
今年の国家試験を見ていてとんでもない問題が出ているので驚きました。す。それは問334です。じっくり見てください。
第100回薬剤師国家試験問題(2015年
問334
65歳男性。体重72kg。非弁膜症性心房細動との診断で下記の処方薬を服用していた。数日前から、めまい、ふらつき、冷汗、手の震え、軽度の意識障害にて昨日入院となった。本日病室を訪問した薬剤師は、下記の処方薬を日頃欠かさず服用していたことを付添いの家族から聴取した。また、カルテから入院時検査結果が血清クレアチニン値は2.0mg/dL、BUN は39mg/dL、空腹時血糖は40mg/dLであることを確認した。
シベンゾリンコハク酸塩錠100mg 1回1錠(1日3錠)
ベラパミル塩酸塩錠40mg 1回1錠(1日3錠)
ニコランジル錠5mg1回1錠(1日3錠) 1日3回 朝昼夕食後
ダビガトランエテキシラートカプセル110mg 1日1カプセル(1日2カプセル)
ニフェジピン徐放錠10mg (12時間持続) 1回1錠(1日2錠)1日2回 朝夕食後担当の薬剤師は、入院時の不快症状と検査値から薬の副作用を疑い、医師に薬剤の変更を提案しようと考えた。該当する薬剤はどれか。1つ選べ。
1 シベンゾリンコハク酸塩錠
2 ベラパミル塩酸塩錠
3 ニコランジル錠
4 ダビガトランエテキシラートメタンスルホン酸塩カプセル
5 ニフェジピン除放錠
まず血清クレアチニン値は2.0mg/dL、BUN は39mg/dLであることから明らかに腎不全。腎機能低下による有害反応は肝代謝型薬物のベラパミル塩酸塩錠、ニコランジル錠、ニフェジピン除放錠では起こりません。これで選択肢は1か4になります。だけどどちらも超ハイリスク薬です。
ただし起こった有害反応は「めまい、ふらつき、冷汗、手の震え、軽度の意識障害」しかもご丁寧に空腹時血糖は40mg/dLとくれば、問題なくシベンゾリンコハク酸塩錠が正解になるはずです。比較的やさしい問題だけど、ダビガトランエテキシラートも腎排泄でCCr<30mL/min未満の患者には禁忌です。じゃあ念のためにCCrを計算してみましょう。CCrの計算にはCockcroft-Gault式を用いればいいですね。体重は計算しやすいように72kgになっています。
推算CCr={(140-年齢)×体重×0.85(女性)}/(72×血清Cr値)
={(140-65)×72×0.85(女性)}/(72×2.0)=37.5mL/min
CCrが30以上あるから投与しても問題ない・・・・
じゃないです!腎排泄型のハイリスク薬は腎機能の推算結果だけで投与の可否を簡単に線引きしちゃいけません!
