英語論文を読んでみよう
自分らしいオリジナルの意見を持てない人に自分のアイデンティティを持つためのアドバイスですが、前述のように交友関係を広げることだけでなく広い範囲の読書をすることもとてもいいことです。でも薬剤師であれば、若い時にこそ、自分を高めるためのもう一度、薬物動態、薬理、病態について勉強してみませんか?
若いうちに英語論文を読んでみませんか?英会話を始めてみませんか?勉強会や講演会で気の利いた質問はその講演会のテーマに関する原著論文を読んでいると10個くらいの質問は出てくるはずです。決してメディカルトリビューン、日経メディカル、M3comやメーカーのWebサイトから専門家の意見を見ただけで受け売りするだけではいけません。これらの情報を得られることは非常に良いことですが、自分の専門分野に関しては自分なりの考えを持ちたいですね。そのためには自分で原著論文にあたってGoogle翻訳などを使わずに独力で訳してみましょう。
自慢するわけではありませんが、僕は国際学会に行って自分の専門分野である腎臓病の薬物療法やTDMなどに関する英語の講演はほぼ100%理解できます。でも実際には僕は英字新聞も読めないし、CNNニュースも難しいし、英会話能力も深いディスカッションは苦手ですが、論文だけはたくさん読んできたから読めるし、講演もスライドや図表があれば日本語と変わらないくらいに理解できます。そして英語で質問も一応できるようになりました。そのようになったきっかけは僕が24歳のとき、初めて中分子尿毒素について学会発表するとき、ドクターたちから何を聞かれるかがとても怖くて、発表内容に関する英語論文20個くらいをすべて取り寄せて、毎日読み始めたことです。最初はほとんどの単語が分からなくて、そのたびに辞書を引いていましたので、仕事が終わって初めて23時になっても1つの論文すら訳し終わらなかったのが、2本目は半分の時間で済み、3本目は1/4の時間で済み、1週間たったころには辞書なしで楽に訳せるようになったのです。これって半減期の理論(半減期×4~5倍で薬物濃度はほぼゼロに近くなる=あきらめずにやり続ければ労力がゼロ近くになる)と同じで、この快感・達成感は今も忘れません。これ以降、僕はMedline検索、インターネットが発達してからは自分の体験した副作用や患者さんの薬物療法の最適化についてPubMed検索で解決することが多くなりました。そうすると何が新しくて、何が既にやられている仕事かが分かり、原著論文を書けるかの判断もでき、臨床で生かしたことを題材に次々と論文にすることができました。
夢を持とう、主体性をもって自分のゴールを目指そう
現在は病院薬剤師にも保険薬局薬剤師にも薬剤師としての活動の場が広がりつつあります。若い人たち、若くなくても活躍の場を経験したことのなかった人たちにも、主体的に動ける自己を作って高いゴールを目指してもらいたいです。小さな一歩からで構いません。勉強会で勇気を振り絞って質問してみよう。10分のプレゼンを頼まれたら、チャンスと思って全力を注いでみよう。それがユニークで好評であれば、30分の講演の依頼がいつかやって来ます。そして全国的な研究会や学会でプレゼンする機会ももらえます。当然この前後で原著論文を書けるようになっているはずです。夢は大きく持ちましょう。ゴールは高く掲げましょう。国際学会で発表し、英語論文を書けば、博士号も転がり込むように取れます。
僕の場合、薬学・医学とは関係ない本を読む読書も好きでした。そしてその中に書かれてある自分を高めてくれる言葉、名言を自分ノートに書き綴る習慣をつけていました。自分自身の将来を俯瞰的に見ることのない不器用な僕にとって、そういった名言が、横道にそれることなく、自分を高め、自己を確立するに至ったような気がします。そして小さなことではつぶれない強い自分になれたような気がします。次回はさまざまな名言を心の糧にして自分を高めることについてブログに書きたいと思っています。
ゴールを設定することができなかった僕の若いころ
