NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
11日目 薬剤師の服薬指導でTriple whammyを防げれば
無駄な医療費78億円セーブできる?
再びTriple whammyに関する論文について触れさせてください。降圧薬のユーザー487,372人のコホートを平均5.9年追跡して、2,215例のAKIが確認されたというカナダのLapiら1)の報告によると、利尿薬のみを対照とすると、利尿薬+NSAIDsのDouble whammyでは有意なリスクになりませんでした。RAS阻害薬のみを対照とするとRAS阻害薬+NSAIDsのDouble whammyでも有意なリスクになりませんでした。しかし利尿薬+RAS阻害薬のDouble whammyを対照とするとNSAIDsを加えたTriple whammy処方だと有意にAKIリスクが上昇することを明らかにしました(図1)。
さらにNSAIDsの半減期の長短には関係しませんが、特にNSAIDs投与開始30日までが最も高いリスク(レート比1.82, 95%CI: 1.35-2.46)が観察されました。降圧薬には心血管系の利点がありますが、NSAIDsと同時に使用する場合は警戒が必要だと結んでおります。
ただし、それ以前にNSAIDs単独でAKIを発症するという報告も多くみられます。英国で386,916人を対象とした報告によると2)、NSAIDsを服用していない患者さんを対象とすると、心不全があるだけで急性腎不全になるリスクが有意に高く、NSAIDsの服用者は3.34倍、相対危険度が上昇し、心不全患者がNSAIDsを服用すると7.63倍になりました。高血圧だけではリスクは上昇しませんが、NSAIDsの服用は3.69倍、相対危険度が上昇し、心不全患者にNSAIDsが投与されると6.18倍になりました(図2)。
ちなみに利尿薬服用者は2.77倍(1.49-5.12)、ACEI服用者は3.46倍(2.05-5.85)、NSAIDsと利尿薬の併用の相対リスクは11.6倍(95%CI: 4.2-32.2)と心血管に作用する薬物の中で最大のリスクを示しました。
スペインの15,307名の外来患者のコホートによってTriple whammy処方のどの組み合わせが危ないのかについて検討した報告によると3)、NSAIDsやRAS阻害薬単独ではAKIリスクは有意に上昇することはないものの、この報告においても利尿薬は単独でも有意なAKIリスクになり、RAS阻害薬やNSAIDsが加わることによってリスクは増し、Triple whammy処方では8.82倍(95%CI: 2.59-4.45)に急上昇しました(図3)。
またTriple whammyによる入院は85エピソード38.7%で、死亡者は11.3%に上りました。 患者の78%が70歳以上 で、平均入院日数は7.6±6.4日、回避可能な平均医療費は214,604ユーロ(1ユーロ130円で計算すると約2,790万円)/ 10万人/年と推定されたそうですが、これは日本の70歳以上の数2,791万人(2020年, 人口の22.2%)に当てはめると 77.87億円/年 という膨大な額が副作用に充てられていると予測されます。しかも日本の夏は過酷な猛暑で高齢者の熱中症による入院がとても多いことを考え合わせると、80億円以上になるかもしれません。
薬剤師のまともな服薬指導によってTriple whammyの弊害はかなり防げるはずだと思うのは平田だけでしょうか?77億円以上も日本の医療費を節約できた。それは薬剤師のおかげだったといえる日が来ることを切に期待しております。
引用文献
1)Lapi F, et al: BMJ. 2013 Jan 8;346:e8525. doi: 10.1136/bmj.e8525.
2)Huerta C, et al: Am J Kidney Dis 45: 531-539, 2005
3)Carmin RM, et al: Nefrologia 35:197-206, 2015
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
10日目 イナーシャになっていませんか?