ダビガトランは2011年にワルファリン以来50年ぶりに発売された新規経口抗凝固薬ですが尿中排泄率85%と非常に高い薬物であるため、発売後半年間に、腎機能の低下した高齢者が23名出血死した超ハイリスク薬です。
添付文書を見ると腎機能正常者に比べCCr<30mL/minの重度腎障害患者ではAUCが6.3倍、半減期が13.4hrが27.2hrに延長しています。ということから「透析患者を含む高度の腎障害(クレアチニンクリアランス30mL/min未満)のある患者では本剤は主に腎臓を介して排泄されるため、血中濃度が上昇し出血の危険性が増大するおそれがあるため投与禁忌」になっています。
AUCが6.3倍になるのならCCr<30mL/minでは常用量の1/6以下の50mg/日以下にすべき薬ですが禁忌になってますが、CCrが30mL/minであれば220mg/日投与できるのです。ハイリスク薬なのに大胆すぎる投与設計なので怖い感じがしています。それとCockcroft-Gault式をよーく見直してください。これって体重が2倍になると腎機能は2倍に推算されちゃいますよね。
推算CCr={(140-年齢)×体重×0.85(女性)}/(72×血清Cr値)
つまりCockcroft-Gault式は肥満を考慮していないので図に示すように体重の影響を強く受けます。

ということはこの患者の身長は不明ですが、本来は肥満患者では身長から理想体重をを算出して入力すべきです。160cmだったら理想体重は56.88kgになり、腎機能は29.63mL/minに計算され禁忌になります。150cmだとしたら理想体重は47.83kgになり、腎機能は
24.91mL/minに計算されます。非常に危ない投与になります。
処方をもう1度見直してもらえますか?相互作用は考えられないでしょうか?心房細動では当たり前のように併用されるレートコントロール薬のベラパミルが投与されています。ベラパミル錠は120mg/日をジゴキシンと併用するとおそらくジゴキシンの血中濃度は1.5倍になるため、私が薬剤師時代には、あらかじめジゴキシンの投与量を2/3に減量することを医師に提言してからベラパミルを投与してもらっていました。そうです。ベラパミルにはP-糖タンパク阻害作用があり、ジゴキシンもダビガトランもP-糖タンパク質の基質なのです。ではダビガトランの添付文書の記載を見てみましょう。
以下の患者では、ダビガトランの血中濃度が上昇するおそれがあるため、本剤1回110mg1日2回投与を考慮し、慎重に投与すること。
・中等度の腎障害(クレアチニンクリアランス30-50mL/min)のある患者
・P-糖蛋白阻害剤(経口剤)を併用している患者[「慎重投与」、「重要な基本的注意」、「相互作用」の項参照]
以下のような出血の危険性が高いと判断される患者では、本剤1回110mg1日2回投与を考慮し、慎重に投与すること。
・70歳以上の患者
・消化管出血の既往を有する患者
ご覧のように「70歳以上の患者は出血の危険性が高いため、本剤1回110mg1日2回投与を考慮し、慎重に投与すること」ということも添付文書に書かれていますが、本症例は65歳です。これも安易に線引きしていると思いませんか?それから「中等度の腎障害は220mg/日に減量」かつ「P-糖タンパク質阻害剤(経口剤)を併用している患者は220mg/日に減量」の患者には何mgにすべきでしょうか?220mg/日でよいはずはなく、これは投与禁忌と考えるべきでしょう。
さらにさらに、カナダの添付文書では日本と同じくCCr<30mL/minは禁忌になっています(なぜか米国は減量して投与可能)。ただし日本の血清Cr値は正確な酵素法により測定しているためCCrの正常値は120-130mL/minであるのに対し、血清Cr値が酵素法より0.2高いJaffe法によって測定している国のCCrの正常値は100mL/minです。すなわち海外でCCr<30mL/minで禁忌なら30mL/minをやや超えている日本の症例も明らかに禁忌と考えるべきです。
