1限目:導入講義 薬剤師の存在価値はどこにある?

今回の要約
①薬物動態の考え方は薬剤師にとって大きな武器になる。これが医師との違い、薬剤師のアイデンティティといって過言ではない!
②だけど難解な薬物動態学の理論を理解しなくちゃいけないと思うと憂鬱になる。薬のそれぞれの性質・特徴を知ること、つまり「薬への興味」が薬物動態の習得につながると考えると楽しくなる。 この続きは登録ユーザーのみ閲覧できます

薬物動態学が苦手なあなたへ ~記憶することなく理解する~

 2020年3月末に神戸に移り住んで、これまでの熊本と同じように定期的に薬剤師塾を開催したいと思っていました。5月にはI&H株式会社(阪神調剤グループ)の研修室を借りて阪神調剤の薬剤師だけに関わらず、病院薬剤師・保険薬局薬剤師あるいは医師の区別なく、活気のある薬剤師塾を開催する予定でした。でも今、この新型コロナウイルスの緊急事態のために、e-ラーニングか、文章で発信するしかありません。僕は昨年秋に高齢者の仲間入りしたので、少々焦っています。むっちゃ元気だから余命はたぶん長いと思うけど、いつボケるかわからないのです。本来ならば、対面で熱いディスカッションをしたいけれど、みなさんに知ってもらいたいことをブログで発信しようと思います。この内容はじほうの「透析患者の投薬ガイドブック」の改定第2版1)までの一番最初に書いてきたことですが、改訂3版から、同じことを繰り返したくないのでお蔵入りになったネタを大幅に書き直し加筆しました。「薬物動態が苦手」という方のために難解な式は使わず、薬の特徴が理解できるように書いたつもりです。薬に興味を持っていただくために、読んだことのない若い人たちにはぜひとも読んでいただきたいと思います。

明日より、7回にわたり連載致します!

引用文献
1. 平田純生, 和泉 智, 古久保 拓, 編: 改訂2版 透析患者への投薬ガイドブック. じほう, 東京, P1-666, 2009


~運動と食物繊維の摂取とサ道のすすめ~

 今は熊本から転居して神戸市灘区の六甲道に住んでいる。北を向けば六甲山、南を向けば生まれ育った広島県呉市を思い出すような温かい海の景色で、これだったら方向音痴の僕でもあまり迷わないで済みそう。駐車場代が高いのと、電車が便利なので、愛車プリウスも売った。これで坂道の多い街並みを必然的に歩かなくちゃいけなくなる。毎日の電車通勤と、ここでも近所のセントラルスポーツのフィットネスジム通いと源泉かけ流しの灘温泉のサウナと冷水浴のサ道は欠かさない。だけど4月13日から5月6日は新型コロナウイルス対策のため、臨時休業になり、コロナ休暇になってからは夕暮れにガーミンのGPSウオッチを付けてジョギングで西は三宮、東は芦屋まで10km前後走っているが帰りはほとんど散歩。コロナ禍が速やかに収束することを望んでやまない。
 食事にはすごく気を付けてもらっている。朝は自家製ヨーグルトにフルーツ、きなこにオリゴ糖をかけて、嫁の作った新鮮な野菜+果物ジュースを飲む。砂糖の入った飲料は全く飲まない。昼は神戸に来てからの出勤時はコンビニで弁当が中心になったが、20200508.png在宅勤務が増えたので、昼食も夕食も嫁が作ってくれた野菜・鶏肉・魚中心+少量の玄米などのヘルシーなものが多く、間食は地中海食も取り入れ、不飽和脂肪酸・食物繊維が豊富なナッツ類(tree nutsが健康にいいのであって畑に生えるピーナッツはこの仲間には入らない)も食べるようになった。これらはすべて腸内細菌叢を正常化してくれるものばかり。それにサプリメントはミヤリサン錠(芽胞を形成するため耐酸性で抗菌薬と服用しても大丈夫なプロバイオティクス。これに野菜・果物に含まれる食物繊維やオリゴ糖などのプレバイオティクスの組み合わせはシンバイオティクスとなってまず下部消化器症状に悩むことがなくなる)、魚油、ビタミンD(活性型ではなくてネイチャーメイドが売っているネイティブのビタミンD)、マルチビタミン・ミネラル(多量のビタミンやミネラルは様々な弊害の報告があるが、欠乏症状を防ぐため)を欠かさない。おかげで疲れ知らずでとっても健康な65歳になれた。タイトルは「健康を保つためにやっていること」だけど結局、「健康を保つために嫁にやってもらっていること」になってしまった。
 「サ道」とは:マンガやドラマで有名になった言葉、いわゆる「サウナ道」。体を洗って入浴し、飲水後、5~10分のサウナでたっぷりと汗を流し、1分間の冷たい水風呂、さらに水を飲んで体をふいて5分間の休憩・瞑想。これを1~3セット繰り返す。うまくいけば「整う」という快感を得ることができる。平田は整った後に論文を読むと論文読破能力が約2倍になる。つまり本来は凡人なのに超人的な能力を発揮することができる。原田泰造主演のドラマ「サ道」では熊本の「湯らっくす」が「サ道」の聖地のように紹介されていた。確かにここもいいが、平田のおすすめは「菊南温泉あがんなっせ」。神戸に来てからは銭湯なのに源泉かけ流しの「灘温泉六甲道店」がおすすめ。サウナ付きで600円、お風呂だけだと450円の安さ。しかもセントラルウェルネスクラブ六甲道店は、筋トレ、ランニング、スイミングもできてサウナ、水風呂がある。