数年前から、薬剤師の間で、ナラティブ・ベイスト・メディスン(Narrative-based Medicine:物語に基づいた医療)、つまり患者さんとの対話を通じて、病気になった理由や経緯、病気について今、どのように考えているかなどの患者さん個人個人が持つご自身の「物語」から,医療者が病気の背景や人間関係を理解して、患者さんの抱えている問題に対して全人的(身体的、精神・心理的、社会的)にアプローチしていこうとする臨床手法が浸透しつつあります。ナラティブ・ベイスト・メディスンは患者との対話と信頼関係を重視し、サイエンスとしての医学と人間同士の触れあいのギャップを埋めることが期待されています。
なかなか治療目標を達成できていなくても、決して患者さんを責めることなく、やさしく接して心を開くことはとても大切で、医療人は「優しい人」以外の方がなってはいけない職業だと個人的に思っています。でもそれと「甘さ」「妥協」とは違うと思うのです。「収縮期血圧が180mmHgだったのが今回、160になったからよかったですね。頑張りましたね」とか「HbA1c、いつも10%以上だったのが9%代になってよかったですね。」というのは本当に良かったのでしょうか?コントロールが悪かったために重篤な合併症が起こった、あるいは死に至ったとしたら取り返しがつかないことになのに・・・・。
臨床イナーシャ clinical inertiaって知っていますか?この用語は高血圧治療ガイドライン2019で僕は初めて目にしました(図)。
そして山口県での糖尿病の講演会の時に一緒に講演してくださった糖尿病学会理事の先生が糖尿病でもイナーシャが問題だとおっしゃっていました。そして2021年6月のベルリンでのERA-EDTAというヨーロッパの腎臓・透析・移植学会でも糖尿病の世界で医療者のイナーシャが問題になっていることを報告していました。Clinical Inertia(臨床的な惰性)とは、治療目標が達成されていないにもかかわらず、治療が適切に強化されていないこと。患者さんの問題を認識していながら、それを解決する行動を起こすことができずに医療人の惰性によって患者の症状が悪化するのが問題だということです。血圧・血糖・脂質が高くても、「これまでより頑張っているから」ではなく医療者は達成すべき目標のために行動を起こす必要があるのです。これこそ患者さんのことを思ってのことなのです。
皆さんは降圧薬が処方されたときに「血圧を下げる薬です」+ひとこと言ってますでしょうか?
さらに「血圧を下げる薬です」+あなたの目標血圧は・・・・と言ってますでしょうか?
「血圧を下げる薬です」+「最近の血圧はどれくらい?」を患者さんに聞いてますでしょうか?
皆さんはDM患者さんに「最近のHbA1cはどれくらい?」を聞いてますでしょうか?
蛋白尿のないCKDの患者さんに対して目標血圧は「診察室血圧で上が140未満、下は90未満で大丈夫です。家庭血圧では上が135未満、下は85未満が目標です。血圧が下がりすぎたら受診してくださいね?」と指導していますでしょうか?
蛋白尿のない糖尿病の目標血圧はCKDと違って130/80未満だということをDM患者さんに指導していますでしょうか?
蛋白尿のあるCKDや糖尿病の第1選択薬は蛋白尿を抑えてくれるRAS阻害薬が最適です。だけど利尿薬や活性型ビタミンDが併用されていたら、「特に夏は汗をかくので多めの水を飲んでくださいね、もしも体調不良で体重が急激に減ったり、血圧が下がりすぎたり、しんどい時にはこれらの薬はいったん飲むのをやめて受診してくださいね。これらのことは処方医の先生と話し合ったうえで了解を得ていますので」、という服薬指導をしていますでしょうか?
Triple whammy処方によって腎障害のリスクの高い患者さんにはNSAIDsをアセトアミノフェンに変更、NSAIDsを頓服に変更、NSAIDsを処方するなら利尿薬をやめる、他剤に変更するなどの疑義照会を行い、NSAIDsを処方せざるを得ないのなら、「痛くないときには飲まない方がいいです」と指導していますでしょうか。
わが国の高血圧患者は4,300万人で降圧目標を達成できているのは1,200万人のみです。これによって脳卒中・心筋梗塞・心不全・腎不全は高い頻度で発症しています。高血圧や糖尿病を甘く見てはいけません!わが国で明らかな糖尿病患者は1,000万人、23.4%が未治療、予備軍の4割が未治療と言われています。糖尿病や脂質異常症の分野でもイナーシャが問題視されています。薬剤師に優しさは不可欠です。でも優しい薬剤師と思われたいためにイナーシャになってはいけないと思うのです。
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
9日目 降圧薬処方に対して薬剤師らしい服薬指導やってる?