私はここで減量・投与すべきでないことばかり書きましたが、経口抗凝固薬は投与量を少なすぎて出血が起こらなければよいという種類の薬ではありません。致死的な血栓症を抑えなくては意味がありません。つまりこの薬の有効治療域は「出血と梗塞の間」なのです。多すぎても少なすぎてもダメで、上手にコントロールする必要があります。
経口抗凝固薬は超ハイリスク薬です。腎機能が低下すると同様に血中濃度が上昇するアレグラⓇやセフゾンⓇのような安全性の高い薬物とは一緒にしてはいけません。CCrが30mL/minあれば投与できる、29mL/minでは投与してはいけない、あるいは69歳だったら300mg/日、70歳なら220mg/日というような簡単に線引きができる薬でもありません。
いずれにしてもこの問題が過去問として国家試験対策用の問題集に載り、薬学生だけでなく薬剤師までもが、「国家試験に出るくらいだからダビガトランやティーエスワンⓇはCCrが30mL/min以上なら何も考えずに投与しても問題ない。相互作用も重要じゃないんだ」と思ってしまうことを予想するとぞっとしてしまいます。
2013年11月20日CKDチーム医療研究会での佐中孜先生(社会福祉法人仁生社江戸川病院生活習慣病CKDセンター長、元東京女子医科大学東医療センター腎臓内科教授)と話して
佐中先生:「平田先生、OTC薬のネット販売、この中にはロキソニンSというNSAIDも入っているけど、どう思うかね?」
平田「まあ、離島の人もいますからね。必要性はあると思います。」
佐中先生「しかしOTC薬といっても痛みのある高齢者が毎日、ロキソニンSを3錠、欠かさず飲んだらどうなります?」
平田「高齢者だと虚血腎になり、腎機能が低下しますね。私も透析導入になった人の導入原因を探していると、腎炎も糖尿病もない、悪性の高血圧もない。なんでこの人は透析導入になってしまったのだろうと調べてみると、整形外科の処方のNSAIDを2~3か月毎日飲んだために急性腎障害になって、それが慢性化したということはよく経験しましたね。高齢者の膝関節症などで単なる痛みどめ目的で、いきなりロキソニン3錠を30日分投与して、血清クレアチニンをモニターしないのは問題ですね。」
佐中「多くの腎臓内科医や透析専門医が経験していることです。特にNSAIDを2~3か月毎日連用した人が『最近食欲がなくて全身倦怠感がある』と訴えて内科医へ受診したときには『透析しなくちゃいけない』ってことはよく経験します。」
という話をした。
高齢者だけならまだしも、高齢者でACE阻害薬やARBなどのレニン-アンジオテンシン系阻害薬や利尿薬を服用している患者(これらも腎虚血原因薬物)、高血圧患者・糖尿病を合併した患者(動脈硬化を併発し腎不全になりやすい)ではNSAIDsを連日服用すると急性腎障害になってしまう患者は必ず現れます。
1回のネット販売量を規制し、連続した購入を規制できるシステムができたとしても楽天とDeNA、アマゾンと3社から同時購入した場合、相互のチェック機能がない限り、ロキソニンSのようなNSAIDをネット販売することは、非常に危険だ。
ガスター10でも腎機能が低下している人が胃がよくならないからといって1日2錠飲むと汎血球減少を起こすことがあることはよく知られた話です。適正使用しなければ生命を脅かす可能性のあるOTC薬はほかにもあるはずです。
適切な情報も与えられずにネット販売で購入したOTC薬によって死に至ったら、楽天の三木谷社長は全責任を取ってくれるのでしょうか?
離島や無医村の人たちのことを考えると私は必ずしもOTC薬のネット販売に反対ではありません。しかし腎臓病薬物療法学会理事長として、適正な情報なしに腎機能を悪化させる薬や、腎機能の低下した方が中毒性副作用を起こす可能性のある薬をモニターできる体制ができていないまま、他社から少しずつ購入できて、結局いくらでも購入できるシステムであれば問題と考えます。「何か体調に変化があったらすぐに薬局に問い合わせてくださいね」という対面販売はやはり必要だと考えます。

病院薬剤師が生まれ変わる転帰~40歳が病院薬剤師としてのスタートだった僕~
平田純生(熊本大学薬学部附属育薬フロンティアセンター・臨床薬理学分野)