~運動と食物繊維の摂取とサ道のすすめ~

 熊本大学で働くことになったのが2006年4月、米国留学から帰ってすぐに単身赴任で住んだのが薬学部の斜め向かいの古い宿舎。歩いて1~2分で職場に行ける超便利なところ。だけど仕事が薬剤師と違って大学教員はデスクワークが中心だから、1日に1000歩くらいしか歩かない。しかも昼ご飯は学生たちと一緒に1000kcal以上あるヘビーな昼食を毎日食べていた。人間ドックでの空腹時血糖は105mg/dLと一応正常域だけど、糖尿病予備群になりかけた。この頃に大阪に住んでいる嫁と韓国の済州島に旅行に行って、丘に登った。いつもなら嫁が「あまり早くいかないでよ!」って言われるくらい僕がすたすたと先を歩いていたのに、この時には逆で、先に歩く嫁のあとを追うのがしんどかった。大学の仕事も慣れていないから、というより、もともと頭が良くないから熊大教員としてまともに仕事できるようになるためにはいつまでたっても家に帰れなくなる。結構ハードな毎日で、20200507.png目を覚ますためにブラックコーヒーを何倍も飲んだ。そしてついにはストレス性の胃潰瘍になって、今もPPIがないと胃がむかつくほど弱くなった。そして単身赴任に疲れ果て心も病んできそうだったので、大阪に住んでいた嫁に熊本に来てもらえるよう懇願した。
 単身赴任の約3年後、めでたく夫婦同居となりストレスが解消。うちの嫁はマイナートランキライザーのような人で、僕のストレスをスカベンジしてくれます。そして昼食は嫁が作ってくれる野菜・鶏肉・魚中心のヘルシー弁当。ジムにも通いはじめ、5年前から熊本城マラソンに連続出場。今年は神戸マラソンにエントリー予定。最初は持病の膝痛があったため、歩いて6時間かけて完走(完歩?)だったが、なぜか膝痛が65歳になって全快して、5時間ちょっとで休まず完走できるようになった。若いころは3時間20分前後でいつも走っていたが、5時間かけてゆっくり走るってのは本当に楽しい。練習はジムのトレッドミルで7~20kmを1~3時間かけて歩いたり走ったりと筋トレを週2~3回。ジムに行けない日は歩く距離を伸ばして平均1万歩/日をキープする。週末は熊本では「菊南温泉あがんなっせ」という最高のチムジルバン(岩盤浴)とサウナ・冷水浴(いわゆるサ道*で整える)とともに、10時間以上滞在してたまった未読論文を読み漁る。

「腎不全と薬の使い方Q&A 第2版」2020年4月30日 発売予定です!