高齢者の腎機能を悪化させるのはTriple whammyだけじゃありません。高血圧の是正も重要なのです。糖尿病性腎臓病、CKD患者の目標血圧はご存知でしょうか? 各患者様に単に「血圧の薬です」「血糖値を下げる薬です」とだけ言って渡していませんか?これって服薬指導といえますか。薬剤師だったら1歩踏み込んで、指導しなきゃいけないと自覚していますでしょうか?
忙しすぎる?時間がない?患者さんが聞いてくれない?患者さんは医師の前ではいろんなことを訴え、いろんなことを学んでますよね。なんで薬剤師の前では「時間がないから早くして」としか言わないのでしょうか?こんなおかしな状態を1つ1つ薬剤師自身が変えようと思わない限り、何も変わりません。何度も何度も挫折しながらでも、繰り返すことによって少しずつでも変えていこうと思いませんか?薬剤師がまともな情報を発信し続けたら、少しずつ患者さんの薬剤師に対する見る目も変わってくるはずです。少なくとも「できる薬剤師だな」と感じた患者さんはその薬剤師を頼りにしてくれるようになるはずです。
高血圧治療ガイドライン2014 1)では糖尿病と蛋白尿陽性のCKD患者のみの目標診察室血圧が130/80mmHg未満であったのが、5年後の高血圧治療ガイドライン2019 2)では、ほとんどの疾患で実質上130/80未満になりました。従来通り高めの目標値になったのは75歳以上の高齢者(併存疾患の降圧目標が収縮期130未満の場合、忍容性があれば130未満)、両側頸動脈狭窄や脳主幹動脈閉塞あり、または未評価の脳血管障害患者と蛋白尿陰性のCKD患者のみになったのです(表)。
この中で後期高齢者は従来の<150/90から下げられたので、特殊な脳血管障害患者を除けば、2019年のガイドラインは蛋白尿陰性のCKD患者だけが高い血圧管理の140/90未満が推奨されたといってもいいでしょう。日本だけではありません。欧州のガイドラインもわずかな例外を除いて130/80mmHg未満が推奨されていますが、日本も欧州も高血圧の定義は140/90mmHg以上のままです。しかし米国では高血圧の定義そのものが130/80未満になりました。
ではどうしてこのようなガイドラインが大幅に変更されたのかというと、50歳以上で収縮期血圧(SBP)130~180mmHgで、心血管疾患リスク因子 を一つ以上有する9,361例 (糖尿病と脳卒中は除外)を対象にしたSPRINT studyの結果によります。この研究では目標SBP140mmHg群を対象として、目標SBP<120mmHgの群(厳格降圧群)では全死亡のハザード比が0.73に低下した、つまりすべての死亡者数が27%も厳格降圧群で減少したという結果によります(図1)3)。
心不全が38%低下、心血管死は43%低下など患者さんの予後を大きく改善し、これらが有意に低下したため目標SBP140mmHgの持続は倫理的に問題ということで5年間の予定が中央値3.26年で早期終了しました。
ただし非CKD患者で30%以上eGFRが低下する腎機能の悪化は厳格降圧群で3.49倍に増加したのです。図2 4)はeGFRが60mL/min/1.73m2以上の非CKD患者6,662例を対象にしたSPRINT studyのサブ解析を示しますが、3年後の心血管病(CVD)インシデントは厳格降圧群で29%低下したものの(図2左)、CKDになるインシデントは逆に厳格降圧群で3.53倍増加してしまったのです(図2右)。
じゃあなんで米国だけ高血圧の定義まで変えたのかというと、米国では腎機能の悪化よりも心血管病変の改善による利益の方がはるかに高かったからじゃないかと思います。米国は肥満大国でがんよりも心臓病による死亡者が多い国ですから、CKDという病気は透析導入の原因疾患としてよりも、透析導入になるまでに心血管病によって死亡するリスクの方がはるかに高いからだと思います。片や日本ではCKDはいまだに慢性腎不全による透析導入が大問題なのです。だから米国では腎機能悪化のリスクよりも、心血管疾患減少というベネフィットをとって厳格降圧は絶対にいいんだということで130/80未満になったのだと平田は愚考します。
ということで、今回は血圧についてでした。全身血圧が高いということは動脈硬化を起こして細動脈の内腔が狭まるし、糸球体内圧も高くなって、蛋白尿が漏れ出て腎機能を悪化する原因になります。動脈硬化性疾患である糖尿病性腎臓病の目標血圧は130/80mmHg未満、CKD患者の目標血圧は蛋白尿(+)なら130/80mmHg未満ですが、蛋白尿(-)なら140/90mmHg、つまり蛋白尿がなければ過度の降圧はメリットよりもデメリットの方が大きいので、例外的に高めに設定されたという理由が分かっていただけたかと思います。