皆さんはどんな薬剤師になりたいですか?目標はできるだけ高く持った方が高いゴールに近づけると思います。僕の場合、30歳まではつまらない調剤ばかり、服薬指導もできず悶々として薬剤師を本気でやめようと思ったこともありました。あまり夢中になることはできなかったけれど、仕事が終わってからの「血漿中の中分子尿毒素の測定、透析患者の血漿カテコラミン濃度の測定、透析患者の血漿セレンや亜鉛などの微量元素の測定」などの臨床研究で何とかプライドを保っていました。薬剤師としては調剤しかできないフラストレーションがたまっていた状況から解放され、100床以下の小病院でも薬剤管理指導業務が算定できるようになったのが39歳の時ですから、僕は40歳という遅咲きの病棟デビューから薬剤師としての臨床の本当の面白さを知りました。でもその当時の僕には将来の人生を俯瞰できるような高い能力はありませんでした。ただいい薬剤師、高い能力を持った薬剤師になりたかっただけです。だから本を書けたり、博士号を取ったり、教授になったり、学会の理事長や副理事長を務めるなんて目標は全く持っていなかったのです。人生を俯瞰する能力、そしてゴールを設定することができれば、これまでの道のりはもっと楽になっていたかもしれません。でも無我夢中でも前進することができれば、能力がアップすることは確かだし、途中で道に迷ったことも人を成長させてくれるかもしれません。
チャンスは誰にでもある
薬剤師として全くと言っていいほど活躍できていなかった若いころの僕の前にもいろんなチャンスがありました。それはたまたま僕がラッキーだったからではなく、誰にもあるはずだと思います。院内勉強会やメーカーの方がやってくれる新薬説明会や適応拡大の説明会などもチャンスの1つだと思っています。そういった勉強会で他人が気付かないような意見を言う、説明会でメーカーの人に鋭い質問をする、自分を高めるために気の利いた質問をすることだけでも自分の能力を上げるチャンスだと思っています。そして気の利いた質問であれば院長だけでなく、他のドクターたちも自分の能力を認めてくれるチャンスに変わります。そういった積み重ねがいつか職場でプレゼンをさせてもらうチャンスになるかもしれません。
今僕はI&H株式会社で毎朝、朝礼に参加していますが、朝礼の担当者は毎日変わります。声が通って、はきはきと話せる人、テキストに書いてあるありきたりのこと以外の自分の感じた一言を聞くと「この人、優れているな」と名前と顔を覚えようと思います。ほんの短いプレゼンでも「できる人」「できない人」の評価(この評価が絶対的とは思いませんが、すぐれていると思われた方が得ですよね)が分かれてしまうのです。だから人前で話をする機会をもらったら、それは大きなチャンスをもらったと思い、どうしたらわかりやすく話させるか、うまく伝わるか、他人と違った独自の自分らしさをアピールするかを準備する必要があります。主体性があるかないかはこんな短いプレゼンだけでも感じ取ることができます。
交友関係も大切
いつか職場で学会発表などの機会を与えてもらえるかもしれません。そして各地の腎と薬剤研究会や薬剤師会、病院薬剤師会などの講演会で気の利いた質問をしたりすると注目され、いずれ10分程度のプレゼンをさせてもらうチャンスもあると思います。そして院内の勉強会でも外部の勉強会でもなんらかの交友関係が生まれます。自分にとって指導者がいなければ、こんな交友関係からメンターを見つけるのもよい方法かもしれません(僕はドラッグフォーラムオーサカというコアな勉強会に参加することで、上野和行先生というメンターを見つけました。これについてはドラッグフォーラムオーサカの思い出を参照)。でもすべてをメンターにゆだねるのは大学の学生まで。卒業してからは1人の大人としてアイデンティティをもって自分らしさを発揮してもらいたい。これらの勉強会を通じて生まれた知識だけでなく、勉強会後の飲み会での優れた薬剤師と討論したシナジー効果によって、自分1人では解明できなかった部分が交友関係で聞くことのできた一言で一気に解明されることってよくありました。ジグソーパズルの端っこが埋まれば一気に作品完成に近づくのによく似ています。だから勉強会後の飲み会に参加してあこがれの薬剤師と同席してディスカッションできることは自分を高める良いチャンスと思っています。
熊大の教授になれたなんて夢のようなこと