実は僕の学生時代の成績は最低レベル。就職したのは開院して3年目の白鷺病院という非常に小さな病院。医師は3名、病床数30くらいの腎不全専門病院、いわゆる透析病院でした。同窓会に参加するのが嫌でした。なぜなら、みんな○○大学医学部附属病院、県立○○病院、「ベッド数は300床の中小病院です」って自己紹介されると「俺はどうなるの?30床の個人病院じゃない?」って劣等感ばかり感じていました。ただしその当時はまともな透析のできる病院は珍しく、白鷺病院の透析患者数は関西で2番目に多く、透析に関してはいわゆる指導的な病院でした。
院長は研究するために病院を建てたほどの研究好きで、英語論文を読む抄読会で毎週のように論文を読まされました。その当時の僕の英語力は弱く、抄読会の前日に徹夜して訳した日本語は、「お前の訳文は日本語になっとらん」と怒られてばかりでした。
当時の病院薬剤師の仕事はつまらなかった。患者さんに薬の名前は教えない。薬効も教えない。教えていいのは飲み方だけ。PTPシートの耳(商品名の書いてある部分)をハサミで切って患者さんに薬名を知られないようにして渡していました。就職して2~3年後、カリフォルニア州ではクリニカルファーマシーなるものが実践されている、薬剤師が病棟に行って服薬指導しているらしいというニュースが入ってきましたが、「日本じゃ絶対に無理だ」と考えていました。本気で転職も考えました。薬剤師ではなく小学校教員に。僕の学年と1年先輩だけが教員免許を取れなかったので、学生時代に大学側に抗議して僕の1年後輩から復活しました。だから教員免許なし。一から教育学を勉強しましたが、小学校教員ってピアノも弾けなくっちゃいけないし、クロールで50m泳げなくっちゃいけない。結局、岡山まで行って受けた試験は不合格でした。
仕方なく薬剤師を続けていて、少しプライドがあるとすれば、医師がやらないような肉体労働の研究を仕事が終わってやってました。「透析患者の中分子量尿毒素の分析」、「透析中の血圧変動と血中カテコラミン濃度の関係」、「透析患者の微量元素と病態の関係」など、今では英語にしておけばよかったと後悔するようなよい仕事をしてました。でも研究は思ったとおりにはいかないことも多々あります。それが嫌で、辛くって、あまり研究熱心とは言えなかったと思います。
僕が30歳半ばの時、400床以上の病院では服薬指導の点数が取れる、いわゆる100点業務が始まりました。だけど当時の白鷺病院は就職した時よりは大きくなったとはいえ、90床の小さな病院。数年後、200床以上の病院でもより高い点数で服薬指導ができるようになりました。90床の白鷺病院はまだまだ。「病院が大きければ、薬剤師の能力も高いっていう評価はおかしい!」と悔しい思いをしながら、また数年後にやっと病床数の制限が撤廃された時は僕が40歳の時でした。
病棟業務を始めたのも(できるようになったのも)、薬学系の学会にはじめて参加したのも40歳、TDMを始めたのも、「薬物動態学」なる非常に難解な学問にチャレンジしたのも、40歳のときでした。この時から「夢を持って前向きに」をモットーにしていました。今までにたまっていたコンプレックスを、すべて吐き出すような勢いで仕事をしました。今までの辛い臨床研究とは違い、薬剤師の仕事をすることが臨床研究につながるなんて「こんなおいしいことはない」と思いました。薬剤師が好きで好きでたまらなくなりました。患者さんのところに行くのが楽しくてたまらない。医師とディスカッションするのがたまらないほど面白いのです。仕事に夢中になれるって、本当に幸せだなぁと思うようになりました。
決して競って学会発表していたわけではありません。薬局内の勉強会で疑問に残ったテーマ、解決できていない問題症例を何とか文献検索して、あるいは薬剤師同志で話し合って、あるいは医師やナースなどと話し合って疑問を解決したいと思うのは、プロの薬剤師として当然のことだと考えるようになっていました。解決できていない薬の問題点や症例に対する疑問点に全精力を注いで解決し、一定の結論が得られれば、それがポジティブデータであっても、ネガティブデータであっても学会発表、論文投稿という形で報告することによって完結させました。