もう1度繰り返します。各患者様に単に「血圧の薬です」だけ言って薬を渡していませんか?これって服薬指導のうちに入りませんよね。薬剤師だったら1歩踏み込んで、何のためにこの降圧薬をのまなくちゃいけないのか?目標血圧はいくらなのかをきちんと指導していただきたいと強く思います。これによって心血管疾患の発症、腎機能の悪化を抑えられるかもしれないのですから。
引用文献
1)日本高血圧学会: 高血圧治療ガイドライン2014
2)日本高血圧学会: 高血圧治療ガイドライン2019
3) SPRINT Research Group: N Engl J Med 373: 2103-2116, 2015
4) Beddhu S, et al: Ann Intern Med 167: 375-383, 2017
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
8日目 利尿薬の利点・欠点
~Triple whammy処方のシックデイ対策、していますか?
利 点
エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018 1)ではCKDステージ全域でサイアザイド系利尿薬・ループ利尿薬は、浮腫を呈するなど体液過剰の症例に推奨されています。またサイアザイド系利尿薬は血清Ca濃度を上げるため、高齢者に高頻度で見られる骨折リスクを予防効果が報告されています2)。さらにALLHAT試験ではHFpEF(拡張不全)による心不全入院率はアムロジピン群,リシノプリル群に比べてサイアザイド系利尿薬のクロルタリドン群で有意に減少しています3)。だから利尿薬は日本での処方率は低くても第1選択薬から離れないのだと思います。
欠 点1)
後期高齢者でCKD ステージG4~G5 では脱水や虚血に対する脆弱性を考慮し,Ca拮抗薬を推奨するとされています。またサイアザイド系・ループ利尿薬ともに低カリウム血症に十分注意が必要であるとされており、アルドステロン阻害薬は高カリウム血症などの副作用の懸念からCKD患者への投与の際には慎重を要するとされています。またサイアザイド系はステージG4~G5 では効果が減弱します。
利尿薬+RAS阻害薬+NSAIDsのTriple Whammy処方は腎機能悪化のリスクが上昇する恐れがあり、腎機能悪化のリスクがさらに上昇する可能性が高いため、CKDステージ3b以降では、お薬手帳などを参照して、できるだけ避けるべきであると記載されています1)。
CKD患者ではAKIを発症しやすいため、発熱・下痢・嘔吐などがあるとき、ないしは食思不振で食事が十分摂れないような場合(シックデイ)にはRAS阻害薬、NSAIDs、利尿薬のTriple Whammy処方は休薬することが提唱されています。特に高齢者では飲水不良や嘔吐・下痢、発汗過多などによる脱水や過度の塩分摂取制限には注意する必要があると記載されています1)。KDIGOガイドライン4)ではAKIを防ぐために利尿薬の投与を推奨していません。
上記のようにRAS阻害薬にも利尿薬にも欠点はありますが、様々な利点もあります。しかし痛みを抑える以外に、NSAIDsに何らかの利点があるでしょうか?NSAIDsの副作用についてはすでに論じたように、胃障害、出血、肝障害、腎障害、アスピリン喘息、高血圧をはじめとした心血管病変の悪化など非常に多彩ですから、低用量アスピリンを除き、痛みを抑える以外のメリットは感じられません。抗炎症作用があるって?本当に抗炎症作用があるなら慢性炎症にNSAIDsは有効でしょうか?整形外科の先生方に聞いてみるとNSAIDsを疼痛緩和(痛み止め)以外の目的で使っている方は皆無でした。だからTriple whammy処方の中で、RAS阻害薬、利尿薬はベネフィットがある限り、うまく使っていきましょう。でもベネフィットのないNSAIDsはできるだけ飲んでもらいたくない。これから医師と協議して以下の服薬指導を実践していただきたいと考えます。
NSAIDsによる腎障害については実は多彩なのですが、これについては11日目以降に解説します。
引用文献
1)日本腎臓学会: エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018.
