熊大の教授になれたなんて夢のようなこと
 大阪での薬剤師のころの経験から熊大薬学部に来ることができて、学生たちにいつも言っていたことは「処方箋を書く医師は薬物動態と相互作用に関しては医学部ではほとんど教えられていないのだから、薬剤師がカバーすべき。そのために薬剤師の存在価値がある。でももっと根本にかえって考えてみると、もっと本当に大切なものがある。薬剤師は医療者なんだよ。医療者に共通して絶対に必要なものは優しさと愛じゃないですか?僕は薬剤師として頑張って有効で安全な薬物療法を提供し、患者さんの不安を取り除くことによって患者さんに感謝され、他の医療スタッフからも感謝され信頼される。医療者の魅力はボランティアのような仕事をして、しかも給料をいただける。それはそれはありがたい仕事じゃないですか?」と。でも信頼されるようになるにはそれなりの力も必要だ。患者さんを助けたいという気持ち、患者さんのために何とかしてあげたいという気持ち、その熱意と優しさが、薬剤師としての力をつけたいというモチベーションに繋がるのではないかと思うようになった。20200605.jpg
 熊大で、よく講義中に話題を変えると、元の話題に戻れなくなり、「さっき僕は何について話してたっけ?」と学生に問うことがある。これは年を取ってボケたんじゃない。以前から頭が悪かった、特に記憶力は飛び切り悪かっただけのこと。まだまだ他人に劣ることはいっぱいある。未完成の自分、足らないことだらけだ。
 いやなこともそりゃ人間だから、たくさんあるが、それ以上にやりたいことがあるってことは本当に素敵なことだと思う。でも学会の理事長になり、大学の教授になり、僕にとっては雲の上の人のような方ばかりと付き合えるようになって、強い戸惑いを感じることが多々あります。
 いつも思うことはまだまだ僕は足らないことだらけの欠陥人間だなということ。いまだに英会話の勉強をしないとレベルが保てないし、統計も病態も薬理学も動態も勉強し直さないとどんどん進歩する薬物療法についていけなくなってくる。新薬についても勉強しなくては・・・・。ああ若いときにもっと勉強していたらなぁって、後悔することばかりの今日この頃です。

神戸に転居して
 2020年3月、新型コロナウイルス騒ぎの中、熊大を定年退職し、4月から本社が芦屋のI&H株式会社(阪神調剤グループ)から声をかけていたき、神戸に住むようになった。心機一転、保険薬局で頑張っている薬剤師さんをいっぱい見つけて、将来の薬剤師としての夢について語り合いたい。関西地区でも「平田塾」を開催してみたい。20200605_2.jpgまだまだいろんな本を書いてみたい。どんどん学会発表して、論文もかけるような力のある薬剤師を育ててみたい。体はいたって元気いっぱいなので、老け込むことないし、65歳になっても夢をもって仕事を続けられるってことは、とても幸せだとつくづく思う。あ~薬剤師になってよかった!


僕はエリートじゃない。
 前から何度か言ったことがあるかもしれないけれど、小学校の時の成績はひどかった。4年生になるまで3人に1人は取れるはずの「良い」の評価が1つもなかった。いつも先生の話すスピードが速いため、理解力がついて行けなかった。割り算のやり方がさっぱり理解できなくてトラウマになったこともあった。何をやっても遅い、運動も何をやっても全くダメな生徒ということでいつも名指しで担任にいじられた。そのせいか給食で食べるスピードを上げることに熱中し、1~2番に食べるのが早かった。こんなことでしか1番になることができなかったのだが、今にして思えば、この早食い癖は健康には良くないなと思う。ただ僕は子供のころ、よく妄想するのが好きだった。すごい発明家になる妄想、総理大臣とディベートする妄想、それと夢中になると寝食を忘れて熱中する子供だった。
 でも中学に入り丁寧に教えてくれる先生の成績は良くなった。クラス40人中23番だった1年生の1学期から徐々に10番内に入り、卒業時には5番内に入るようになり、小学校の時には普通科に入れるとは思いもしなかったが、一応進学校の普通科の高校に入れた。今思うとそんなに一流校ではないが小学校の時には僕にとってはあこがれの高校だった。同級生たちは「小学校のころからひどい成績だった平田が何で合格したの?」と不思議がっていた。15430928_s.jpg
 中学校や高校では運動音痴の僕にとってクラスマッチは本当に嫌だった。「平田のせいで負けた」とは言われなくても、そんな視線を感じて殻に閉じこもり、女子生徒とは全く話ができない、人前では全く話ができない、とても暗い高校生活だった。

