限食向きに作られていたのです。ただし現在でも、摂食不良や激しい運動時や糖質制限食を摂取すれば、体内のブドウ糖が枯渇する状態となった時に、ブドウ糖に代わるエネルギー源として脂肪からケトン体が肝臓で産生されます。通常時の心筋は脂肪酸を60-70%、ブドウ糖を30%エネルギーとして使用しており、糖質摂取が少なければ脂肪酸から産生されるケトン体も代替エネルギーになり、脂肪酸のβ酸化を介した、エネルギー効率が高いケトン体を利用するのが高いエネルギーを必要とする心臓にとっては都合がいいのだと思われます。

 そして大量の糖質を尿中に捨てるSGLT2阻害薬を服用すると、低糖質食を摂取したのと同様の生体内環境になって、ケトン体がエネルギー産生源の主役になるのではないでしょうか。絶食などで惹起される血中ケトン体濃度上昇(これをケトーシスと言います)では重篤なアシドーシスはならず、著しいインスリン作用不足によって、あるいはアルコール過剰摂取によってケトン体が高濃度になると、アシドーシスとなって毒性を示す可能性があるといわれています。糖尿病患者にとってケトン体は糖尿病ケトアシドーシスの原因物質であるというマイナスイメージがあります。しかし最近の研究ではケトン体、特にβ-ヒドロキシ酪酸には5日目に説明したとおり、心筋細胞に負担をかけることなく心機能を改善させる、血管内皮機能改善作用、抗炎症作用、酸化ストレス軽減作用、脂質異常改善あるいは抗老化作用などの生理活性があるなど、様々な有益性が明らかにされつつあります(図4)1)。

 

(2)ケトアシドーシスについて

 ケトン体は以前は猛毒のように恐れられていたのです。糖尿病性ケトアシドーシス(DKA)は1型糖尿病などで、インスリン欠乏が高度でグルカゴン分泌過多になると、脂肪分解に歯止めが効かなくなって多量のケトン体が蓄積してDKAという死に直面する病気になります。これを熟知している糖尿病専門医がなかなか「カロリー制限食」から抜け出せないのは、まさにケトン体の蓄積による悲惨な病態を多く経験しているからかもしれません。

 DKAは高血糖の症状と、悪心・嘔吐・腹痛などの消化器症状、また大量のブドウ糖が尿中排泄されることで起こる浸透圧利尿により、体液や電解質が失われることで脱水状態になります。脱水・アシドーシスにより低血圧や頻脈、速く深い呼吸(クルマウル呼吸)がみられ、吐いた息にはアセトンが含まれるため、果物のような香り(呼気アセトン臭)がする。意識障害や横紋筋融解症をきたすこともあります。特に1型糖尿病ではシックデイでインスリン注射をしなかったときなどにみられることがあるようです。DKAの本体はアシドーシスと脱水であるため、治療は輸液・インスリンの投与ですが、インスリン投与により細胞外液から細胞内にカリウムが取り込まれるため、その後のカリウム補給にも配慮する必要があります。

 2型糖尿病でも口渇により糖分を含む清涼飲料水を多飲する血糖値が1,000mg/dL近くになるとみられ、ソフトドリンクケトアシドーシスと呼ばれていますが、多くは軽症だそうです。SGLT2阻害薬によるケトアシドーシスの約1/3が正常血糖ケトアシドーシス(血糖値<300mg/dLで起こる糖尿病性ケトアシドーシス)だそうですが、これについては8日目に詳述します。

 

(3)ケトン体についての基礎知識

 最後に薬剤師目線でケトン体の動態・物性について考えてみましょう。アセトンは血中には存在せず、呼気中に排泄されますが、アセト酢酸とβ-ヒドロキシ酪酸は水溶性で、強い酸性物質で蛋白結合しません。血中のケトン体濃度の基準値は総ケトン体:26-122µmoL/Lで、そのうちアセト酢酸が13- 69µmoL/L、β-ヒドロキシ酪酸が0-76µmoL/Lとされており、ケトーシスとは血中ケトン体濃度が200µmol/L以上に増加した状態と定義されているようで、呼気や汗からもアセトン臭がすることがあります。

 糸球体濾過されたケトン体は近位尿細管でトランスポータによって再吸収されますが、多くのトランスポータと同様、再吸収閾値を超えると尿中に排泄され、それが尿中ケトン体として測定されます。したがって通常では尿中にケトン体は検出されませんが、尿中にケトン体が出ていると熟しすぎた柿やリンゴのような甘酸っぱい「ケトン臭」がします。尿試験紙法によるケトン体の定性は主にアセト酢酸と反応します。ケトン体は肝臓で脂肪(食べた脂肪から先に分解し、体脂肪はあとで分解する)が分解されて産生される中間代謝産物で通常、血中には存在しませんが、糖尿病、飢餓状態、激しい運動、高脂質低糖質食(ケトジェニックダイエット)、外傷や手術後、重篤な感染症などでブドウ糖がエネルギーに変換されなくなると、肝臓で脂肪組織から引き抜かれた中性脂肪から産生される遊離脂肪酸が分解されてエネルギー源としてのケトン体が産生されます。血中に放出されたケトン体は骨格筋、心臓、腎臓、あるいは飢餓時の脳など多くの臓器でエネルギー源として利用されますが、肝臓ではエネルギー源にはなりません。赤血球もブドウ糖のみをエネルギーとするためケトン体は使われていないようです。

 

引用文献
1) Yuriska S, et al: J Am Coll Cardiol 77: 1660-1669, 2021

 

 

プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)