2)van der Burgh, et al: Bone. 2020 Sep;138:115475.
3)Davis BR, et al: Circulation 118: 2259-2267, 2008
4)KDIGO Clinical Practice Guideline for Acute Kidney Injury 2012
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
7日目 Triple Whammy の片割れ、RAS阻害薬の利点・欠点
RAS阻害薬はよく「両派の剣」とたとえられます。CKD患者では腎保護作用が期待できますが、同時に腎機能悪化の原因にもなるからです。現在では糖尿病腎臓病(DKD)でもCKD患者でも蛋白尿(DKDではアルブミン尿)があればRAS阻害薬を選択し、蛋白尿(-)であれば、RAS阻害薬にこだわらず利尿薬でもCa拮抗薬でもよいとされています。またRAS阻害薬では腎機能悪化や高カリウム血症に十分注意しなくてはならないので、使い慣れていない医師なら高齢者の脱水やAKIを防止するにはCa拮抗薬が一番無難で使いやすいと思われます。ここではRAS阻害薬の利点・欠点について解説します。
利 点
RAS阻害薬は蛋白尿陽性であれば、糸球体過剰濾過が原因と考えられるため、糖尿病患者でもCKD患者でも第1選択薬となります。腎機能が低下するとネフロン数が減少して糸球体濾過量が保てなくなりますが、腎血流が低下しているのを傍糸球体細胞が感知してレニン分泌を促進します。レニンによって産生された超強力な血管収縮物質アンジオテンシンⅡは輸出細動脈を収縮させることによって糸球体内圧を上げて、ネフロン1個当たりの糸球体濾過量を増やそうとします。だから加齢に伴って腎機能が低下すると腎血漿流量よりも糸球体濾過量(GFR)の方が高くなります(図1)。
これによっておこるネフロンの過負荷による糸球体過剰濾過によって蛋白尿が漏れ出て、糸球体や尿細管を傷害して、さらにネフロン数は減少します。RAS阻害薬はアンジオテンシンⅡを効かなくさせることによって、輸出細動脈を拡張させ蛋白尿・糸球体過剰濾過を軽減し、ネフロンの疲弊を防ぎます(図2)。
糸球体内圧を下げ、腎臓を休ませる薬ですから腎機能は当然低下しますが、その後の腎機能の悪化速度を緩和するため、長期的に見れば透析導入を遅らせる、あるいは透析導入を回避できます。そのためCKD患者ではできるだけ早期から投与した方が、透析導入回避に有効な薬と考えられていました(図 3)。このほかにも心不全で前負荷・後負荷を軽減し、心筋や血管のリモデリング(肥厚)を抑制する重要な薬物です。ACE阻害薬は高齢者の誤嚥性肺炎予防効果もあるとされています。前回にも言いましたが、利尿薬との併用は利尿薬によって循環血漿量を減らすと、腎還流量が低下するためレニン-アンジオテンシン系が活性化されます。RAS阻害薬はそれを抑えるため、強力な降圧作用・蛋白尿抑制作用が期待できる相乗作用が期待できるよい組み合わせの配合剤ですが、高齢者では脱水や腎虚血を助長する非常に怖い組み合わせでもあります。まさに「両刃の剣」といえます。
欠 点
2017年のSchmidtらの報告(4日目の図2参照)により腎前性腎障害によって透析導入が増えたというショッキングな報告以降、蛋白尿のないCKD患者やアルブミン尿のない糖尿病患者の降圧には必ずしも第1選択薬ではなくなりました。eGFR<30の患者ではRAS阻害薬による腎機能悪化や高カリウム血症に十分注意し、副作用出現時には速やかに減量・中止し、高齢者ではCa拮抗薬への変更を考慮してもよいかもしれません。また、エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン20181)では「後期高齢者でeGFR<30の患者には脱水や虚血に対する脆弱性を考慮し,Ca拮抗薬を推奨する」とされました。
なんでCa拮抗薬一択になるの?と思う方も多いかもしれませんが、エベレスト登山隊は凍傷にならないようにアダラート®をのんで登頂するそうだということをバイエル製薬のアダラート®の講演会で聞きました(間違ってもβ遮断薬をのんで冬山に上ってはいけません!)。末梢動脈の血流を改善するCa拮抗薬ですから、蛋白尿はやや増やすのですが、腎虚血を守り、さらに後期高齢者に最も使いやすい降圧薬としてはCa拮抗薬が安全面でベストな選択だと思います。
引用文献
1)日本腎臓学会: エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018.