大阪での薬剤師のころの経験から熊大薬学部に来ることができて、学生たちにいつも言っていたことは「処方箋を書く医師は薬物動態と相互作用に関しては医学部ではほとんど教えられていないのだから、薬剤師がカバーすべき。そのために薬剤師の存在価値がある。でももっと根本にかえって考えてみると、もっと本当に大切なものがある。薬剤師は医療者なんだよ。医療者に共通して絶対に必要なものは優しさと愛じゃないですか?僕は薬剤師として頑張って有効で安全な薬物療法を提供し、患者さんの不安を取り除くことによって患者さんに感謝され、他の医療スタッフからも感謝され信頼される。医療者の魅力はボランティアのような仕事をして、しかも給料をいただける。それはそれはありがたい仕事じゃないですか?」と。でも信頼されるようになるにはそれなりの力も必要だ。患者さんを助けたいという気持ち、患者さんのために何とかしてあげたいという気持ち、その熱意と優しさが、薬剤師としての力をつけたいというモチベーションに繋がるのではないかと思うようになった。
熊大で、よく講義中に話題を変えると、元の話題に戻れなくなり、「さっき僕は何について話してたっけ?」と学生に問うことがある。これは年を取ってボケたんじゃない。以前から頭が悪かった、特に記憶力は飛び切り悪かっただけのこと。まだまだ他人に劣ることはいっぱいある。未完成の自分、足らないことだらけだ。
いやなこともそりゃ人間だから、たくさんあるが、それ以上にやりたいことがあるってことは本当に素敵なことだと思う。でも学会の理事長になり、大学の教授になり、僕にとっては雲の上の人のような方ばかりと付き合えるようになって、強い戸惑いを感じることが多々あります。
いつも思うことはまだまだ僕は足らないことだらけの欠陥人間だなということ。いまだに英会話の勉強をしないとレベルが保てないし、統計も病態も薬理学も動態も勉強し直さないとどんどん進歩する薬物療法についていけなくなってくる。新薬についても勉強しなくては・・・・。ああ若いときにもっと勉強していたらなぁって、後悔することばかりの今日この頃です。
神戸に転居して
2020年3月、新型コロナウイルス騒ぎの中、熊大を定年退職し、4月から本社が芦屋のI&H株式会社(阪神調剤グループ)から声をかけていたき、神戸に住むようになった。心機一転、保険薬局で頑張っている薬剤師さんをいっぱい見つけて、将来の薬剤師としての夢について語り合いたい。関西地区でも「平田塾」を開催してみたい。
まだまだいろんな本を書いてみたい。どんどん学会発表して、論文もかけるような力のある薬剤師を育ててみたい。体はいたって元気いっぱいなので、老け込むことないし、65歳になっても夢をもって仕事を続けられるってことは、とても幸せだとつくづく思う。あ~薬剤師になってよかった!
僕はエリートじゃない。
前から何度か言ったことがあるかもしれないけれど、小学校の時の成績はひどかった。4年生になるまで3人に1人は取れるはずの「良い」の評価が1つもなかった。いつも先生の話すスピードが速いため、理解力がついて行けなかった。割り算のやり方がさっぱり理解できなくてトラウマになったこともあった。何をやっても遅い、運動も何をやっても全くダメな生徒ということでいつも名指しで担任にいじられた。そのせいか給食で食べるスピードを上げることに熱中し、1~2番に食べるのが早かった。こんなことでしか1番になることができなかったのだが、今にして思えば、この早食い癖は健康には良くないなと思う。ただ僕は子供のころ、よく妄想するのが好きだった。すごい発明家になる妄想、総理大臣とディベートする妄想、それと夢中になると寝食を忘れて熱中する子供だった。
でも中学に入り丁寧に教えてくれる先生の成績は良くなった。クラス40人中23番だった1年生の1学期から徐々に10番内に入り、卒業時には5番内に入るようになり、小学校の時には普通科に入れるとは思いもしなかったが、一応進学校の普通科の高校に入れた。今思うとそんなに一流校ではないが小学校の時には僕にとってはあこがれの高校だった。同級生たちは「小学校のころからひどい成績だった平田が何で合格したの?」と不思議がっていた。
中学校や高校では運動音痴の僕にとってクラスマッチは本当に嫌だった。「平田のせいで負けた」とは言われなくても、そんな視線を感じて殻に閉じこもり、女子生徒とは全く話ができない、人前では全く話ができない、とても暗い高校生活だった。