そのうち僕は病院に寝泊まりし、夜2時まで文献を書き、朝の8時半に起きて病棟に行き、9時から5時までは薬局で仕事し、残務が終わるのが夜7時くらい。それからは自由です。毎日夜2時まで論文を読んだりデータ整理したり。40歳の時に書いた初めての薬学系の論文が1報、1年後には2報、2年後には4報、3年後には8報、それ以後はずっと総説なども含めて1年で30報くらいの論文をまとめています。服薬指導を始めて数年後で、数冊の本を書き、たった5年後の1999年には日本腎臓病薬物療法学会の前身である「関西腎と薬剤研究会」を立ち上げることができました。
学会でフロアーや座長から質問していただくことによって、あるいは文献投稿時にレフェリーに批判していただくことによって薬剤師として、そして臨床研究者として一歩一歩ステップアップしていくものだと思います。「私はちゃんと学会発表していますよ」なんて、ポスター発表程度で満足していませんか?ステップアップするための階段はまだまだありますよ。とはいえ薬剤師が成長して一人前になることは決して容易ではありません。結局、少しずつステップアップするしかないのですが・・・。
薬剤科内の症例検討会→院内の症例検討会(薬剤師も医師の症例検討会に参加して、症例報告させてもらうべきです)→地方の学会発表→全国レベルの学会発表→文献投稿→国際学会で発表→英語論文の投稿→国際的に認められた一流紙への投稿、このように、どんな環境の病院薬剤師でも成長する余地はまだまだあると思います。一段一段上がるごとに薬剤師として大きく成長しているのが自分で体感でき、数年前の自分がどんなに低いところにとどまっていたかがわかると思います。
勉強はちゃんとしていても、学会でちゃんと講演を聞いていても、実践しないあなたは高い山を見上げているだけ。見上げているだけでは全然、頂上には近づかないのです。周りの人が登り出さないのなら、あなた自身がステップを踏み出してみてください。学会で質問されることや、文献投稿時にレフェリーに批判されるのを恐れてはいけません。辛抱強くやれば、いい仕事はきっと評価されます。リサーチマインドのない薬剤師の集まりでは他の医療スタッフから評価されるはずはありませんし、社会的評価も得られません。それよりも問題なのは患者さんが薬剤師の存在によって当然、受けられるべき恩恵が受けられないことです。「私だってできるのです(Yes, I can.)」、あなたのこの考え方が”Yes, we can”の輪になって広がってゆけば病院薬剤師全体に活気がみなぎることは間違いないと思う今日この頃です。
英会話ってやっぱり難しい 熊本大学薬学部臨床薬理分野 平田 純生
英会話がなに不自由なくできたらすばらしいですよね。そのためには「留学」。多くの方が一度は体験したいと思っていませんか?僕も同じでした。そして昨秋、僕は50歳を過ぎてから半年間の米国留学を体験できました。
僕の留学目的は薬学教育、病院実習を体験し今後の薬学部での臨床教育に生かすこと。半年もいれば英語もきっと上達してペラペラになるかもしれないと思っていました。でもよほどうまくやらないと英語は上達しない、というのが今の僕の経験論です。
会話は英検準1級を持っているから、ま、何とかなるかな?でも一抹の不安があったため渡米する前の2ヶ月間、30万円かけて駅前留学に熱心に通いました。でも留学前の短期集中レッスン、これは高くつくだけで、英語力はほとんどアップしないっていうのが、僕の実感です。
薬学だけではなく英会話も上達したいので、日本人グループとは関わらない方針でしたが、これはストレスのもとでしたね。やっぱり日本語を話し合える友人がいないとホームシックになっちゃいます。Pharm Dコースの授業はスライドを使っての講義だから読解力がある日本人の僕には、苦もなくついていけました。病院実習も専門用語を知っていたため問題なく、ディスカッションできました。
でも1対1の私的な会話になるとかなりしんどい。友達同士の会話が、さっぱり分からない。授業内容は理解できても先生のジョークが分からないから1人だけ笑えない。生徒の質問が何を聞いているのかわからない。つらいからストレスになる。それを相談できる日本人はいないため、「早く日本に帰りたい」の毎日。留学も後半になると相手が話しているのを、理解しているように見せかけるふりだけはうまくなった。もっと若ければ、もっと長期間であれば、英会話も上達したかも?