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
5日目 NSAIDsはTriple Whammyの1つ(その4)
今回はTriple whammy症例について考えていただきましょう。後期高齢者が脱水になって、意識消失となり、腎機能も悪化しました1)。夏の熱帯夜でも冷房を使うのを嫌がる高齢者でよくありがちなことです。ではなぜ意識障害になったのでしょうか?
皆さんは以下の症例・処方内容についてどのワードに「薬剤師の気づき」を感じますか?
2型糖尿病に対し
メトホルミン500mg錠1回1錠1日3回毎食後
アマリール®4mg錠1回1錠、1日1回朝食後
高血圧に対し
エカード®配合錠LD 錠1回1錠朝食後
閉経後骨粗鬆症に対し
エディロール®0.75μgカプセル1回1カプセル1日1回朝食後
腰痛に対し
ロキソニン®60mg錠1回1錠、1日3回毎食後
引用文献
1) 平田純生: 調剤と情報27: 1474-1480, 2021
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
4日目 NSAIDsはTriple Whammyの1つ(その3)
Triple Whammy処方は遅くとも2000年ころから問題視されており1) 、我が国のCKD診療ガイド2012 2) でも「CKD 患者にRAS 阻害薬、利尿薬を投与すると、過剰降圧、eGFRの低下、あるいは血清Kの上昇(利尿薬単独投与時あるいは複数 の利尿薬併用時には血清Kの低下)がみられることがある。」 「降圧薬を服用中の患者で 、食事摂取ができない、嘔吐している、下痢をしている、あるいは発熱など脱水になる危険があるときには、急性腎障害(acute kidney injur y:AKI)予防の観点から、これらの降圧薬を中止して速やかに受診するように患者に指導する。特に高齢者では上記に加えて夏場の脱水に注意 が必要である。また、他院で腰痛などのためにNSAIDs を投与されていることもある。そのような薬剤を投与されていないかを確認する。」などの記載がすでにみられます。ですからTriple Whammyは今に始まった話題ではないのです。薬剤師の皆さん、CKD診療ガイド2012に記 載されているような服薬指導できていますか?多くの薬剤師の答えは「No」ではないかと思います。だから今回、この連載を企画したのです 。
多くの薬剤師の先生方がポリファーマシーを解消でき、安価でアドヒアランスに貢献できると信じている配合剤のプレミネント®、エカード®、コディオ®、ミコンビ®、イルトラ®はARBと利尿薬の配合剤はすべてDouble whammy処方、ミカトリオ®はそれに加えてCa拮抗薬の配合されたDouble whammy処方になるのです(図1)。これらの錠剤にロキソプロフェンのような経口NSAIDsや経皮吸収型NSAIDsの貼付薬が加わるだけでTriple Whammy処方が完成します。
CKD診療ガイド2012には「RAS 阻害薬、利尿薬の投与開始後はeGFR、血清Kをモニタリングする。その際eGFR については、投与開始3カ月後までの時点で前値の30%未満の低下は、薬理効果としてそのまま投与を継続してよい。」とされていましたが、このことは現在では言わなくなりました。いや言えなくなってしまったといってもよいでしょう。これはSchdmitら3)の報告でACE阻害薬・ARB服用後の血清Cr値の上昇はCKD診療ガイド2012で治療の中止を推奨する30%以上でない場合も、累進的に心・腎疾患発症リスクを上昇させることが明らかになったからです。この報告ではRAS阻害薬服用者で血清Cr値の上昇が10%未満を対象として30%以上ではもちろん、「薬理作用だから問題ないといわれていた」20-29%、10-19%でも疾患リスク・死亡リスクが有意に上昇したというもので、特に透析導入・全死亡リスクで顕著です(図2)。ではRAS阻害薬・利尿薬の投与はCKD患者にとって有害なのでしょうか?それについては、これから症例検討も交えて考えてみたいと思います。