●腎不全・透析患者の薬物治療に必要な知識をわかりやすくQ&A形式で解説!
●最新の知見を踏まえ、腎臓病薬物療法のエキスパートが臨床疑問にお答えします

「腎機能低下患者や透析患者に対する薬物療法は難しい」というイメージを持っていませんか?
 本書は、「腎臓」「透析」「薬」をキーワードに、幅広い視点から腎臓病患者の薬物療法を理解できるようQ&A形式でわかりやすくまとめています。腎機能に応じた薬物投与設計、腎機能低下の進行を抑制するための介入、腎臓を傷めない対策、透析性の適切な評価による投与法の適正化や中毒治療への対応、CKD合併症の理解と治療など、薬剤師の能力が発揮できるフィールドはたくさんあります。病院・薬局を問わず、薬剤師として必要不可欠な知識が満載で「腎臓病薬物療法」に対するイメージが変わる1冊です。


 

 学生時代にはお金がなくってというか、親に「お金を送って」って言えない性分だったので、大学の時には暇を見つけてはアルバイトをやっていた。1年の時は18時から24時まで大阪南部合同青果市場で荷物の積み下ろし。休みの日は18時から午前6時まで12時間勤務もしたっけ。ミカンは段ボール箱だからいいけど、リンゴが来ると木箱なので肩が痛い。皮がむけてヒリヒリすることもあったが、市場のおじさんはバンドエイド1枚もくれない。大根が数トントラックで来るとおじさんたちとアルバイトの学生たちが1列に並んで両手に1本ずつ大根をつかんで隣の学生にパスをして市場内に大根の山を築く。それが90~120分は続く。半そでシャツだと大根の葉っぱに負けて両腕が真っ赤になる。とにかく大根とリンゴは嫌だった。その代わり西瓜は重いけど、落とすと割れて売り物にならなくなるから、それをもらって自転車のサドルに縛って下宿に帰ると先輩や同級生たちが大喜びしてくれたっけ。20200415_10.png12時以降に下宿に帰って寝て、朝5時半から8時までその青果市場の隅にある喫茶店で時給300円のウエイターのバイト。チャーハンの作り方と接客業を学ぶことができた。大阪、しかも客はみんな八百屋さんなので「お待ちどうさまでした」ではなく大きな声で「おまちどーさん」と言わされた。睡眠時間は4時間ちょっとなので、大学に入っても講義中は睡魔が襲ってくる。成績はとっても悪かった。200人中190番くらいかな?でも留年は親に迷惑がかかるので絶対に嫌だったから再試にはめっぽう強かった。
 オイルショック前の夏休みまでは帰郷して広島県の呉市に帰ったら、呉市は重工業の町で景気のいいときだったので、日新製鋼で1日12時間労働して5000円もらっていた。当時の物価はJRの初乗りが30円、お好み焼きが100~200円、大阪薬科大学の学費が年間21万円(私学の薬学部で一番安かったから僕でも行けた)だったので、この当時の5000円は破格の大金だった。日新製鋼での仕事は、できた鉄板をコイル状にして大型トラックに載せる前に、そのコイルが元に戻ると大事故になってしまうのを防ぐため、鉄のワイヤーで縛りつけるのが僕の仕事。そんなに疲れる仕事ではなかったので、これは割が良かった。「平田君、今日は人手が足らんけん、連勤してくれんかのお」といわれると喜んでやった。連勤ってのは36時間連続勤務で、今ならブラック企業と言われかねないが15000円の大金を仕事が終わるともらえる。真夜中の2時間だけ休みがもらえるので鉄板でできたコイルの中でヘルメットをかぶったまま丸まって寝た。これで貯めた10万円はステレオと冷蔵庫を買うとほぼなくなった。このころの家電製品は高かったのだ。2年の時にはオイルショックでトイレットペーパーはなくなるわ、洗剤は売り切れるわの昭和で有名な大騒ぎがあり、物価はうなぎのぼりだけど景気は冷え込んだ。2回生になるとたった1年しかたっていないのに、呉では仕事が何もなくなった。仕方なく呉駅近くの職安の前で待って土方の仕事にありついた。でも夏休みの猛暑時にドリルだけならまだしもツルハシやシャベルを使っての炎天下で手作業の穴掘りの土方仕事はきつかった。1日5000円だが、2日は休まないと体力が回復しない。
 仕方なく大阪に戻って京屋マネキン(いまはKYOYAというおしゃれな会社になっているみたい)で三宮のデパートや名張のダイエーなどの模様替えを閉店から朝までかけてやったり、お歳暮シーズンには薬科大学前の運送屋の運転助手もやった。ラジオから流れるイルカさんの「なごり雪」を助手席で聞いたのを思い出す。ガスタンクとその蓋の溶接がうまくいっているかどうかをレントゲンでチェックする仕事は被曝する危険性があるので高給だった。20200415_20.pngこのレントゲンの職場は門真にあって、いつもは本職の人の助手として車の乗っていろんな溶接工場に行くのだが、ある日、「おう、平田君、今日は玉出まで出張してくれへんか?」といわれ、地下鉄に乗って玉出まで行くのだが、作業服に安全靴、ヘルメット姿を同級生に見つかると恥ずかしいので、ずっと下を向いていたっけ。1,2年生の時にやったアルバイトの種類は約30種類。ようやく3年生になってから家庭教師という楽で結構稼ぎが良い仕事が見つかった。教えるのはうまかったので中学3年生を教えて、望みの高校に受かったので、高1になってからも続けさせてもらった。週1回2時間で1月12000円、時給としては最高で、しかも安定している。これは大学を卒業するまで続けさせてもらった。
 今でも青果市場や日新製鋼や真夏の土方のことを思い出す。みんなが寝ている真夜中に「なんで俺だけ、こんなに働かなくっちゃいけないんだろう」と思うと情けなくって泣きそうになったことを(実際には絶対に泣かなかったけどね)。でも今、締め切り地獄になっても、あきらめず、めげずに30冊近くの本を書き続けることができたのは、このつらい経験(20歳代のころマラソンをやったのもよい経験だったのかもしれない)のおかげで神経がかなり太くなったからじゃないかなと思っている。以前に偉い人が言っていた。「学生は勉強をするのが仕事。アルバイトなんかするもんじゃない。勉強に打ち込め!」と。僕は他人の言動に影響を受けやすい。アルバイトする代わりに大学の図書館に入り浸って勉強していたら、落ちこぼれることなく、もう少し早めに芽が出る薬剤師になれたかもしれない。それもすごくわかるが、そうできたのなら誰も苦労はしない。この昭和48年から52年の4年間は親に甘えるな!死ぬまで働け!」という平成の子には理解できない、昭和の美徳がもてはやされる時代だったんだ。