「たら、れば」をならべたらきりがない。でも日本人との関わりを避けたことで1つだけ本当によかったことがあります。それはことばや国境を越えた信頼できる生涯最高の友を持つことができたこと。ベトナム出身の彼とは今でもメールのやり取りをしている。Dear, my best friend, why don’t you come to
この頃珍しく快晴続き。今日はEmanuel病院のAnticoaguration Clinicの最後の日。今日の短頭はPamでCarlと並んでこの病院の実力者。患者の自主性を重んじた指導をする。アメリカ人は独立心を持っているから、上から押さえつけるような指導ではだめなんだ。Pamだけは失敗しても、患者指導や採血をさせてくれる。「この頃出血や青あざはできていませんか?抗菌薬などの新しい薬は処方されていませんか?食欲はいかがですか?緑色野菜はコンスタントにとっていますか?」などを英語で聞きながら採血をし、データが出たらINRが高ければ減量、低ければ増量するわけだが、患者さんの理解しやすいような服用方法を考えてあげ、次回INRが治療域になるような投与量を考える。実際にやってみるとマニュアルどおりにやるにしてもなかなか難しいものだ。人によって代謝能力や野菜摂取量、運動量、健康状態の日差変動が異なるから30%くらいの人はINRをモニタリングしてもなかなか治療域に入らない。それでも迅速検査をやっているとやっていないとでは血栓ができる危険性、出血の危険性ともに大きな差が出る。重要な仕事である。なぜ薬剤師がやるかというとワルファリンは治療域が狭く、血栓ができる危険性、出血の危険性のある怖い薬であること、相互作用が非常に多いこと、医師が忙しすぎることらしい。
仕事が終わってHaiにアパートまで車で迎えに来てもらい、ダウンタウンのTodaiというbuffe形式の日本料理屋に行く。ベトナムのこと、日本のこと、家族のこと、ガールフレンドのこと、日本の温泉や銭湯のこと、カリフォルニアにあるヌーディストビーチのこと、卒業したら1度ベトナムに帰ってみたいこと、クラブ活動や薬学教育のありかたなどありとあらゆることを話した。おごるつもりだったが、前回招待してもらったからとHaiが譲らない。結局学生のHaiにおごってもらった。そのかわり次回はベトナム料理をご馳走するということを指切りして約束した。
Haiは本当にまじめでいい人である。すばらしい薬剤師になるだろう。何れ日本にも遊びに来てほしい。明日はPamの家でサンクスギビング。七面鳥がはじめて食べられる。

昨日からAliの講義が始まる。移植と肝障害について。彼は病棟薬剤師としてもすごいが、著者としもすごい。図書館で見ただけでも腎臓、腎移植、肝移植など多方面に渡って本を書いている。講義もすごい。強弱をつけ、みんなに問いかける。そして症例を出して考えさせる。これは僕のスタイルと同じなんだけど強弱をつけ、身振り手振りで分かりやすく説明する。まったく感心した。まさにAli is the greatestである。しかもgentlemanである。どんな質問にも優しく答えてくれるし病棟での学生の指導も熱心である。講義にも実習生が参加していた。僕には毎朝声をかけてくれて力強い握手をしてくれて「いつかまた連絡するから」と招待してくれるみたい。うれしいことに彼は僕の実力を認めてくれるからだと思う。
クリスマス休暇の一時帰国が決まった。12月22日から1月3日まで。Angieが天使のように見えた。Refreshしてパワーアップしてオレゴンに戻ってくるぞ!