引用文献
1)Thomas MC: Med J Aust 172: 184-485, 2000
2)日本腎 臓学会編: CKD診療ガイド2012
3)Schmidt M, et al: BMJ 2017;356:j791
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
3日目 NSAIDsはTriple Whammyの1つ(その2)
利尿薬は循環血漿量を少なくすることによって血圧を下げますが、腎血漿流量も下げます。RAS阻害薬は輸出細動脈を拡張させることによって糸球体内圧を下げ、 糸球体過剰濾過を抑制することによって蛋白尿を抑えるとともに腎機能悪化を防ぐために用いられる降圧薬です。利尿薬もRAS阻害薬も腎臓の負荷を軽減させ、 休ませることによって、腎機能は一時的に低下しますがその後の腎機能悪化速度を緩めることによって、透析導入を遅らせる、あるいは避けることができます。 NSAIDsはすでに述べたように「塩分欠乏のある人。利尿薬、ACE阻害薬、またはARBを服用している人には避けたい薬」です。利尿薬は低ナトリウム血症をきたしやすいのですから、 前述のように利尿薬+RAS阻害薬+NSAIDsの組み合わせは3重攻撃Triple Whammyなのです。図1左に示すように腎臓は上述のように1日1,500Lの血液をろ過して、 1日150L(=GFR100mL/min)の原尿を得るために糸球体内圧は末梢動脈としてはかなり高い50mmHgを保っています。
図1 右に示すようにTriple Whammy処方は①利尿薬による循環血漿量減少、②NSAIDsによる輸入細動脈収縮、 ③RAS阻害薬による輸出細動脈拡張によって、糸球体血流量が激減し、糸球体内圧が低下するため原尿産生量が低下(=糸球体ろ過速度が低下するので、GFRが低下)する。 つまり腎機能が当たり前に低下します。
とくに動脈硬化が進行して腎虚血に陥りやすく、夏季に脱水になりやすい高齢者で要注意な処方です。高齢者では加齢に伴う腎機能低下に加え、 腎機能・心機能を守るためにRAS阻害薬・利尿薬が投与されやすく、腰痛・ひざ痛などのためにNSAIDsが投与されやすく、超高齢者で90歳代になると死因の第1位はがんではなく心不全です。 心不全で肺水腫になって呼吸困難を生じるとループ利尿薬が投与されます。Triple Whammy処方に加え、夏季の発汗や意図せぬ下痢や嘔吐があったり、免疫能の低下・栄養状態の悪化によって重症感染症に罹患すれば、腎の自動調節能が破綻し低環流になって全身血圧に関係なくGFRが低下して、一気に透析導入になってしまうという最悪のシナリオが完成してしまうのです(図2)。
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
2日目 NSAIDsはTriple Whammyの1つ(その1)
1日目に記載した米国イブプロフェンの添付文書中の赤字記載は平田がいつも懸念している「薬剤性腎障害」関連です。「高齢者、塩分欠乏のある人。利尿薬、ACE阻害薬、またはARBを服用している人」を赤字にした理由は利尿薬+RAS阻害薬(ACE阻害薬、またはARB)+NSAIDsの組み合わせは悪名高い三重攻撃(Triple Whammy)といわれているからです。なぜ、これらの処方の組み合わせが悪いのかというと、まずはよく理解していただくために腎臓がどんな仕事をやっているかについて説明させてください。