大阪に来て20歳になって自分の考えを持てるようにはなった
暗かった広島時代から大阪薬科大学に入学して大阪で下宿生活を始めるといろんな友達ができたし、先輩たちにもかわいがってもらった。でも19歳までは葛藤、苦しみ、自己否定、悩みだらけの情けない毎日だった。このころ人生について考えるようになって高野悦子の「20歳の原点」などの本をたくさん読んだ。自分のオリジナルの考え方を全く表現できない子供だったが、先輩や友人の助言をもらって自分自身の考え、自分自身の個性、独自性、アイデンティティが芽生え始めたのは20歳の時。
100床以下の個人病院で埋もれていた誰も知らない20年近くの薬剤師時代
それ以来の平田の考え方は65歳になった今でも基本的には成長していないと思う。一個人としては物忘れがひどく、よく失くし物をし、全く運動神経がなく、方向音痴の頼りない人間でしかない。ただ好きでい続けること、少年のように夢中であり続けたこと。誰かの影響で「何かを始めなくっちゃ」と思うようになってドキドキワクワクすることがあると熱中する性格だった。いわゆるオタクです。40歳になってやっとわかったことは熱中すると集中力が出ることだ。いつもは出ない能力がその集中力のおかげで出せるようになる。
誰もが時がたてば仕事には慣れる。そして時間がたてばある程度の技量も身につく。でも人並外れて伸びる人になれるかなれないかは「何のためにやっている」かを理解できているかどうかの違いだと思う。僕の場合、40歳になって「目の前の患者さんのために」と思ってやると本当に重要な仕事をやっているのだと思えるようになって、かけがえのないものに対して集中することができるようになった。やっと自分自身の考えによってかけがえのないもの、つまり「薬剤師という仕事」に夢中になれたことが自分自身の宝になった。ただこのようにして年月を積みかさねることによって成長しているように見えているだけかもしれないが・・・。本当の大人になるのに20年もかかった。
やらなかったことで後悔することはすごくたくさんあるが、やったことに対して後悔したことはほとんどない。トライして失敗したことに対する後悔よりもやらなかったことによる後悔の方がはるかに悔しいと思う。
『薬物動態学が苦手なあなたへ』のテキスト(PDF)ダウンロードができます。
7限目:動態が分かれば副作用や相互作用も予測できるぞ!
透析によって除去されるかどうかだって予測可能だ。
最終回なのでプロプラノロールとアテノロールの違いを紹介!
今回の要約:
①脂溶性薬物は脳に移行しやすいため中枢性副作用が起こることがある。
②水溶性薬物は脳に移行しにくいため中枢性副作用の発現頻度は低い。
③脂溶性薬物は透析で除去されにくい。
④一般的に水溶性薬物は透析で除去されやすい。 この続きは登録ユーザーのみ閲覧できます
6限目:クリアランス、半減期を理解できれば投与量・投与間隔の設定ができる!
今回の要約:
①水溶性薬物は腎不全患者で減量が必要である。
②腎機能は加齢とともに低下する。
③脂溶性薬物は肝不全患者では減量・投与間隔の延長が必要であろうが、減量指標となる検査値はないので、血中濃度を測定しないと投与設計できない? この続きは登録ユーザーのみ閲覧できます
5限目:代謝による消失と
排泄による消失(代謝および排泄経路)を知ろう!
今回の要約:
①脂溶性薬物は肝で代謝されることにより血中から消失する。
②水溶性薬物は腎から排泄されることにより血中から消失する。 この続きは登録ユーザーのみ閲覧できます
4限目:分布に関わる分布容積・蛋白結合率を理解しよう。
血中濃度がどれくらい上がるかが理解できるぞ!
今回の要約:
①脂溶性薬物は組織に移行しやすいため概して分布容積が大きい。
②ただし蛋白と結合しやすい薬物は血中にとどまるため、脂溶性薬物でも分布容積が小さくなることもある。
③水溶性薬物は細胞外液に存在しやすく組織に移行しにくいため分布容積が小さい。
④分布容積が分かると初回投与時の血中濃度が予測でき、2回目以降の血中濃度の上がり幅が分かる。そして
⑤クリアランスに比べてVdの個人差は小さいため、投与設計に利用しやすい。 この続きは登録ユーザーのみ閲覧できます