昨日は講義が終わった後、学部長の次の臨床薬学のトップの伊藤教授(日系4世でまったく日本語は話せない)が今学期の試験と大学側の考えを述べ、・・・、ここまでは日本でも編みかけられることですが、学生の声を十分聞いて、「いい意見だね、次回は改善するよ」という感じでディスカッションするのです。
同じ内容の講義をしてほしくない、マイクはもっと高性能のものを使ってほしい、非常勤の先生は本当に専門性でやっている先生であってほしい、まともに質問に答えられないような先生を講師にしてほしくない。などを学生たちは教授に文句や改善案を言い、そのたびごとに教授は「いい意見だ。改善する」と約束していました。
全ての講師が学生によって評価され、その内容は直ちに講師に伝えられ、次回から講師は改善しなくてはいけません。
これは日本の大学ではないことですね。民主的だし、学生ははっきり自分の意見を言うし、教授は先生の評価(学生による)を受け止めて毎年改善していく。だからこのように短期間で臨床系の講義の改善を成し遂げたのだろうと思います。10年前に卒業した薬剤師に聞いてみても今の講義内容はかなり変わってきています。「この講義って医学部じゃないの?」と思うくらい臨床教育を大切にしています。親友のHaiに聞いてみるとこんなふうに学生の意見を取り入れて毎学期ごとに内容が変わっていくんだそうです。
前述の10年前に卒業したEmanuel Hospitalの薬剤師も最初はドクターに進言しても聞いてくれなかったとか、外科のドクターは頑固で話を聞いてくれないとか、少し前の日本と同じ状況なのですね。
これから日本も変わらなくっちゃ。いや薬剤師を変えなくっちゃと思っています。
今日は1人で観光に。車がないので、日本人ガイドに頼んで富士山そっくりのスキー場で有名なMount Hood、Coumbia渓谷の滝などを見物する。本当は1人では行きたくなかったけど、このシーズンは観光には不向きなので、1人だけとなる。でもポートランドはこれからもっと寒くなるため帰国予定の3月までにいけるとしたら今しかない。雨の多いポートランドでは珍しく快晴。おかげでいい写真が撮れた。ガイドの日本人はすこし胡散臭い。一応、親切な説明はしてくれるが、観光料金に勝手にサービス料がつけられていた。これは前もってトータルでいくらですか?と聞いた額と20%違う。最後に「こんなの前もって説明しなきゃだめじゃないの?」って言ったら、「こういうシステムになってるんです」だって。今後はこの会社は使わない。
ポートランドを選んだのは日本人があまりいないからだけど、土日は仲間がいないのはやっぱりさみしい。級友たちは月曜日が試験だから土日は一緒に遊べないし、Emanuel病院から帰ると6時過ぎで真っ暗だから近所のノア君ともあまり遊べない。来週はサンクスギビングで24日に招待されている以外は何の予定もなし。いつも朝7時から夜10時までやっている近所の巨大スーパーのフレッドマイヤーもサンクスギビングの日は休み、その次の日も6時間だけの営業。サンクスギビングはみんな故郷へ帰る正月みたいな日なんだ。お雑煮やおせち料理を食べる代わりに七面鳥とパンプキンパイを24日に食べるらしい。だから級友たちはみんな故郷に帰ってしまう。
ということで僕も急に日本に帰りたくなってきた。米国から日本への往復チケットは早く頼めば4~5万円であるが、今からクリスマスホリデーに頼むと高くなるはず。でも12月の第1数で学校は冬休みに。僕は朝から病院で1日中Critical Care(ICU)で実習。やるべきことはあるけど土日中、アパートにいるのは苦痛でたまらない。今はサイクリングとアパートのジムで汗を流して気を紛らわせてはいるけれど。明日、旅行者にチケットを確認し事務のAngieと交渉しなくっちゃ。留学VISAを持っている者の一時帰国は事務手続きが大変らしい。