腎臓のやっている仕事
腎臓は2つで250g程度の小さな臓器なのに、 心拍出量5L/分の20%にあたる1.0L/分の血流があります。1日当たり1,440Lですが、大雑把に1,500L/日と考えて構いません。そのうち10%にあたる150L/日を 濾過して原尿を作っています。でも尿量が1日当たりだいたい1.5L/日ですから、原尿のうち99%の水(とすべての栄養素、必要なだけの電解質)を再吸収し、 不要なもの(老廃物や薬物、余剰な電解質など)を1.5Lの尿に捨てることによって生体体液の恒常性を保っています (図1)。
人は毎日、違うものを食べても腎機能が正常であれば、血液中のNa、K、リンなどの電解質濃度、 pH、水分量は常に狭い正常範囲内に保つことができます。つまり腎臓は生体の体液の恒常性を非常に狭い範囲内で精密に保つのに重要な臓器なのです。 ただし図2に示すようなラーメンのスープを腎不全患者がすべて飲み干すと高ナトリウム血症になりますし、 大ジョッキのビールを飲めば、当然溢水・浮腫に、西瓜をたくさん食べれば高カリウム血症で突然死の恐れがありますし、ピーナッツ1袋を透析患者さんが 食べれば5mg/dLの血清リン濃度が一挙に9~10mg/dLに上がりますが、腎機能正常者であれば同じものを食べても何にも起こりません。腎不全患者が下痢・ 嘔吐すればNa, K, Clなどの電解質が失われ、何も食べられなければ低ナトリウム血症、低カリウム血症になりますし、腎不全患者が大出血すれば何もし なければ、細胞外液が失われてショックになる事でしょう。でも腎機能正常者であれば尿量を減らすことによって即死することはありませんし、 山中で遭難しても水さえあれば、尿中にNaを排泄しないことによって塩を全く摂れなくても低ナトリウム血症になることはありませんし、 体脂肪からケトン体をエネルギーにして10日以上でも生きることができます。腎臓の力って本当にすごいでしょ。
腎機能は加齢とともに低下しますから、高齢者の中には腎機能が低下している方が結構多いので、上記のような正常な腎臓の機能を享受することができなく なることがあります。例えば高齢者は夏には発汗によって容易に脱水になりやすいし、薬物の影響による腎虚血の影響も受けやすいのです。
NSAIDsによる腎障害 ~Triple whammyを防げ~
1日目 NSAIDsの4大副作用
NSAIDsは痛みを抑える以外にのんで得することがない。1日3回、1回1錠で30日分投与されても、痛くなければ飲む必要がない。いや高齢者に限っては、のまない方が患者さんのためになる!と平田は思っています。だって副作用は半端じゃない。胃障害、出血、肝障害、腎障害、アスピリン喘息、高血圧をはじめとした心血管病変の悪化。これについてはいいかげんな日本の添付文書ではなく、米国のイブプロフェンの添付文書を参照したいと思います。
以上に示すようにNSAIDsの副作用は実に多彩です。平田は熊本大学では学生たちにNSAIDsの4大服用を叩き込ん でいました。すなわち①胃障害、②腎障害、③出血助長、④アスピリン 喘息(NSAIDsに共通しているので、NSAIDs喘息だ!)ですが、それに加えるとすればNa・ 水貯留から高血圧をはじめとした心不全・脳卒中など心血管病の悪化も重要ですし、「表.NSAIDsによる腎前性急性腎傷害の危険因子 (このような一覧表は このブログのカテゴリ→育薬に活用できるデータベース→薬剤性腎障害 で印刷も可能です)」を参照すれば、忘れていました。 高レニン血症や高アルドステロン血症も急性腎障害(AKI)を悪化させる危険因子でした。血圧も上がるだけじゃなく浮腫、蛋白尿、 血清クレアチニン上昇、高カリウム血症も副作用として考えられるから後期高齢者や腎不全患者では飲まない方がいいという理屈が分かっていただけます。