氏名 平田 純生(ひらたすみお)

【学歴】 
1954年9月 広島県呉市生まれ 
1977年3月 大阪薬科大学(現大阪医科薬科大学)薬学部薬学科 卒業
2004年9月 九州大学博士課程において薬学博士取得

【職歴】
1977年4月   白鷺病院(大阪市)に入職
1987年4月   白鷺病院薬剤科長
2001年4月   白鷺病院研究室次長
2005年10月 オレゴン州立大学薬学部客員教授
2006年4月   熊本大学薬学部臨床薬理学分野教授
2008年4月   附属育薬フロンティアセンター長兼任
2019年4月   熊本大学大学院生命科学研究部・薬学部臨床薬理学分野教授
2020年4月 I&H株式会社(阪神調剤グループ)学術研修部、
      ブログ「平田の薬剤師塾」塾長、 熊本大学非常勤講師、
      武庫川女子大学非常勤講師

【学会・研究会】
日本腎臓病薬物療法学会監事(腎臓病薬物療法専門薬剤師)
日本腎臓財団理事
日本医療薬学会代議員(日本医療薬学会指導薬剤師)
日本化学療法学会評議員
医薬品安全性指導者・医薬品安全性専門薬剤師
日本腎臓学会会員など

【診療ガイドライン作成委員】
日本透析医学会: 血液透析患者における心血管合併症の評価と治療に関するガイドライン2011作成委員
日本TDM学会・日本循環器学会: 循環器薬の薬物血中濃度モニタリングに関するガイドライン2015作成委員
日本化学療法学会: 抗菌薬TDMガイドライン2016作成委員
日本腎臓学会: 薬剤性腎障害診療ガイドライン2016作成委員
日本腎臓学会, 他: がん薬物療法時の腎障害診療ガイドライン2022統括委員

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プロフィール

平田純生
平田 純生
Hirata Sumio

趣味は嫁との旅行(都市よりも自然)、映画(泣けるドラマ)、マラソン 、サウナ、ギター
音楽鑑賞(ビートルズ、サイモンとガーファンクル、ジャンゴ・ラインハルト、風、かぐや姫、ナターシャセブン、沢田聖子)
プロ野球観戦(家族みんな広島カープ)。
それと腎臓と薬に夢中です(趣味だと思えば何も辛くなくなります)

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