日本ではワルファリンの作用を増強するbucolomeはないみたいですね。日本ではワルファリン投与時には納豆とクロレラを中心に話をし、緑色野菜を取り過ぎないように説明しますが、こちらでは納豆とクロレラの話は全くなし。問題はバクタとキノロン、そして緑色野菜ですね。バクタはスルファメトキサゾール、トリメトプリムともにCYP2C9の阻害薬ですが、こちらの人は蛋白競合阻害だと信じているみたいです。蛋白競合阻害による相互作用は一過性のもので考えなくてもいいと理解していましたが、bucolomeは蛋白競合による相互作用でしたっけ?ワルファリンクリニックについてはパワーポイントで60枚くらいのスライドを作りました。これだけでも講演ができそう。
今は午前の授業が終わるとOHSU以外の病院のAnticoagulation Clinic(ワルファリンクリニック)に通っていて、大学からもアパートからも1時間ちょっとかかりますが、やっていることがそんなに複雑ではないので、ガイドラインに沿っていけばそんなに難しくはありません。
英語の聞き取り、しゃべりともに少しは進歩したかな?と実感し始めているところです。
Legacy Emanuel Hospital Anticoaguration clinicにてDebolaによると 年配のドクターは薬剤師のことをよく思っていない。若いドクターは薬剤師の重要性を知っているから、頼られる。よい関係を保っているそうです。これは日本と同じかな?
先週は仲のよいクラスメートを3人アパートに呼んで日本料理をご馳走しました。内容はきゅうり巻ととんかつ巻(オリジナル寿司)、ラーメン、餃子。
なぜか白人の子とは親しくなれなくてベトナム出身の一番の親友Hai、香港出身の少しシャイなKevin、メキシコ系アメリカ人の明るい女の子Sullyの3人ですが、ベトナム、メキシコの子は寿司に餃子につけるラー油をつけて食べるんですね。よほど辛いのが好きみたい。
来週はクリスマスに次ぐイベントのサンクスギビングです。一応、神に感謝する日みたいで、今行っているEmanuel病院の薬剤師の家に招待されましたが、一体どうすればいいのか皆目見当がつきません。ワインでも持っていくのかな?困った・・・・・。
レキシドラッグスという出版社の本のDrug Information Handbookインターナショナル版というのは残念ながら日本の薬はなくてヨーロッパの薬が載っています。アメリカ、カナダ版の1.2倍くらいの量になると思います。僕は本のほうを買いましたが、アメリカ、カナダ版にしました。これも白衣のポケットにはいらないことはないのですがとても携帯できるような重さではありません。余裕があれば僕もすべてPDAに入れたいですね。でも僕はザウルスなので、無理みたいな感じがします。PDAを持っていれば、PKパラメータ、相互作用、小児用量、検査値など重さにして10kg位の本がポケットの全て入るのですから、重宝するはずです。米国にもインターネット書店のAmazonはあって、新品同様の中古本が半額くらいで買えます。今後のためにLaboratory Handbook、Pharmacotherapy handbook, drug interaction handbook, Infection Disease handbook, Natural Medicine Handbook(これらはRexi Comp社の者でHandbookと言う名前がついていますが、もともとはハードカバーの馬鹿でかい本をペーパーバックスにした同一内容の廉価版です), それから今執筆中のサプリメントに関する本としてNatural Medicines comprehensive databaseを購入しました。こんなにサプリメントやハーブについて詳しい本は日本には1つもないのですがアメリカでのサプリメントの使用量はすごいと思います。だって最近の薬局は一昔前の街角の薬局ではなく巨大なスーパーの中にあります。処方箋を出して薬を作ってもらう間に買い物をするというパターンで、こういう店にはOTC薬品(ザンタックやオメプラールもOTC薬です)、サプリメントから豆乳やプロテインなどが所狭しと並べてあります。しかもサプリメントは日本の安い通信販売商品よりも安いです(大塚が扱っているNature Madeもあります)。OTC薬は比べ物にならないほど安いです。タイレノールなどはブランド品でなければ200錠で1000円しないくらいであります。