大阪に来て20歳になって自分の考えを持てるようにはなった
 暗かった広島時代から大阪薬科大学に入学して大阪で下宿生活を始めるといろんな友達ができたし、先輩たちにもかわいがってもらった。でも19歳までは葛藤、苦しみ、自己否定、悩みだらけの情けない毎日だった。このころ人生について考えるようになって高野悦子の「20歳の原点」などの本をたくさん読んだ。自分のオリジナルの考え方を全く表現できない子供だったが、先輩や友人の助言をもらって自分自身の考え、自分自身の個性、独自性、アイデンティティが芽生え始めたのは20歳の時。

100床以下の個人病院で埋もれていた誰も知らない20年近くの薬剤師時代
 それ以来の平田の考え方は65歳になった今でも基本的には成長していないと思う。一個人としては物忘れがひどく、よく失くし物をし、全く運動神経がなく、方向音痴の頼りない人間でしかない。ただ好きでい続けること、少年のように夢中であり続けたこと。誰かの影響で「何かを始めなくっちゃ」と思うようになってドキドキワクワクすることがあると熱中する性格だった。いわゆるオタクです。40歳になってやっとわかったことは熱中すると集中力が出ることだ。いつもは出ない能力がその集中力のおかげで出せるようになる。15457686_s.jpg
 誰もが時がたてば仕事には慣れる。そして時間がたてばある程度の技量も身につく。でも人並外れて伸びる人になれるかなれないかは「何のためにやっている」かを理解できているかどうかの違いだと思う。僕の場合、40歳になって「目の前の患者さんのために」と思ってやると本当に重要な仕事をやっているのだと思えるようになって、かけがえのないものに対して集中することができるようになった。やっと自分自身の考えによってかけがえのないもの、つまり「薬剤師という仕事」に夢中になれたことが自分自身の宝になった。ただこのようにして年月を積みかさねることによって成長しているように見えているだけかもしれないが・・・。本当の大人になるのに20年もかかった。
 やらなかったことで後悔することはすごくたくさんあるが、やったことに対して後悔したことはほとんどない。トライして失敗したことに対する後悔よりもやらなかったことによる後悔の方がはるかに悔しいと思う。


志の春さん真打昇進 おめでとうございます!
 

 20200520_1.png昨年2020年11月に熊本で開催された第13回日本腎臓病薬物療法学会を独演会で「トリ」を務めていただき、閉会式も平田とのトークで盛り上げてくれました立川志の春さん、覚えてますよね。帰国子女でフォード、ブッシュ父子、クリントン、ヒラリーも卒業したイエール大学卒の秀才です。2002年に26歳でたまたま入った落語会で立川志の輔さんの落語を聞いて「これだ!」と思い、遅めの入門。2011年に9年かけて二つ目に昇進。まだ真打ではなかったのであまり有名ではありませんが、新作も古典も非常に面白い実力者で落語会だけでなく英語落語や執筆活動も熱心にやっていらっしゃる。学会でも皆さん、大爆笑していただきました。
 立川流、特に師匠の志の輔さんは非常に厳しいのです。年功序列ではなく実力がなくては二つ目にだってなれないのです。20200520_2.pngでもその辺の「真打」と称している落語家さん、テレビでよく目にする有名な落語家さんよりも古典も新作も志の春さんの方が圧倒的に面白いと僕は思っていますが、2020年4月1日付で「真打」に昇進されたそうです。誠におめでとうございます。真打昇進披露興行は東京でも千葉でも絶対に見に行きたいと思っていましたが、新型コロナの影響で延期のようです。あ~残念。
 師匠の志の輔さんは一般的には「ガッテン」のおじさんのイメージが強いようですが、日本一チケットが一番取りにくい、つまり一番人気の落語家で、毎年秋に熊本に来て新作と60分以上の非常に味のある古典落語を聞かせていただいています。人情噺で泣かせ、いろんなところに笑いを入れて楽しませてくれて、いつも大爆笑です。志の春さんの落語も昨年、熊本だけでなく福岡でも見せていただきましたが、師匠と同じく新作・落語ともに味わい深くとっても面白い。学会が終わってからも、ご丁寧にあいさつに来られ、手ぬぐい(落語家さんの商売道具ですね:写真上は志の輔師匠、下は志の春師匠)をいただきました。20200520_3.pngラジオやポッドキャストでいつも聞いているように人柄も飾らず、ほんとにいい人でした。志の春さんの落語の面白さを伝えにくかったのですが、最近、Youtubeで「立川志の春Shinoharu Rakugo」を開設したようです。コロナで外出規制はしばらく続きそうですが、志の輔さん、志の春さんの落語を楽しみながら人の少ない夜中にランニング、ウォーキングをしたいと思っています。志の春さんの英語落語は英会話の勉強にもなりますよ。

 

 



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『薬物動態学が苦手なあなたへ』の目次です。

1限:導入講義 薬剤師の存在価値はどこにある?

2限:プロプラノロールとアテノロールの違いからADMEを知ろう!

3限:バイオアベイラビリティを理解しよう

4限:分布に関わる分布容積・蛋白結合率を理解しよう。

5限:代謝による消失と排泄による消失を知ろう!

6限:クリアランス、半減期を理解できれば投与量・投与間隔の設定ができる!

7限:動態が分かれば副作用や相互作用も予測できるぞ!

 

 

7限目:動態が分かれば副作用や相互作用も予測できるぞ!
透析によって除去されるかどうかだって予測可能だ。
最終回なのでプロプラノロールとアテノロールの違いを紹介!

今回の要約:
①脂溶性薬物は脳に移行しやすいため中枢性副作用が起こることがある。
②水溶性薬物は脳に移行しにくいため中枢性副作用の発現頻度は低い。
③脂溶性薬物は透析で除去されにくい。
④一般的に水溶性薬物は透析で除去されやすい。
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6限目:クリアランス、半減期を理解できれば投与量・投与間隔の設定ができる!

今回の要約:
①水溶性薬物は腎不全患者で減量が必要である。
②腎機能は加齢とともに低下する。
③脂溶性薬物は肝不全患者では減量・投与間隔の延長が必要であろうが、減量指標となる検査値はないので、血中濃度を測定しないと投与設計できない?
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5限目:代謝による消失と
               排泄による消失(代謝および排泄経路)を知ろう!

今回の要約:
①脂溶性薬物は肝で代謝されることにより血中から消失する。
②水溶性薬物は腎から排泄されることにより血中から消失する。 この続きは登録ユーザーのみ閲覧できます

4限目:分布に関わる分布容積・蛋白結合率を理解しよう。
    血中濃度がどれくらい上がるかが理解できるぞ!

今回の要約:
①脂溶性薬物は組織に移行しやすいため概して分布容積が大きい。
②ただし蛋白と結合しやすい薬物は血中にとどまるため、脂溶性薬物でも分布容積が小さくなることもある。
③水溶性薬物は細胞外液に存在しやすく組織に移行しにくいため分布容積が小さい。
④分布容積が分かると初回投与時の血中濃度が予測でき、2回目以降の血中濃度の上がり幅が分かる。そして
⑤クリアランスに比べてVdの個人差は小さいため、投与設計に利用しやすい。
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3限目:バイオアベイラビリティを理解しよう
    ~吸収率と肝初回通過効果~

今回の要約: バイオアベイラビリティが低い原因は2つと理解する!
①脂溶性薬物の消化管吸収は良好だが、初回通過効果を受けやすいからFが小さいと考える。
②水溶性薬物は初回通過効果を受けにくいが、吸収率が不良だからFが小さいと考える。
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プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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